4筋


 荒廃した市街戦の戦場。

 ロボット兵器のタイトなコックピットは、機械油と汗とアドレナリンの臭気に満ちている。

 女兵士リノを取り巻く情報機器には、多数の悲惨な声や映像が届けられる。


「たすけてく……がぁっ」


「死ね死ね死ねぇえ!」


「21支隊! 21応答せよ!」


「……れより、最……後、の……」


「うわああぁぁ!」


 リノは、じっとモニターを見据え、残弾数と燃料計の数値、そして斜め後方にいる無防備な民間人を思う。


「13遊撃隊! 応答せよ! 至急ポイント246へ集結……」


「リノ! 遅れるな! 巻き込まれるぞ!」


 直属の大佐の声に、リノはふるえる指で、トリガーとターゲットを交互に見つめる。


「大佐、民間人の一団を発見。ほぼ全員子ど……」


「黙れ! すぐに後退しろ、さっさと終わらせるぞ!」


 脳裏に反響する「終わらせる」という言葉。

 ──散発的な抵抗に終止符を打つ。それがどういう事象を意味するか、あたしは知っている。

 トリガーを握る手が痙攣する。

 ──考えるな。考えてはいけない。わかっている。わかっているのに。もう考えないと決めたはずだ。泣いている。目のまえで、子どもが泣いている。赤ん坊を抱いた女。将来を担う、子どもたち。


「ゲリラどもを掃討するためだ。そいつらだって敵なんだぞ」


「わかってます! わかって……」


「命令だ! きさまがもどらなければ……」


 無線が断絶する。

 光の線がモニターを理め尽くす。

 リノが本能的に機体を退かせた瞬間、爆音と閃光と震動。

 全滅を示唆するモニター映像。

 ──救えたはずの……命。


「……答しろ! 少尉、きさままだ……」


 リノは唇を噛み締め、表情を切り替える。


「クイーン機、命令受領。ただちに穿。──モード、ウォッシュ」


「了解、モード、ウォッシュ」


 リノの目前、ロボットのオペレーティングシステムが合成音声を返す。

 ぐるり、と脳みそがひっくり返される感覚。

 黒い意識が彼女の肉体を蝕む。


 パイロットスーツの内側で、黒い手がぞわりと蠢きながら、彼女自身の肉体に黒い言葉を刻んで行く。

 響き渡る闇の声。


「戦え。魔女よ」

「敵の心を奪え」

「きさまだけができる戦い方で」

を洗ってめ直せ」

「そうだ、敵のコマを取って盤上に再投入せよ」

「最前線へ」

「敵のコマを、味方のコマに変えて」

「万能の機体を駆り」

「戦え!」


「──イエス、サー」


 短く喉を動かし、無線を切断する女兵士。

 さまざまな体液にまみれた表情を殺し、血塗られた機体を駆って。


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