4筋


「世界が平和だと思うな」


 画面のなか、日本軍の軍服姿の俳優・仙道貴一が言った。

 最近とくに評価が高かった戦争映画の軍人役と、夢のなかの大佐が混ざる。


 ──敵を殺し、味方を守る。人を殴り、銃で撃つ。

 単純明快な世界。

 たまきがとりもどした意識のさき、現実の世界がある。


「仙道さん……? が、大佐……だとしたら、あたしは魔女。前世の約束を、この世界で果たそうとしている──」


「なるほど、ロマンチックな話というやつです」


 ふと横から聞こえた声に、たまきは赤面する。


「勝手に聞かないで」


「すいません」


 画面では、あいかわらず戦争映画がつづいている。

 仙道が主演を張った話題の映画で、舞台は太平洋戦争終盤。

 大本営軍令部は「い号作戦」を裁可し、マリアナ海域への進出を下令した。しかしこの時点で、米海軍の侵攻作戦に対する決戦準備は整っているとは言いがたい。


「死ぬ準備だけは万全だが」


「お偉いさんは、どうやらそれを望んでいるらしい」


 仙道扮する軍人は空を見上げ、太平洋戦争の帰趨に思いを馳せる。


「外務省は機能しているのか?」


「軍事による殲滅戦を行ない、敵国民を全滅させるつもりなら、そもそも外交など必要ない」


 アメリカ帰りの同胞と陸軍軍事学校出身のエリート。

 有名な俳優だが、この作品においては仙道の引き立て役という印象が強い。

 印象的に挿入される仙道のモノローグ。


(わが国は負けるだろう。だがそのさきに光がないと、だれが言えよう?)


「戦時下の鬱屈した国民感情にも訴えかけているからな。卑劣な戦いをくりかえす敵国に、懲罰を加えなければならない。その結論は、国家としての無条件降伏であると」


「類例は少ないが、歴史上なかったわけではない。その後、繁栄した国家もあると聞く」


 自嘲的な笑みと、そのさきに予感させる希望の光。

 それらが審査員を感心させ、ファンを魅了して、単なるアイドル俳優ではない片鱗を示した戦争映画。


 ──たまきは、ビデオを取り出し、大切にラックにもどした。

 彼女にとって、この映画鑑賞はお気に入りの時間だ。


「なるほど、感動的な映画でしたね」


 取って付けたような京極の感想に、嘲るように応じるたまき。


「感動したことがなくても、感動という言葉の意味は知っているわけね」


「したことがないわけではありません。ぼくもけっこう彼の……仙道さんのことは知っているつもりです。おかげさまで」


 将棋が好きだが、仕事が忙しく、棋力は四、五級程度。

 将棋サロン24というサイトで、たまに将棋を指すこともあるというが、IDは非公開。


「ふん。そんなの常識じゃない」


「だから、すぐに将棋が上達したのですね。基礎的な素養があって、集中するきっかけができた。もともと才能もあったのでしょうが」


「それほど強い必要も感じていないのだけどね。……彼が五級なら、あたしは六級でじゅうぶんなのよ」


 しばらく考えてから、京極は話しておこうと決めた。


「……じつは、大学の先輩が、テレビ局のプロデューサーをやっていまして」


 陣内から聞いた仙道の話を、たまきも聞きたいのではないかという判断からだ。

 京極のつくったテッセラクトを仙道も使っていることを話すと、


「そんなこと知ってるわ。常識じゃないの」


 意外に情報は筒抜けの社会であるようだ。

 京極は鼻白んだように肩をすくめ、


「ご存知でしたか、すいません」


「常識よ。あなたに目をかけてあげているのよ。感謝しなさい」


「あ、はい。どうも」


 さすがによく意味はわからないが、彼女には逆らわないことに決めている。


「ふん、ついでだから教えてあげるわよ。……あたしは若いころ、ほんとうにアイドルと結婚できると思っていて、それにふさわしい女の子になろうと、いろんなことに努力した」


「いまでもじゅうぶん、若いと思いますが」


「黙って聞きなさいよ。あなたの言うとおり、彼の趣味が将棋と知って勉強した。もともと父の趣味でもあったから、ルールくらいは知っていたけどね。

 彼の棋力はネットで五級くらいだけど、じっさいは二級以上の実力がある。ほんとは、もっと強くなれるにちがいない。ある種の才能に恵まれたタイプというのは、そもそも地頭がいいからね。

 最近までは、彼と同じくらいの実力になって、彼を楽しませてあげられたらいいなと思っていた。でもいまは、もっと強くなって彼に教えてあげられたらいいと思うようになった。それが彼にふさわしい女になることだと、あたしは考える。……どう?」


 京極は意味内容を反芻しながら、ゆっくりと肯定する。


「いい考えだと思います。その実力は、じゅうぶんにあります」


「もちろん趣味の範囲よ。こんなことに本気になるなんて……」


 バカのやること、と言いかけたところで、ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 運命のチャイム。

 モニターの向こうに、まさかそのバカがいるとは知る由もない。


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