2筋


 柏市、カブリ数物連携宇宙研究機構、藤原交流広場。

 量子コンピュータ関係の学会が行なわれた後の雑然たる空気。各所に研究者たちが集まり、歓談している。


「ほう、彼が例の──」


「ええ。まだ23歳だそうです」


「例の論文ですな。ある状況における量子ゆらぎの決定予想のモデルを提示し、矛盾なく美しい予想であるとして、世界各地で引用されはじめている──ようこそ、天才」


 教授たちの輪が開いて、京極が迎えられる。


「どうも……。いえ、ぼくは天才というわけではありません。単にヒトの脳が苦手とする事柄について、うまく処理できるタイプにすぎないと思います。

 ぼくのやっていることは作業ルーティンワークにすぎない。ただ、その作業が他人よりは早いかもしれません。記憶し、取り出す。式を立て、計算する。こんなものは本来、コンピュータに任せるべきような仕事です。

 ぼくのようなタイプは、シンギュラリティまでのです。機械AIがもうすこし複雑化しさえすれば、ぼくの仕事はすべて代行してくれるでしょう」


 顔を見合わせる研究者たち。

 彼は謙虚なのではない。だけだ。


「スプリング8を特別に使える枠をもらっているそうですね」


「次世代スーパー量子コンピュータ〝Q/垓〟プロジェクトにも」


「はい。ぼくは理論家というより実装屋インプリメンテーションなので、実証実験における量子ビットの取り扱いが重要なのです。

 物理系でも、さまざまな物質が考えられていますが、ぼくはカーボン系の、しかも高分子を使えないかと考えています。カーボンナノチューブやフラーレンを使いたがるひとは多いですが、ぼくはこの炭素系高分子……要するに有機化合物を材料にしようと思っているのです」


 とんとん、と自分の頭蓋をたたく京極。

 人類というは、その所持する1300グラム前後の有機化合物を利用して、ここまで発展した。


「なるほど。そのふるまい実験のためには、播磨(スプリング8)は必要でしょうね。しかしその実験も、一区切りついたようで」


「はい、おかげでこちらにも顔を出せました。量子の世界はもともと壊れやすく、すぐにデコヒーレンスしてしまいます。これを、ぼくの選んだ材料がいかにピュアな量子状態を保って、並列計算し、コントロールしていくかという……」


 量子学会の雰囲気に完全に溶け込んでいく──それが京極の本来の顔だった。

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