一条巴は味方を探す
声をひそめて話すのは、大学生グループのリーダー向井と、社会人グループの巴。
「向井さん、でしたか。これはやはり……」
「予定調和というところでしょうね。そろそろルールを説明したほうがいいかもしれませんよ、あなたの相棒と殺し合わないためにも」
言って、にやりと笑う向井。
その表情には緊張と、おそらく歓喜のようなものがある。
巴は、ぞっとして身を引き、
「殺し合う? これは悪霊たちとの、一種の鬼ごっこではないのですか?」
「……どうやらあなたは、このゲームの第一段階までしか、ご理解になっていないらしい。もちろんあなたの考えも、まちがってはいませんよ。事実、それを目的としてやってきた連中も、何人かはいるようだ。あなたの相棒も含めてね」
見まわすまでもない、という表情。
集まっている全員の背中にある、後ろ暗い影。
「つぎの段階、とは……」
「どこで情報を得てきたのかは知らないが、浅はかな人間を目先の利益で釣るには、ちょうどいいのかもしれないな。──そう、この村では大いなる自然の力によって、強制的な除霊が行なわれます」
「除霊」
その一言に反応する顔の多さは、発言者の予想以上だった。
だれもが、その言葉に反応せざるを得ないものを、背負っている。
期せずして視線を集めたことに気づいた向井は、しかたない、とばかりに首を振って、やや大きめの声を張り上げた。
「意外に多いらしいですね、浄霊目的の方が」
ぎくり、と肩を震わせる者と、きょとんとしている者に、属性は隔てられている。
仲間の大学生にもその手のアホ面がいることに、向井自身、ややげんなりしている。
「どういうことなんだ、向井くん」
「村にはいった瞬間から、全員、不思議に身が軽くなったでしょう。ここにいる方々はおそらく全員、守護霊も含めて、いま背中に背負っているものの力を極端に抑えられている」
「だから、どういうこと? ここは有名な心霊スポットなんでしょ」
「夜はね。とくに満月と新月の夜は。しかし昼は神域でもある。この村で、真昼間から霊の存在を感じさせる時点で、そいつの背負った力は桁外れに強いと考えていい」
その視線は、ぐるりと周囲を見渡し、最後にすずたちの上に落ちる。
にゃんにゃんと痛い言動で特徴的な桜木が、意外にも賢しげなことを言った。
「歴史的には、たしかに神域と呼ばれた時代は長いようだにゃ」
「太古の昔、もともとここに住んでいたのは土着信仰の神官一族でした。大地の霊脈がここに集まって、一種異様な霊験をかもし出していることに彼らは気づき、それを利用したわけです。良くも悪くも、ここは極端なことが起こりやすい場所なんですよ」
どこからか盗み出してきたような真正の古文書を、ぺらぺらとめくる向井。
それは仲間たちがフィールドワークの末に、この村の役場跡地などで発見したものも含んでいる。
「……太古の昔はともかく、ごく近世の話では、この村……〝根絶やし村〟とか、そう呼ばれることもあったらしいが」
「村人みんなで殺し合った、って、それ都市伝説でしょ」
「ない話じゃないでしょうね。聖域と魔窟は紙一重です。むしろさもありなんと、ぼくなどは言いたいところです。悪霊も守護霊もなし、ガチンコの殴り合いにはうってつけだと思いませんか?」
「いちばん怖いのは生きている人間。向井にゃんはそう言いたいにゃ?」
「同意できないこともないが」
再び大学生たちの視線が、すずたちに集まる。
そもそもこの村への道を切り開いた、高校生グループ。
思春期の暴走が行き過ぎて痛々しい、という視線を集めて当然だ。
その中心人物は、龍臣という日本人形を連れた若者。
文字どおり「呪いの人形」を背負って、傍若無人の悪意を振りまく中心人物。
──横転したRV車は、男たちの手を借りてどうにか起こせたらしい。
バッ直でエンジンはかかりそうだ、と言いながら龍臣がもどってきた。
「てめーのせいだからな、千夏。チョー御祓いしてーとか言うからよォ」
「オコんなっし。わるいのは、バッグ拾ってくんないすずでしょー?」
「文句は、ひとりで帰ってきたお人形に言え。ま、地磁気とかそういうのだろ、御祓いなんて」
理屈ではなく感覚でものを言う高校生たち。
ときにはそれが、もっとも正解に近いこともある、が。
とにかく乱暴な高校生にはかかわらないようにしよう、という雰囲気がありありと受け取れるのが、家族グループの父、母、姉、弟の四人。
ある意味、この距離感はお互い様だ。
こんな「呪いの村」に、家族でキャンプ?
ある意味、彼らがいちばん怪しくないか?
そう思われても致し方のないところであろう。
「だいじょうぶか、みんな。心配いらない。お父さんがついてるから」
父親がそう言っても、家族の表情はすこしも変わらない。
家長としての威厳もなにも、あったものではなかった。
完全にワケアリ。
無理やり連れてこられたのだろうと見えないこともないが、手に乗って二つ返事という感もある。
なぜなら全員が、たしかに何事かを背負っているからだ。
この機に乗じて祓えればしめたもの。
全員がそうだとすれば、まさにもっとも怪しい家族連れだった。
しかしいま、各々の立ち位置を探っている時間はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます