霧島すずは状況把握に努める
「けが人はいない、ってのが、まあ不幸中の幸いといえば幸いですね」
向井の声を、ちっとも幸いそうじゃないな、と別世界のもののように聞く、すず。
彼女の視線は、きわめて冷静だ。
状況は、かなりわるい。
校庭側の窓は半分まで埋もれていたが、廊下側は無事。
全員、避難は間に合って負傷者はいなかったが、校舎のほうを見るまでもなく、移動手段がほぼ全滅している。
「まじかよ、くっそ」
駆け出す龍臣を追う者はいない。
彼の実家は金持ちだし、高級車の一台や二台、たいしたことではないのだ。
気がつけば雨脚は弱まり、ほどなくやみそうな気配だった。
三台は完全に土砂の下で、掘り起こそうという気さえ起きない惨状。
唯一、RVのほうはつぶされることなく、横転して流されてはいたが、横転や回転くらいで簡単に壊れる気遣いはない。
最初から冷静な態度で、一段上から見下ろしていた向井が、ふと、すずを見つめて言った。
「それで?」
「……べつに。あの車が動いたところで、たいして意味がないから」
「それは、わるい知らせのほうかな?」
「いい知らせは、もうあまりよくはなくなったかもね。わるい知らせは……そう、はっきり言おうか。道、もう通れないよ。車どころか、たぶん徒歩でもね」
村へもどってくる途中から、土砂降りがはじまった。
ただでさえ崩れやすく、道の体をなしていない箇所が多い危険な山道は、2トンを上回るRVの車重を支えるようにはできていないのだ、ということを訴えるように、崩壊。
「道が、崩れたのか」
呆然とする一同。
だれも、ここから出られない……?
「ウチらも危ないところだったんよ。ま、奇跡的に這い上がってきたけど」
助手席で、きゃーきゃー言っていただけの千夏が果たした役割は皆無だが、結果として彼女も奇跡の生き証人になっている。
「……そうですか」
向井は顎に手を当て、なにかを考え込んでいる。
一瞬、方向感を見失った一同。
見上げれば、さっきまでの土砂降りが嘘のような晴れ間。
その太陽は、いましも山腹の稜線へ没しそうな刻限。
「で、いい知らせって?」
わらにもすがる視線を、すずに向ける、母親らしい女。
うちのおかんに似てんな、と思って苛立つ、すず。
……だれだよ、こいつ?
もちろん互いに自己紹介するつもりなどない。
すずは、母親らしい女に冷酷な一瞥を向けて、
「あんたがだれだか知らないけど、そもそもこの人たち以外には、なんの関係もない話」
と言って視線を移したさきの二人組は、きょとんとしている。
自分を指さし、秀人が言う。
「俺たち……?」
「そう。親切な人が、千夏のハンドバッグを拾ってくれていたんだけど、残念な結果になりました、って悲しいお話さ」
RVから降りるとき、すずは、軽自動車の後部座席に千夏のハンドバッグが回収されているのを見て取っていた。
「まじ? あんた目いいねーすず。って、土の下なんですけど!」
「だから言ったろ。もうあまりいい知らせじゃなくなった、って」
どんよりと重い空気が垂れ込める一角。
一方、別の意図で動き始める一角がある。
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