向井清純と仲間たちによるゲーム


「なあおい、どこ行くつもりだよ、向井くん」


 ほとんどスキップでもしそうな歩調で進む向井を、三人の仲間が必死に追いかける。


「友人のよしみで、きみたちには教えてあげましょう。このゲームには非戦闘地帯というか、セーフティゾーンに設定された結界が何箇所かありましてね」


「そ、そこに逃げ込めば安全ってこと?」


「まあ完璧に守られるわけじゃないですが、探す価値はあるでしょう?」


 向井のスキップが止まり、山腹の崩れかけたトンネルを見上げる。

 それはトンネルというよりただの洞穴のようにも見えるが、かろうじて腐りかけた木枠が、かつて隧道と呼ばれていた往時を忍ばせてくれる。


「鬼が出るか蛇が出るか。だれか調べてきてくださいよ」


「か、かんべんしてくれ、向井くん」


 尻込みする三人に背を向け、向井はトンネルの横の木枠を思い切り蹴飛ばす。

 がらがらっ、と大きな石が落ちてくるが、一気に崩れるほどではなさそうだ。


「きみが調べたんでしたかね、早田。役場跡で見つけた資料によれば、南の道が通れなくなった場合、非常用に村の外に通じるトンネルが一本、掘り抜かれているって」


「そうだけど、もう何十年もまえの資料だし……あたし怖いんだよ、苦手で、ねえ、よ、向井くん」


 頭を抱えてうめく早田のトラウマを、どうやら著しく刺激しているらしい。

 向井は顔だけふりかえって、


「……なるほど? 桜木に取り憑いたモノの話を聞くまえに、早田の話を聞いたほうがよさそうかな」


 百物語のつづきをしよう、という誘い水。

 早田はぶるぶると首を振る。


「あたしの話は、ほんと、たいした話じゃないんだよ。たぶんだし。見えた気がしたってだけでさ。追いかけてきてるよ。そもそもし」


「……あんなの?」


 向井は早田に背を向け、じっとトンネルの奥に視線を移した。

 ゆらり、と光るものが奥のほうで揺れたように見えた。

 本能的にバックステップして距離をとる向井。

 それは急速に大きく、こちらに接近を開始した。


「……ここはだ。逃げたほうがよさそうだな」


 向井の後退からいちばん遅れたのが、早田だった。

 彼女は魅入られたように、向井が場所を譲ったことによって真正面から捉えられたトンネルの奥深く、ゆらめく鬼火が急速に接近してくるありさまを見た。


「ひい……っ」


 逃げ出そうとして、降ったばかりの雨水に足を取られ、その場でずるりと滑る。


「あひゃひゃひゃ、えーっひっひゃはぁ、ふぇふはぁへあはあ」


 狂気の笑い声。

 それは笑っているのか、それともただ奇声を発しているだけなのか。

 鬼火をまとった化け物……赤いタンクトップの女が、こちらに背を向けたまま、顔だけぐるりと反転させ、うしろ向きで全力疾走してきた。


「あのときの、トンネルの……っ」


 早田がみずから語るまでもなく、彼女が「心霊スポット」と呼ばれるトンネルで見たものが、いま現前したわけだ。

 安全圏まで後退していた向井は、危険地帯にいる仲間を飄々と見下ろしつつ、


だな。またトリッキーなのに憑かれたじゃないですか、早田」


「い、いやぁあァ!」


「な、なんだあれ」


「あいつよ、あいつが、こんなところまで、追いかけて……っ」


 早田はその場に腰を抜かしたまま、必死で地面を這いずりながら後退するが、とうてい逃げ切れそうにない。

 向井は薄笑いを浮かべたまま、おためごかしに言う。


「おいおい、遊んでる暇はないんじゃないですか、早田。早く逃げたほうがいい。あれは、きみがやつなんでしょう? せっかく除霊できたのに、ですよ?」


「助けて、向井くん、助けて」


「残念だが、間に合いそうもないな。……みんな、離れろ!」


 すでに距離をとっていたが、もっと十分な距離を開ける必要があるという示唆。

 金縛りが解けたように、みんないっせいに周囲に散らばる。

 うしろ向きで、ありえない方向に手足を曲げながら駆けてきた女は、しかしそれ以外の大学生の姿などまったく眼中にないように、早田だけを目指して飛びかかる。


 ずしゃあぁあっ。

 がしっ。

 ざりざりざり。


 斜め上から飛びつかれ、早田の身体もろとも地面をすべる。

 奇妙な方向に関節を曲げながら、その化け物は、早田の身体をがっしりとつかんで離さない。


「ひゃあ、いゃ、いひ、ひ」


 早田の声にならない悲鳴。

 目のまえで、凄惨な光景がくりひろげられようとしている。

 仲間たちのなかで、彼女のことをもっとも心配すべき成瀬に、まるでわざとのように水を向ける向井。


「一応、きみは彼氏でしょう、成瀬? 助けてやらないんですか?」


 ちょうど助けに行こうとしていた成瀬は、向井に促されることによって、逆に意気阻喪する。


「頼むよ、向井くん、オレなんかより」


「お待ちなさい、よく見るんです、きみたち。このゲーム、早田のは終わりです。よく見て、理解しなさい、そして早めに……逃げるんですね」


 向井に言われて、成瀬と桜木はあらためて目のまえの光景を注視する。

 ──うしろ向きで走る女の悪霊。

 そいつがいま、早田の上に馬乗りになって、彼女の耳に顔を寄せている。

 何事かを囁いているようだと理解するのに、そう時間はかからなかった。


 内容までは聞こえない。

 だが即座に早田を取り殺そうとするような動きはない。

 むしろ自分の話を聞かせるために、彼女を押さえつけているようにも見えた。

 ……そう、悪霊はのだ。


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