3筋
同日、後刻。
学会の会場に近いオープンカフェに、連れ出された京極の姿があった。
向かい合うのは、無造作に高級なスーツを着流すタイプの中年男、
東京キー局のひとつ、テンテレビ局の敏腕プロデューサーである。
大学関係者のツテで、取材がしたいと京極を呼び出した。
テーブルの上には、京極が趣味で作った将棋ソフト・テッセラクトの今年の戦績などのデータ。
陣内は、それらに目を通しながら、コーヒーを傾ける。
「なるほど、なかなかおもしろいな」
「ああいう使い方もあるんだなと、ある意味で感心しました」
彼らの会話は、先般に引き起こされた「イカサマ師」と「女流素人棋士」の顛末をなぞっている。
通常は忌むべきイカサマ師だが、あいかわらず京極には、イカサマ師に対してネガティブな印象があまりない。
「しかしきみは、専門は量子コンピュータの研究だろう? 一般にわけのわからないことを研究している人間が、人口に膾炙しているテーブルゲームのプログラムを組むというのは、ある意味でおもしろい対比だな」
「考え方の基礎に量子論がある、量子力学的将棋プログラムだ、というわけのわからない評判まで立てられていて、困っていますが」
陣内は含み笑いながら、資料の影から片目だけで京極を見る。
「で、そのとある有名なプロ棋士というのは、だれだい?」
「すいませんが、それは言えません」
「俺がテレビ局の人間だから?」
「いえ。これはあまり言うべきではないと考えるからです」
陣内は軽く肩をすくめ、
「しかしその真剣師? というやつも、こずるいね。他人のつくったソフトを使って、小銭を稼ごうなんてさ」
「模範解答はソフトが出しますが、それを盗み見る技術はなかなかですよ」
陣内は、だれが見ても読むのは困難な自筆のメモをポンポンと叩きながら、
「コンタクトレンズを使ったパッシブ通信か。たしかに、ちょっとまえ一流のトップ・プロが、ケチなフリーソフトのリモートだか、スマホの盗み見だとかでつるし上げられるの見てたら、笑っちまったろうな。真性の犯罪者ってのは、このくらいやらねえと」
「褒めてませんよね」
さすがの京極も、陣内の皮肉くらいは理解した。
「どんな悪人にも感心する部分はあるものさ。それが極悪人であればあるほどな」
「極悪、というほどでもないかと」
京極の評価は特殊でありながら真相に抵触していると、陣内も認めてうなずいた。
「こいつはまあ、ケチな犯罪者に毛の生えた程度か。それはそれで、使い道はあるさ」
使い道。含蓄のある言葉だ。
陣内は資料をテーブルに投げもどしながら、虚空を見上げて何事かをつぶやく。
京極は邪魔をしない。
この手の時間には覚えがある。邪魔をしてはいけない時間だ。
異常なくらい長い時間、短い言葉の断片を吐きながら、考え込む陣内。
やがて、ふいに顔を上げた陣内から話題を変える。
「──そうそう、俺の知り合いが、きみのテッセラクトをお気に入りでね」
「ありがとうございます。おかげさまで、小銭が稼げました」
シェアウェア公開して、かなりのダウンロードをたたき出した。
「ほかにもソフトはいろいろあるだろうが、俺の知り合いも、なぜかテッセラクトが好きらしくてね。時間が空いたとき、しょっちゅうやっているとさ。おっさんくさい趣味だが。──仙道貴一ってやつなんだけど、知ってるかい?」
ぴたりと動きを止める京極。
「そういえば最近、よく聞きます」
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