霧島すずは悪友と学校をサボる


「で、水子みずこの霊ははらえたのか? 千夏ちなつ


 後部座席に乗り換えたすずの問いに、助手席の茶髪、森崎もりさき千夏は笑って言った。


「タッちゃん情報によればねー、祓えたはずよ。ねー、パパ?」


 運転席の曾我部そかべ龍臣たつおみは軽く肩をすくめ、


「パパのひとり、と言ってオナシャス、ハニー」


「は? 尋常パネェ、激おこフルボッコっし!」


「うわ、あっぶ! ちったー考えろマジキチ、滑り落ちたら死ぬだろうが! ここにいんのはのすずだけじゃねえんだぞ」


 前席の夫婦漫才風掛け合いには慣れたもの。

 すずは後部座席に半分横になって足を組み、


「だから言ってるだろ、あたしが好きなのはスラッシュであって、自殺系デスメタルじゃないんだ。そもそも事故死なんて……くそ、バカな話だ」


 いやな記憶が脳裏をよぎって、あわてて振り払う。


「ほんと条件チートだよな、すずはよォ。いいかげん一発ギシアンさせろっし」


「タッちゃん、きめぇ藁。すずはキレーな身体で死にたい系女子なんやで」


 前席を放置して、窓の外に視線を投げるすず。

 そもそもこのクルマの前後には、隔世のごとき懸崖がある。


「汚い身体で自分だけ生き延びたいやつ、こっちみんな」


「てか、タッちゃんひどくね? できるだけたくさんの人を巻き添えにして死にたい願望の、最低野郎のくせに」


「死ぬふりして、かまってちゃんねーが、薄汚く生き延びてカニバっとけよ」


「かっちーん、ばーかばーか」


「ばか言うやつがあほじゃ、悔しかったら死にさらせ」


 無視してケータイをいじっていたすずは、前席の会話の隙間にチッと舌打ちして言った。


「それより、どこまで圏外なんだよ、ここ」


 同じく画面を開いた千夏も、


「ほんとド田舎だよねー。ここは四国かっつの」


「四国に謝れおまえら。あんな島、瀬戸内海に沈めばいいんだ」


「きゃはは、タッちゃんほんと地元きらいよねー」


「一応、GPSは拾えるけどな」


「そりゃよかった! ここは地球らしいですよ、ママ!」


「安心してあたしに運転任せられるわね、パパ!」


「というわけで、任せていいか、すず? こいつに任せりゃ一方通行まっしぐら、おまえの大好きな地獄にフォーリンラブってか?」


「じゃ、まずはあの地獄の門番をどうにかしないとな。ほら、だれか来たぞ」


 後部座席から言われてようやく、龍臣と千夏は前方に視線を移した。

 そこには一台のミニバンが進んできていて、とてもすれ違えない田舎道をふさいでいる。


「ちっ、今日にかぎって、どうして千客万来だよ?」


「いつもこうかもしれないじゃん?」


「ばーか、俺らが来る前、何ヶ月も人イナ杉な道だったの忘れたんか?」


「そーいやそうだね。だからここに来られるようになったのはさ、タッちゃんが立ち入り禁止の看板とかバリケードとか、全部ぶっ壊しちゃったせいじゃないの」


「とりまソースは俺ってか。……くそ、どけっての!」


 クラクションを鳴らす龍臣。

 前方のミニバンは、しかし後退するようすもなく、代わりに運転席が開いて男が降りてきた。


「ちっ、どけよてめーら! 通れねーだろうが」


 窓を開け、運転席からがなり立てる龍臣。

 一方、相手方は運転席からひとりが降りてきたのにつづいて、さらに三人、それぞれのドアから人が降りてくる。


「あちゃー、多勢に無勢だねー、タッちゃん」


「くそ、ひき殺すぞてめーら!」


 言いつつも、龍臣はしかたなく運転席から降りて、話し合いの舞台に立った。

 相手のミニバンの運転席から降りてきたのも、龍臣と似たり寄ったりのチャラいチンピラ風の男。

 というわけで、話し合いは最初からケンカ腰だった。


「おい、にーちゃん。こっちは細い道、だいぶ進んできちまってるんだよ。そっちがちょっと下がってくれねーかな?」


「あ? ざけんじゃねーぞ、おい。小さいほうがよけるのが社会の常識だろうがよ、ボケが」


「なんだとコラ、てめーよく見りゃガキじゃねーか」


「大差ねーだろうが。おめーの顔どう見たってFラン底辺だぜ。モラハラ(?)低能が、勉強以外のところでしか意気がれねーのか。いいから必死で単位とれチャラ男」


 ぷっ、とミニバンから降りた女の一人が横を向いて吹き出した。

 モラハラじゃなくてモラトリアムだろ、と内心突っ込みつつも、その意見は、彼らにとっても共有できるものだったらしい。


「ばっ、ガキがそっちこそいい気になるなよ。親の車、勝手に乗りまわしてるだけの無能だろうが、田舎のボンボンがよ」


 こんどは千夏がぷっと笑った。

 まさしくそのとおりだった。

 角突き合う男たちの横から、まずミニバン側の女が割り込む。


「ごめんね、あたしたち大学のサークルなんだけど、ゼミのフィールドワークの一環でね、このへん調べてるのよ。こっちが下がってもいいんだけど……」


「龍臣。ここにスペースあるぞ。誘導してやろうか?」


 女たちの仲裁が、ちょうどいいタイミングではいったことに、男たちは感謝すべきだろう。

 すずがRV車の斜め後方を指差してやると、龍臣はチッと舌打ちして、


「いらねえよ。どいてろ、てめーら」


 ドアが閉じられるのを待たず、龍臣は乱暴な運転で車をバックさせる。


「ありがとねー」


 女子大生は言いながらクルマにもどり、チャラ男も舌打ちしながら運転席にもどって、ミニバンをさきに進める。

 ──運転席にチャラ男、助手席にはマジメっぽいふつうの大学生、後部座席には同じく大学生らしい女子ふたり。


 人当たりのいい彼女らが手を振りながらめのまえを通過するのを待って、龍臣はクルマを進める。

 そのとき、むこうの車内でふりかえった女子大生の顔が恐怖に歪んだ理由を、すずは、ほどなく知ることになる。


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