一条巴はゲームの開始を見守る


 ぷるるるる、ぷるるるる。


 一瞬の静寂を貫いた、携帯電話の着信音。

 一同の視線が集まったさき、龍臣が不審そうに自分の胸元をまさぐった。


「どうあがいても圏外でしょ、ここって」


「目覚まし切れよ、龍臣」


「いや、なんで俺がこの時間に目覚まし設定せにゃならんのだ? だいたいこんなシンプルな着信音……」


 言いかけて、ぞっとしたような表情。

 その呼び出し音に、いやな記憶でもある、というかのよう。


「いいからさっさと止めろって」


「う、うるせーな。まさか、そんな……」


 携帯電話の画面を開く。アラームなどではない。

 ──非通知の着信?

 もしもし、と彼が恐る恐る電話に出た瞬間、スピーカーから響き渡る声。

 その恐ろしい音声は、ハンズフリーで全員の耳まで届いた。


「もしもし、あたしぬい。いま、あなたのほうへ向かっているところ」


「縫、だと」


 全員が、ぞくりとふるえあがった。

 

 似たようなものから、逃れようと必死になってきた……


「冗談よせよ、龍臣」


「そうだ、冗談はよせ、ふざけるな」


「ちょお、なんでウチに怒るのよぉ」


 瞬間、たたき切ったばかりの電話が再び着信音を鳴らす。

 着信拒否など不可能だ。

 龍臣は恐怖とともに、自身の背後に迫っている光景を凝視した。


「もしもし、あたし縫。いま、あなたの後ろ」


 ものすごいスピードで走ってくる、日本人形。

 即座に視線をもどし、脱兎のごとく駆け出す龍臣。


「く、来るな、こっちくんじゃねえよ、qw背drftgyふじこlp;@:」


 意味不明の叫び声を発しながら、暗闇の彼方に消える男子高校生。

 残された面々の多くは、しばらくぽかーんとして言葉もない。

 やがて向井の抑えた笑いが、遠慮のない哄笑に変わる。


「くっくっく、はっはっは、あーっはっはっ、こいつぁいいや。わかりやすくていい。一目瞭然のカリカチュアってやつだ。

 ──諸君、つまりこういうことです。諸君から取り除かれた霊体は、本来の宿主である諸君を、これからぞくぞくことになる。それらから無事、朝の光を見ることができて、はじめてすると、こういうわけなんですよ。

 以上、きわめてシンプルなのほう、ご理解よろしいですかね?」




「な、なんなんだよ、それ、いったい」


 割れ目メイクの黒髪の女子高生、すずが足を踏み出したつぎの瞬間、足元の水溜りから伸びてきた白い腕が、彼女の足を捕まえた。

 ひっ、と短い悲鳴を漏らす間もなく、水溜りのなかへ引きずり込まれる少女。


 ……ぼしゃん。

 ほとんど音もなく、一連の動きは瞬時に始まり、そして終わった。


「な、なんなの、ちょま、すず、あんた、どこいったのよ、わるい冗談やめてよね……」


 水溜りに駆け寄り、一瞬躊躇するが、こわごわとそのなかを覗く、残された派手めの女子高生、千夏。

 ──なにもない。

 はたから見ても、それはただの水溜りで、深さも広さもない。


 友は異次元へと連れ去られた。

 そう考えるしかない、この超現実感をどう理解すればいい?

 向井は訳知り顔で話題の中心に立ち、両手を広げて演説する。


「どうやら彼女は、水際の妖魔に取り憑かれていたようですね。罰当たり高校生からさきに餌食にしていくとは、この村も因果応報の摂理をよくわきまえているようです。

 さて、ゲーム開始からわずかの間に、早くも二名が脱落したわけですが……いや、ひとりはまだ逃走中かな? まあ、いずれにしろルールは単純です。

 ──! 以上」


 向井は身軽にバックステップして、やおら踵を返した。

 高校生が逃げていったのと逆方向に進路をとり、小走りするような歩調で去っていく。


「あ、ちょっと待ってくれよ、向井くん」


「あたしもいっしょに行くにゃ、向井にゃーん」


「もう、そんな説明じゃよくわからないよ、待ってよ向井くーん」


 大学生グループが立ち去るのと軌を一にして、


「あなた、あたしたちも」


「あ、ああ。とにかく、止まっていてはダメらしい。逃げよう、みんな」


 父は息子を、母は娘の手をとり、小走りで別方向へと向かう家族グループ。

 残されたのは社会人グループ、見つめ合う秀人と巴。

 さあ……どうすればいい?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る