7 魔の者
皆は緑の光の中にいた。
だがその外は泥のような濃密な闇が広がっていた。
ダーダイが杖を構える。
そこから光が出るとまっすぐ前を照らした。
光は闇を割る。
その先に王の椅子に座っているゾルシがいた。
「おや、ダーダイ。」
奇妙な響きの声が聞こえる。
皆はそちらを見た。
「ゾルシ……、お前はすっかり姿が変わったのう。」
ダーダイが呟く。
「あなたもすっかり変わった。
歳を取って小さくなって……。」
ゾルシは椅子から立ち上がり滑るように緑の光の中にいる
ズィーの人々の近くに素早く来た。
ダーダイの額に血管が浮く。
結界を壊されないよう力を込めたのだ。
ゾルシは皆を覗き込む。
その顔はまるで物の怪だ。
口は耳元まで裂けて黒くとがった歯が見える。
目は大きく開かれて瞳がいくつもあり、
それぞれが様々な所を見ていた。
そして肌は中から気体がぷつぷつと浮き上がっている。
「お前はすっかり闇に染まってしまった。
元には戻らん。」
ダーダイが唸るように言った。
「元に戻ろうなんて思いませんよ、今の姿が愛おしい。
それに、ダーダイ、」
かつては自分の師であったダーダイをゾルジは呼び捨てにする。
「あなたも知っていたではありませんか。
私が生まれたのもズィー村があったからでしょう。」
ダーダイは返事をしない。
「それはどう言う事なんだ?」
セスが呟く。
それが聞こえたのだろうか、ゾルジが結界の中を覗くように見た。
「その声はあの時の兵士ですね。
そしてその横には、」
ゾルジの体が一瞬にして小さな虫が散らばるように
細かくなり緑の結界の外を覆った。
「グレイシャル様!」
ゾルジの声がどこからでも聞こえてくる。
「グレイシャル様、グレイシャル様、
私はグレイシャル様を、
私とグレイシャル様が一緒になれば闇と光の世界が生まれる。
世界がまた混沌となり全てがズィーとなる。
魔力が満ち溢れる世界になるのだ!」
「それはならぬ!」
強いダーダイの声だ。
「魔力の世界はもう終わらなくてはならぬ。
人々は己の力で生きなければならない。
魔力で戦う時代は終わるのじゃ。
お前はズィー村を滅ぼしたではないか。
なのに魔力の復活を……。」
「光と闇があれば世界を変えられるのだ。
あんな村一つ……。」
すっとゾルジの体が現れる。
何万と言う虫のようなものは消えた。
「ゾルジ、」
皆の後ろにいたアリシアが前に出た。
二人の間は緑の光の壁が隔てている。
「お前は私に何がしたいの。」
ゾルジが跪く。
そして嬉し気に顔を上げた。
「おお、グレイシャル様、私はあなたを、
あなた様をぜひ私の腕に。」
魔の顔を持つゾルジがにっこりと笑ってアリシアを見た。
ゾルジはアリシアをグレイシャルと思っている。
もはやその区別も出来ない程闇に侵されているのだろう。
複数の瞳が絶え間なく動き回っている。
ゾルジのおぞましい様子に彼女の背筋が凍った。
だがその時セスが彼女の肩を強く掴んだ。
言葉はない。
だがその力強さは彼女に勇気を与えた。
「私はグレイシャルではない。
私はアリシア!ズィーとデヴァインの二つの血を持つ者。
お父様とお母様の子!
お前の甘言には乗らぬ!」
そしてセスも叫ぶ。
「俺は南国とズィーの血を持つ!」
一瞬ゾルジの顔から表情が消え周りが静まり返った。
そしてまるで地の底から湧くような声が響く。
「消え去らせ!」
それはゾルジの声だ。
そして彼の目からは赤黒いものが流れていた。
ダーダイが叫ぶ。
「結界を解く!
皆はゾルジを押しとどめセス殿とアリシア様に
何が何でも剣を振るわせよ。
わしらには次はないと思え!」
そして緑の光が消えた。
その途端十人の村人がゾルジの周りに立つ。
氷の柱がゾルジの上から落ち激しい炎がゾルジの体を包んだ。
そして他の村人も力を込める。
立て続けに彼の体を魔術が襲った。
「……!」
ゾルジの言葉ではない悲鳴が響く。
耳から体に突き抜けそうな音だ。
だが村人は誰一人そのまま動かない。
彼らは今渾身の力でゾルジを押さえているのだ。
「セス!」
アリシアがセスを見る。
「おうよ!」
二人は剣を構える。
その手が重なる。
剣から緑の光が現れた。
二人はゾルジに向かって走った。
だがゾルジから巨大な腕が現れて振り回された。
強い力だ。
村人の数人が飛ばされてしまう。
そしてセスとアリシアも。
「立て!」
セスが倒れたアリシアに言う。
彼女はひるむことなく立ち上がり再び構えた。
その時ダーダイが杖を持ち炎に包まれているゾルジに向かった。
ダーダイは何度もゾルジに向かって杖を叩きつけた。
その度に激しい音が響きゾルジの体が曲がり歪む。
そしてガラスが割れるように炎が散った。
だが散らばる勢いにダーダイが飛ばされてしまった。
「ダーダイ師!」
アリシアが叫ぶ。
だが炎を使う老婆が叫んだ。
「ゾルジが散る!今だよ!」
アリシアとセスがゾルジを見ると
まるで砂が散るように広がっていた。
そしてその中に真っ黒な塊があった。
あれがゾルジの本体だろう。
二人は本能的に分かった。
彼らの目が合う。
目の前の影は薄く広がっていた。
弱っているのは確かだ。
止めを刺さなくてはいけないのだ。
アリシアとセスは目を合わせる。
両方とも傷だらけだ。
だが二人は微笑む。
「行くぞ!」
「ええ!」
二人は一つの剣を一緒に持ち、
影に向かって走り出した。
影の中心にある歪んだ闇に向かって。
この幻庭の剣を打ち込むのだ。
その時柔らかな緑の光が二人を包んだ。
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