第7話 魔王レツ

 私がドラゴン卿とのお茶会から戻ると、マチリクの拳が空を切るところだった。

 すでに異世界に跳び立ったのであろう。

(ワレに任せろとカッコつけていたけど、大丈夫かなぁ)

「マチリク、悪魔元帥との話はついたから魔王城に向かおう」

「お、おう…なんだかよくわからんが、パツキンのひげオヤジと闘わなくてよくなったのは助か…残念だな!ホント残念」

(マチリクったらホント負けず嫌いね~)

 

 魔王城は周りを岩山で囲まれた自然の要塞であり、奥は岩窟にめり込んでいるかの様な造りになっている。

 石造りの巨大な城壁がそびえ立つ。

 中央にある魔鋼で出来ている重厚な門が、行く手を阻んでいる。

 マチリクは魔鋼の門に手を掛けて見上げると、

「これはかなり助走を付けて、ヒマリに障壁魔法シールドをかけてもらわないと厳しいかな?」

と言った。

「そう言えば、ドラゴン卿…じゃなかった悪魔元帥がマチリクに力与えるって言ってたから、とりあえず普通に殴ってみて」

「そうなの?特に変わってない気がするけど…ヒマリがそう言うなら」

 マチリクは右足を引いて正拳突きのタメを作ると、右拳を突き出した。

 ドッカーン!!という音と共に、頑丈極まりない巨大な扉が吹っ飛んで行った。

「オホ!なんかパワーアップしてるぞシン・マチリクだな!」

「マチリク…一体化してるからって人の記憶から勝手に言葉盗らないでよ!」

「固いこと言うなよヒマリ、強くてカッコ良さそうだろ!」

「確かに強くてカッコいいけど、女の子要素はゼロじゃないの」

「そんなんいらん!」

「いるの!清く正しく美しくなの!」

「力強く美しい筋肉が正義だぞ」

「もう、わかったわ。それよりお城からお出迎えが来たわよ」


 黒い全身甲冑を装着し、深紅のマントを翻したロイヤルガードが魔王城の前のバカでかい広場に布陣する。

 総勢100名程のロイヤルガードが剣と盾と弓を持ち、居並ぶ姿は壮観とも言える。

 ロイヤルガードの遥か後方に、水牛の様な1対の角をこめかみに生やし、豪華なマントを纏った人物が佇んでいる。

(ん~ちょっと遠くてハッキリしないけど、角が生えてて偉そうだから…アレが魔王の身体を乗っ取った烈で間違いなさそうね)


 ロイヤルガードの後方部隊が、矢を一斉掃射して来る。

 マチリクにとってはこの程度の矢を避けるのは他愛ないが、今はその場に留まってもらう。

 私は、マチリクの上部に障壁魔法シールドを展開させる。

 ロイヤルガードからの矢が障壁魔法シールドに到達すると、それらすべてを障壁魔法シールドが吸収する。

 2段、3段と矢を射って来るが、同じ様に障壁魔法シールドが吸収する。

 矢の掃射が一段落したところで、上部に展開していた障壁魔法シールドをマチリクの前方へと移動させる。

 そして、吸収した矢をロイヤルガードに向けて排出した。障壁内の空間を圧縮しているため、入ってきた速度の数倍で矢が飛び出て行く。

(単純な吸収と排出の魔法を付け加えただけなんだけど、結構使えるわね)

 前衛のロイヤルガードの盾を、スピードが増した矢が紙の様に貫きロイヤルガードに突き刺さる。

「これで、そこそこ数減らせたかしらね」

「もういいか?ヒマリ」

 その場で待機状態のマチリクが、しびれを切らして聞いてきた。

「弓矢の攻撃ももうないだろうから、オッケーよマチリク!」


 ドラゴン卿の力を分け与えられたマチリクが、勢いよく駆け出して行く。

 だが、逆Vの字の陣形でマチリクの突撃を受け止めたロイヤルガードの部隊は、Vの両脇が回り込むと円形の陣で周りを取り囲んだ。

 盾を構えると、円の中心にいるマチリクへの距離を詰めるロイヤルガードの部隊。

 間合いまで詰めると、一気に盾の隙間から長槍を突き出して来た。

 長槍の刃先が、マチリクを囲むように四方八方から迫ってくる。

 前後左右に逃げ場はない、マチリクは迷わず上へ跳んだ。

 しかし、それを待っていたかの様に、円の外側から仲間の補助を受けて跳んだ5人のロイヤルガードが、剣を振りかぶって襲いかかってきていた。

(さすがのマチリクでも、この波状攻撃は厳しいかしら?)

と思っていたら、マチリクは両腕をぶん回して身体に遠心力を与えると、右足を回転させて5人のロイヤルガードを剣ごと吹き飛ばした。

 そのままの勢いで身体を捻って降下すると、円の中心にまとまっていた長槍の刃先を踏みつける。

 長槍を持っていたロイヤルガードらは、踏みつけられた反動で宙に舞う。

 無防備になった長槍部隊のロイヤルガードは何も出来ないまま、マチリクに狩られて行く。

 そこからはマチリクの独壇場であった。

 体制を整えるヒマを与えずにロイヤルガードを抹殺する。


(この調子だと、異世界に行ったドラゴン卿の方が間に合うのか心配になって来たわね)

 まるではかったかの様なタイミングで、ドラゴン卿から連絡が入った。

『ヒマリ殿、問題発生じゃ!ダニ・ウジ虫・ノミを潰す練習は問題なかったんだが…ゴキブリだけはダメじゃ!なんでたかが虫のくせしてエンシャントドラゴンであるワレが恐怖するのだ!飛んで向かって来た時には悲鳴を上げてしまったぞ!』

「ん~?そうだよね、理屈じゃないんだよアレは…魂が恐怖しちゃうんだよ!」

『直接潰すのは絶対無理!ブレス吐いたら殺せるかな?』

「ブレスって、威力調節出来るの?」

『ムリだな…気持ちよく辺り一面焼け野原』

「なに悲惨な状況を五七五で表現してんのよ!却下よ却下。そんなんで街を破壊したら、怪獣認定されて自衛隊出動しちゃうじゃないの!」

『友人の魂の在りかは探知出来ているのだが、もしゴキブリ状態だったらどうすれば良いのじゃ~!』

「ワレに任せろとか言ってたくせして…とっととホームセンターにでも行って、殺虫スプレー買って来なさい」

『その殺虫スプレーとやらなら、手を触れずにゴキブリ殺せるんじゃな?』

「そうよ、でも異世界のお金なんてあるの?盗んだりしちゃダメなんだからね」

『そんなのこのエンシャントドラゴンであるワレにとっては、大した事ではないのじゃ!』

「ゴキブリで悲鳴上げといて威張るな」

『ちょっと驚いただけだもん…さっそく調達して、友人の元へ向かう。また、連絡する』


「マチリク、問題発生。魔王倒すまでもう少し時間稼ぎ出来るかしら?」

「ロイヤルガードの連中ともう少し遊んであげればいいんだな…わかったよ」

「ヨロシクね」

「生かさず殺さず、優しくいたぶればいいんだろ。まかせろ、得意だ!」

「マチリク…やっぱり怖い子」

 それからマチリクは、戦闘のペースを落とした。時々、疲れて膝をつく様な小芝居まで取り入れている。


 だが、そんな時間稼ぎを勘違いして、しゃしゃり出て来る輩がいた。

「ファハハハ!どうした、アマゾネスのクソ女が!もう力尽きたのか?勇者どもを倒した、豪傑の俺が出るまでもない雑魚ざこであったか!」

 一番奥で様子を見ていた魔王レツが何を勘違いしたのか、マチリクのそばまで出て来てしまったのである。

(あちゃー、瀕死状態の勇者パーティーを倒しただけなのに、このバカなんか勘違いしちゃってるよ)

 しかも、運の悪いことにロイヤルガードをパンチで倒したマチリクのひじが、真後ろに立った魔王レツの顔面にヒットしてしまったのである。

 吹っ飛ぶ魔王レツ…顔面紫の血だらけ、片方の角も折れ、瀕死状態である。


「え!なに?なんでコイツ勝手に瀕死になってるの?」

 振り返ったマチリクが、驚愕して固まっている。

(ひじに当たったことすらマチリクに感じさせないとは、予想以上に魔王レツ……弱すぎる)

 すでに断末魔の痙攣が始まっている。

「ヒール!」

(なんで私、殴り殺された相手を治療しなきゃならないのよ?)

 ヒールで傷が癒えた魔王レツは起き上がると、

「フッ…不意打ちとは卑怯な女だ。貴様、魔王の不死身さを知らないのか?」

(もうヤダ、このバカ!今死にかけてた奴のセリフじゃないでしょ)

「ヒマリどーすんだ?まだこいつ殺しちゃ不味いんだろ!」

「魔王レツから距離をとって、ロイヤルガードの残りを潰して」

「わかったよ、ヒマリ」

 マチリクは、魔王レツから離れてロイヤルガードの残党を処理して行く。

「おいおい、俺から逃げんじゃね~よ。勇者殺しで不死身の魔王レツ様だからって、今さらビビっても手遅れなんだよ!」

「ヒマリ…こいつ何言ってんだ?巻き添えで殺しちゃうぞ!」

「ごめん、とにかく逃げて…」


 そこからは意味不明の追いかけっこだった。

 勘違い魔王が近付いて来るのを、ロイヤルガードを倒しながらマチリクが遠ざける。

 闘いの余波やマチリクが避けたロイヤルガードの攻撃で魔王レツが瀕死になる。それを私がヒールで癒す。

 その度に勘違い魔王が俺は不死身だ!とドヤ顔で付いてくる。

(いったい、どこまで殺虫スプレーを買いに行ったのよドラゴン卿は…あとどれだけ、この茶番を繰り返せばいいのよ?)

『いや~待たせた。異世界での買い物は初めてなんで、手こずったわい』

「それで準備は大丈夫なの?」

『ああ、友人の……ゴキブリは目の前にいて、【ゴキブリマジゴロシ】の殺虫スプレーを向けているぞ!』

「それじゃあ3・2・1・キルで噴射して!」

『了解じゃ』

「マチリク、3・2・1・キルの合図であなたのヒールを魔王レツにお見舞いして!」

「アタシのヒールだな!わかった」

「行くわよ!3・2・1・キル!!」

『プシュー』

 異世界からはスプレーの噴射音。

「ぶげびゅ!?」

 マチリクのかかと落としを脳天にくらい、見事に潰れた魔王レツの断末魔の悲鳴が響いた。



 


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