小平秀人はルールを把握する
地面が微動している。
さっきの山津波のような振動ではない。
大きな揺れは起こさないが、着実に人間を内面から崩壊させるような微動。
見上げれば赤い月。
13人のプレイヤーが散らばる校庭を、赤い月が舌なめずりをするように
「う……っあ、ぇお」
突如、全員が同時に嗚咽した。
他人を観察する余裕があるのは、秀人と向井だけだ。
内臓が内側からかき回されるような、不愉快な感覚。
数人が地面に膝をつき、秀人は歯を食いしばって天を仰ぐ。
このとき地面に手をついた巴が見たものを、秀人はあとから聞いた。
地面から黒い靄が湧き出し、それが腕のような形になって、自分たちを包み込もうとしている、そのありさまを。
そして天を仰ぐ秀人は見た。
月から伸びてきた赤い霧が、腕のような形をとって、自分たちを握りこもうとしているありさまを。
「くそ……なんだ、これぁ」
意味がわからないままに抵抗を試みるが、そこにある圧倒的な力の差は絶大。
太陽、地球、そして月による、饗宴。
そもそも人間ごときが、星と同列に立てるわけがない。
向井は訳知り顔で、こういうことか、なるほどな、と独り口走りながら、全身を包む不快感を味わっている気配。
今まさに、人間が地球に相対して戦いを挑むがごとき格差の前、結末はひとつ。
人間たちは一様に──引きちぎられた!
肉体が、ふわり、と浮かび上がるような感覚。
同時に内臓が、ぼたり、と地面に落下したような感覚。
数人が嘔吐し、耐える力の強い者さえ落涙を止められない。
──だれかが言った。
ゲーム開始、と。
「おい、だいじょうぶか? しっかりしろ」
肉体と精神の強い者から動き出し、どうやら強い側に立つ秀人は、倒れている者を気遣うことからはじめた。
秀人の手を借りて立ち上がりながら、巴は自分の身体を抱いてふるえる。
「守護霊を……むしりとられた」
「くくく……はーっはっは、やりやがった、やってくれたぜ、これが悠久の天地、太陽一家のガイアさまのお力ってやつかよ」
向井は狂ったように笑い転げている。
やはり、あいつはヤバい、と秀人を中心に何人かが意識を新たにした。
「これがゲームって? どうなっているんだ、巴さん」
「感じるでしょう、秀人さん。わたしも、彼らも、そしてあなたも……この場にいる全員の背中から、そこに負われたすべてのものが取り除かれている。──これが、この村の名前の意味。あらゆる憑き物をはぎとり去っていく場所」
秀人はきょとんとしつつも、軽く背後を顧みるような所作で、
「た、たしかに……なんというか、すっきりしたような感じが」
「あなたの場合は、そうかもしれない。でも守護霊を取り除かれたわたしたちは、とても寒くて、不安な気持ちですよ」
あらゆる場面で守護霊の助けを借りることに慣れた巴は、霊による守りを得られない場面を想像するのもむずかしいようだった。
一方、霊による悪影響下にあった者にとっては、長年背負わされた荷物を取り除かれたような爽快感がある、ということだ。
「おいおい、マジかよ。まさか、あの呪いが解けるなんてこと……」
信じられないように自分の身体を見つめる、高校生グループのワケアリ筆頭、龍臣。
その横では、あとの女子高生ふたりも、自分の身から取り除かれたものが悪いものであり、結果として身軽になった現在を喜ばしいものとして実感している。
家族連れグループは、まず泣きじゃくる子どもの対応に追われていたが、まっさきに父親が自分の身体に起こった異変に気づき、満面の笑みを浮かべる。
「本当だったんだ。この村の話は、本当だった! ……
「よく……わからないわ、あなた、でも不思議な感覚よ、あなたはこれを……」
「パパ、背中が軽いよ。なにがあったの?」
「気持ちわるいよ、疲れたよ、パパー」
この場にいる全員、一様に影響を受けていることはまちがいない。
向井以外の大学生も、わけありの面々が自分の身に起こった出来事を実感し、まずはそれを確認しようと集まっている。
「向井くん、これかよ、あんたの言ってた究極の除霊って」
「よかったですね、成瀬。憑き物が落ちたような顔してますよ、文字どおりね」
「向井にゃん、あいニャンはなんか心細いにゃ」
「守護霊を外された形になる者は、たしかに不安かもしれない。だが、すくなくともこのエリアでは昼間、霊障の危険はないでしょう。自分がそうであるように、他の全員が、なにも背負っていないのだから」
全員の条件が同じなら、ある意味では平等だ。
ただし現状、プラスを除かれた者と、マイナスを除かれた者では、同じ「0」でも気持ちの持ちようは正反対になる。
「それが、向井くんの言っていた神の国の意味なのか?」
「あたしは……なんだろう、けど、なんかすっきりした気はするよ。わるいものが憑いてたのかなあ」
どんな悪霊に憑かれたところで、自覚されなければプラスもマイナスもない。
向井は、やや呆れたように仲間の女を眺め、
「鈍感力ってのはひとつのパワーですよ、早田。──さて、諸君。これが地球と月の共同作業ってやつです。根本は太陽でもあるが、この圧倒的なエネルギーのまえに、肉体も精神も霊魂も、おもちゃのようにもてあそばれるってわけですねぇ」
向井の演説を聞き流し、秀人は巴に視線を転じる。
巴は、みずからの細い身体を抱いて、小声でつぶやいた。
「──紅の月が昇るとき、黒き肉と白き影ともに隔て、また再びまじわるべし」
赤い光に照らされて、舞台は最初のステージへと移行した──。
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