第5話 悪魔将軍
ゆっくりと魔王軍の中央をマチリクが歩いて行く。
後方に陣取っているアーガルト王国軍からざわめきが聞こえて来る。
なぐり姫が1人で魔王軍に挑む気だと…加勢するべきだと言う声で、ざわめきが金属音へと変化する。
マチリクは振り返ると片手を挙げてそれを制した。自分は大丈夫だと合図しておく。
中央の両サイドにいる魔王軍は、最大限に警戒を強めてはいるが動く気配はない。
(読み通りマチリクと私だけなら、素直に通してくれるみたいね)
中央を抜けるとやたらめったら、デカい集団が待ち構えていた。
バーサーカー、バーバリアン、ゴーレムなど力自慢の面々が集まっている。
(3大将軍の1人目は筋肉バカって言うことかしらね)
「なんだコイツら…やたら男前じゃねぇか」
(マチリクってこういうのがタイプだったのね)
マチリクの言う男前な連中が左右に分かれると、その奥に一際デカい山があった。
一つ目の巨人【サイクロプス】だ。樽型のヘルムを被っている、当然鼻当てはなしだ。
(鼻当てあったら、前見えないもんね一つ目じゃ)
ヘルム以外の防具は革のパンツだけで、他は筋肉丸見えだ。このデカさではさすがに合う防具がないのだろう。
その代わり手に持っている得物の迫力が半端ない。トゲトゲが明けの明星に見えるため、付いた名前が【モーニングスター】という武器だ。
手に持つ柄から鎖が伸びていて、その先にトゲトゲが無数に生えたバカでっかい鉄球が付いている。
昔はよく建物の解体現場で使われていた、鉄球クレーン車を武器にしたようなものだ。ちなみにその解体工法は【ミンチ工法】と称される。
(あんなトゲトゲ付きの鉄球で殴られたら…ミンチ工法、いいえて妙だわ。まあ余程のバカ力と体力に自信がなければ普通、選択しない武器よね)
「マチリク、あなた好みのお相手だから私はフォローに回るわ。あの鉄球だけはモロに食らわない様にね」
「オッケー!ヒマリ。なんでアイツ頭だけヘルム被ってるんだろう?他は筋肉丸出しじゃん」
「あなたがそれ言うの?」
「え?あ、そうかアタシも似たようなもんか。筋肉は見せてナンボだからね」
と、言うとマチリクはモストマスキュラーのポーズを取る。
(確か、最もたくましいって言う意味のボディビルのポーズだったかしら)
「ウラウラー」
掛け声と共にマチリクはサイクロプスに向かって、突進して行く。
身体強化をかけ、さらに加速する。
(鉄球攻撃をくぐり抜けて攻撃する気かしら?)
鉄球をグルグル回して、遠心力をつけていたサイクロプスが手を離すと、トゲトゲの付いた鉄球が真っ直ぐマチリクに向かって来た。
鉄球をギリギリまで引き付けて、マチリクはスピンターンを咬ます。
身体を1回転させているが、速度が落ちないよう上手く身体の軸を使っている。
モーニングスターの弱点は1度鉄球を投げると、戻すのに時間がかかる事だ。
それを見抜いて、サイクロプスの懐へ飛び込もうとしたマチリクだが、背後からの風圧を感じ横へ跳んだ。
直後に鉄球がものすごい勢いで戻って来た。だがそんな戻し方をすれば、鉄球は自分の元へと突っ込んで来る。
サイクロプスは鉄球が自分に向かって来ると、頭を前に突き出した。樽型のヘルムに鉄球が激突する。
(コイツ、バッカじゃないの!このために頭だけヘルムで守っていたの…首やられないのかしら?)
ヘルムに当たって、落ちた鉄球をまたグルグルと回し始める。
マチリクも勢いを殺されたため、間合いを取って構える。
何度か踏み込もうとするが、その度に鉄球に遮られる。
サイクロプスのモーニングスターの間合いの中に、飛び込むのはさすがに躊躇われる様だ。
「マチリク、一番最初の攻撃位置まで下がってもらえる」
それを聞いたマチリクは、後方にバク転して距離を取る。
「それでどうすればいい?」
「さっきと同じ流れで…スピンすると後ろから鉄球で狙って来るはずだから、スピードを落とさず横に避けて。鉄球が通り過ぎたら、その軌道に付いて行って欲しいの」
「まかせろ!」
マチリクが突っ込んで行くと、鉄球が直線で飛んで来た。さっきと同じくスピンターンで交わす。
先程の攻撃でマチリクは、どのタイミングで鉄球が返って来るのか見切ったのであろう。
後ろを振り返らず横へわずかにコースを変える。
その横を鉄球が通り過ぎると、マチリクは加速して鉄球を追いかける。
「マチリク、鉄球にダイブして!」
(普通なら自分から串刺しになるようなムチャな指示には従えないだろうけど、マチリクと私は一心同体だからね)
私はマチリクのダイブに合わせて、前方に
鉄球がサイクロプスの樽型ヘルムに当たる。
そこへ後ろから
ヘルムと
私の
サイクロプスは頭に鉄球のトゲトゲが突き刺さったまま絶命し、その巨体がうつ伏せに倒れた。
ボスを倒してしまったので、両サイドに別れて観戦していたサイクロプスの部下たちが報復して来るかと思ったが、どうぞどうぞのハンドサインで先へ促されてしまった。
先へ進むとサイクロプスの時と同じ様に魔族たちが真ん中の道を開けてくれる。
(今回はマンティコア、コカトリス、ヒッポグリフなど動物系の魔族の部隊ね…と言うことはボスも動物系かしら)
ボス位置には、ほぼ黒に近いミッドナイトブルーの毛並みをした【ケルベロス】が、3つある頭から鋭い牙を見せて威嚇している。
瞳は深紅である。
真夜中に出会ったら、6つの赤い目だけが鈍く光っていることだろう。
尾も3本、犬の尻尾の様にフサフサではなく竜の尻尾に近い。
3つの頭を持ち、体格も他の魔族に比べて一回りも二回りも大きいケルベロスを見て、マチリクが言い放った。
「ワンコだ~」
(思わず実体ない私がズッコケたわよ)
ケルベロスの身体が一瞬にして消える。
瞬間移動にしか見えないスピードで、マチリクの頭に噛みついて来た。
マチリクはバックステップで交わすと、右フックを噛みついて来た顔にお見舞いする。
ケルベロスは身体を回転させてマチリクの右フックを交わすと、3本の尾を叩きつけてきた。
尾には猛毒が纏わり付いている。マチリクはバク宙でこれを交わす。
さすがは地獄の番犬といわれるケルベロスである。瞬発力でマチリクに負けていない。
互いにスピードのある攻撃を得意としているため、逆にやりづらい相手となる。
マチリクは緊張で強張った身体を軽くジャンプしてほぐすと、ケルベロスに対し攻撃を開始する。
ケルベロスの手前でカットバックを踏んでフェイントをかけると、一気に踏み込んで左の顔に右フックを叩き込んだ。
「ギャン!」
ケルベロスの顔の1つが鳴き声を上げると、気絶したのか首がダランと垂れ下がった。
ケルベロスのスピードは距離がある時に有効だが、懐に入られると動きが鈍くなる様だ。
さらにフェイントでタイミングをズラした攻撃をマチリクがたたみ込んで行くと、ケルベロスは防戦一方になってしまった。
右の首も垂れ下がり満身創痍のケルベロスだが、さすがは悪魔将軍だけのことはあり、決して諦めない姿勢の様だ。死ぬまで闘い続ける気なのであろう。
そんなケルベロスの決死の覚悟を感じ取ったマチリクが、
「ヒマリ…アタシこのワンコ殺したくないんだけど、なんとかならない?」
と、聞いて来た。
「方法がないことはないんだけど…マチリク、あなたパンを持ち歩いているわよね?それと蜂蜜も」
「な、なんで知ってるの?べ、別にスイーツ好き女子とかじゃないし…疲れた筋肉に甘い物が欠かせないだけなんだからね」
「やっぱり、あなたの脳は全部筋肉なのね」
「失礼ね!半分くらいだけよ。それでどうすればいい?」
「このままだと弱って死んじゃうから、治癒魔法を掛けるわ。
賄賂の意味で『ケルベロスに与えるお菓子』って言葉があるくらい、甘い物好きなのよケルベロスって…甘い物を食べてる時は、地獄の番犬も形無しらしいわ」
「その間に通り抜けちゃおうって作戦ね」
「そういうこと…治癒魔法発動」
満身創痍だったケルベロスの傷が癒えると、ビックリして3つの口が開きっぱなしになっている。
「ヒマリ…このワンコ、口が3つあるんだけど、パンも3つあげなきゃダメかな」
「公平にあげないと、ケンカしちゃうよ」
「アタシのオヤツが…」
マチリクが涙目だ。
そんな間抜けな決着で、最後の悪魔将軍の元へと向かうマチリクと私だった。
最後の悪魔将軍は、これまでのサイクロプス、ケルベロスに比べて異質な存在だった。しゃべれるのも異質であった。
その部下はリザードマン、バジリスク、サレオスなど爬虫類系の魔族が付き従っている。
「先に忠告しておく、元帥様に勝利できるなどと勘違いしないことだ。あの方の存在は偉大、拳を交えられる事を光栄と思え!」
と、無表情で美少女が言い放った。
しかし、紫がかった肌の美少女は上半身だけであり、下半身は黒い鎧の様な外皮をしたサソリであった。
【ギルタブリル】と呼ばれる存在。巨大なハサミ状の触肢を持ち、鈎状の尾節には毒針が仕込まれている。
その巨大なサソリの頭部に美少女の上半身が載っかっているのである。
ハサミ状の触肢とは別に美少女にも両腕があり、
動きも素早く、6本の脚を器用に使い距離を詰めて来る。
巨大なハサミを開くと交互に繰り出し、挟み込もうという算段の様だ。閉じた状態で殴られても、かなりのダメージになるであろう。
後ろへ回り込もうとすると、鋭い鈎状の尻尾が襲いかかって来る。
そしてこれまでと違うのは、それらの物理攻撃に加えて、美少女の上半身が魔杖を振るって魔法攻撃を繰り出して来るところだ。
さすがのマチリクも、
「ちょこまかちょこまかとウザいな!」
と半ば切れ気味である。
私も
(それにしても無表情ね…美少女なんだからもっと笑顔でもいいんじゃないと思ったんだけど、いい笑顔の美少女が間断なく攻撃してくるのもシュール過ぎるわね)
魔法攻撃、ハサミ攻撃、尻尾攻撃を6本の脚を小刻みに動かし360度回転しながら連続で繰り出して来る。
それらすべてを見切って対処しているマチリクも大したものだが、間断なき攻撃に反撃の糸口を掴めずにいる。
「ヒマリこいつの弱点、どこか知らない?」
マチリクが、鈎状の尻尾攻撃を横っ飛びで交わしながら聞いてきた。
「確か、爬虫類ってわりとお腹が弱かった気がするわね。ひっくり返されると、起き上がれなかったりするんじゃなかったかしら」
「腹か!」
マチリクはそう叫ぶと、ギルタブリルの後ろへフェイントをかけつつ、素早く回り込んだ。
鈎状の尻尾は前方へ反り曲がっているので、真後ろには攻撃出来ない。
マチリクはそこから一気に加速すると、スライディングの要領でギルタブリルの下部へと滑り込んだ。
腹の下で足を屈めて伸ばすのと同時に、両腕で自分の身体を目一杯押し上げる。
腹を突き破られたギルタブリルが悶え苦しむ。
マチリクは体液だらけになりながら、ギルタブリルの腹を突き抜けて背中へ降り立つ。と同時に、回し蹴りを尻尾に放った。
マチリクの鋭い蹴りは尾節の繋ぎ目を切断して、尻尾の最大の武器である鈎状の毒針を宙に飛ばした。
更にマチリクは軸足を基にそのまま回転すると、無表情のまま後ろを振り返った美少女の顔を蹴り抜いた。
(魔族とはいえ、美少女の顔を躊躇なく蹴り飛ばすとは…マチリク怖い子)
美少女の首は胴体から切り離され、無表情なまま宙を舞う。マチリクはその首をキャッチすると、
「ウラウラウラー!」
と、勝利の雄叫びを上げる。
(ハイハイ嬉しいのはわかるけど、また体液まみれになってるじゃないの)
「クリーン!」
(最近、マチリクの勝利の雄叫びと私の洗浄の魔法がセットになって来ている気がするわ…)
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