向井清純と秘密を抱えた仲間たち


 突然の豪雨を受けて、大学生四人は廃校舎に宿っていた。


「一応、一通りの調査はしたぜ。向井くん」


 成瀬たちの若干着乱れた服装については関知せず、向井は曇天を見上げながら、


「今夜は帰れそうもないですね」


「雪ならともかく、たかが雨じゃない。平気でしょ?」


「死にたいやつは帰るといいにゃん」


 そっぽを向いて、だれにともなく言う桜木。

 キッと睨みつける早田。

 桜木に女子人気のない理由が見て取れる。


「とりあえず雨が上がってから、ようすを見に行くしかないでしょうね。データはコピーをとってクルマにしまっておいてください」


「了解。ったく、サーバにデータも飛ばせやしない。これだから田舎ってやつは」


 成瀬はぶつぶつ言いながら、PCにデータを移行する。


「まあ、ここにいても生き残れる保証はありませんが」


 ぽつりと漏らした向井のひとことに、その場の三人が凍りついたように動きを止める。


「冗談きついぜ、向井くん。そりゃ、ここがだってことくらいは聞いてるけどよ」


「けどさ、けっこうヤバめでも、向井くんがいれば平気だよね?」


 向井は直接答えず、皮肉げに笑った。


「成瀬の背中には、ちゃんとじゃないですか?」


 ぎくり、と全身を痙攣させる成瀬。

 冬の雪山で遭難したとき、閉ざされた山小屋で彼が拾ってきた「怪異」がある。


 ごくり、と息を呑む音。

 全員の視線が成瀬の背後に集まる。

 ふいに笑い出してしまう自分を抑えられない向井。


「よかったですねえ、成瀬。どうやら頼りになる仲間がらしい」


「ちょ、マジか、向井くん。あんた、んだろ」


「祓う? 冗談じゃない。ただ、きみがあんまりビビってるから、そいつの影響を一時的に遮断してやっただけですよ。

 御祓いなんて、その程度のものです。よほど貧弱な下級霊ならともかく、あの世のものを完全に取り除くなんて、どこぞの神さまの仕業でもなきゃ無理な話だ」


「そ、それじゃ、オレにはまだ」


 にゃあ、にゃあ。

 そのとき猫の鳴き声が響いて、全員の視線が、こんどは桜木に集まる。


「あらやだ。あいニャンなんにも鳴いてないにゃん」


「ご指名らしいですね、桜木。つぎは、きみが……」


 向井の言葉は最後まで発せられなかった。

 雨脚の弱まった屋外に目を向ける。

 そこには二台の車が並んで、かつて校庭だった敷地にはいってきたところだった。


「本命のご登場、か」


 向井は不敵に笑い、下駄箱のほうへと歩き出す。




「申し訳ない。この土砂降りでは……」


 さきに校舎にはいってきたのは、西側でキャンプを張っていた家族連れだった。


「かまいませんよ。こんなボロ校舎でも、雨くらいは凌げる。たぶん、この村のなかでは、いちばんマシでしょう」


「すみません。キャンプ場は川沿いなんですが、この雨で一気に流れが増して、危険を感じましたので……」


 母親が濡れた髪の毛を拭いながら頭を下げた。

 向井たちはタオルを差し出し、意外に面倒見のいい成瀬が弟たちの頭を拭いてやっている。


「神社のほうも、ひどかったでしょう」


 最後に校舎にはいってきたのは、自前のタオルで頭をくるんだ──小平秀人。

 向井にとって、このようなと行動を共にしている、分家筋の巴という女も、気になる存在だった。


「ですねえ、屋根の下より木の下のほうがよっぽどましというか」


 とにかく情報は集めておいて損はない。

 向井は、淡々と話しかけた。


「もともと雨露を凌ぐべき場所じゃないですからね、ああいう場所は。──おやおや、千客万来だな。この廃れた村にしては、近年まれに見る人口密度ですよ」


 全員の視線が外に向かう。

 そこには四台目の車──この村への道を最初にこじ開けたRV車があった。


 ──あの高校生、まさかもどってくるとは。

 数人の視線が、そう語っている。

 彼らのなかに、言い知れない感情が沸き起こっていた。


 車は泥水を撒き散らしながら、強靭なグリップ力で泥地をつかみ、最後にはいってきたセダンでなかばふさがれた入り口の横を、強引に突破してくる。

 セダンを運転してきた父親が、クルマを移動させようと立ち上がる間もなかった。


 RV車は、さきに並んだ三台の車の横を滑りながら、ほどなくピタリと校舎に横付けする。

 同時に三つのドアが開き、三人の高校生が現れた。


「なんなんだよ、ここはPTAかっつーの」


「あー、やっぱりみんなまだいたんだー。困っちゃうねー」


「いい知らせとわるい知らせがあるけど、どっちから話す?」


 順に車から降りてくる高校生の吐く息がアルコールくさいことに、真っ先に気づいたのは、外にいちばん近かった秀人だった。


「きみたち、まさか酒を」


「よー、あのときのニーチャンか。わるいんだけど……」


 龍臣の言葉が、最後まで発されることはなかった。

 やおら地震のような震動が一同を襲う。


 ──山津波。

 ハッとして周囲を見まわした向井が地形を思い出す間もなく、それはやってきた。


「あぶねえ! 廊下側へ寄れ!」


 だれの声かも判然とはしない。

 ただ生きようとする本能だけで、人々は動いた。


 出来事そのものは一瞬だった。

 おそろしいスピードで下ってきた土砂が、校庭の半分をさらって南西の方角へと滑り落ちていった。

 すでに悲劇は、いや……幕を開けている。


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