早田真奈は自分のゲームを理解する


「どういうことだ、向井くん。あの化け物は、早田をどうするつもりなんだ」


 成瀬が向井に問うている。

 向井はあいかわらず醒めた目で、要領を得ないことを言う。


「さあね。だがひとつだけ言えるのは、あれはもう、さっきまでの早田じゃないってことです。あれに近づいたら……さあ、どうなるかな?」


 さっきまでの、あたしじゃない……。

 そう言われた早田の目線が、ゆらり、と持ち上がる。

 ……なにを言ってるのよ、向井くん。

 なにをふるえてるのよ、成瀬。


 早田の友人たち……いや、友人だと思っていた連中の会話が片方の耳へ、もう片方の耳には、その恐ろしいものの囁く言葉が注ぎ込まれる。

 たとえ猛毒の言葉だと知っていても、早田は聞かざるをえない。


「……だからね、その……きま……なのよ……」


 聞きたくない。

 化け物の言葉に、耳を傾けたくなんかない。


「なにを言ってるのよ、向井くん。あたしはあたしよ。なにも変わってないわ。ねえ……どこへ行くの成瀬、あたしは早田真奈よ! みんな、どうしてあたしをそんな目で見るの……おぉお……おお!」


 本能的に逃れようとする早田の動きを押さえつけ、のしかかってくるに、押し倒されて地面にぴったりと横たわる。

 ……なによ桜木、目を背けて、そんなに恐ろしいの、この化け物が。

 逃げるんじゃない成瀬、どうして男って、いつもそうなの?


 静寂が降りる。

 一瞬、空気が硬直し、ぼそぼそと早田の耳に囁かれる化け物の声のニュアンスだけが、毒液のように脳細胞に注がれる。

 そうして、どれくらい経っただろうか。


 早田は、ふらりと立ち上がり、何事もなかったように、周囲を見まわした。

 ほとんど憑き物が落ちたように、すっきりとした笑顔で。


「そうか、か。そうなのね、ねえ、それ……ほんと?」


 うしろ向きの女に絡みつかれたまま、早田は女のほうを振り向いて問いかける。


「しん……じて。あたし……あたし、たち、なか、ま」


 首を百八十度、反対向きに回した化け物の、かすれた声。


「仲間? うん、そうね。とりあえずは……そうなのよね?」


 うしろ向きの女は、ゆっくりと早田に絡ませていた手足を解き、立ち上がって周囲を見まわす。


「なんだよ、おい、どういうことだよ……向井くん?」


 いつの間にか、そうとう離れた場所まで去っていた向井は、ひらひらと手を振りながら、


「生き残りたければ、ここからは単独行動にしましょう。それがです。ぼくから教えられる、これが最後ですよ。それじゃ」


 ぴっと立てた二本の指を振り、視界から消える。

 ぞっとする表情で見送るしかない、成瀬と桜木。


 ……さすがは向井くん、最初の相手としては……手ごわすぎる。

 やるにしても、順番は大事。そうよね……?


 早田の問いかけるように視線に、裂けた唇の化け物は、にやりと笑う。

 合意は下された。

 早田はゆらりと視線をもどし、成瀬と桜木を交互に見る。


「どっちからいく?」


「どちら、でも……」


 見つめられたふたりは、同時に背筋をふるわせ、悲鳴とともに、それぞれの方向へ向けて駆け出した。

 ……逃がさない。

 それが、ここの、ルールだから。


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