5 狩小屋の子ども



「私はシーラ、この子は弟のフラン。」


シーラの後ろから半分顔を出してフランがセスを見ていた。


「俺はセス、このお姉さんはアリシアだ。

困っていたんだ、本当に助かったよ、ありがとう。」


セスは体を拭き暖炉に温まっていた。


「ところで君達、親御さんがいないと言ったが、」

「お母さんは昔死んじゃったの。

でもお父さんは何日か前に城下町に用事で出かけたんだけど、

帰って来ないの。」


セスははっとする。


「城が、その……、」

「何かあったんだよね。空の色もおかしいし。」


この辺りは城からは離れているが空の色は奇妙な色をしている。

目の前の子どもの顔が不安そうになる。


当たり前だろう。

父親が帰って来ないのだ。


「……実は城で反乱があった。」


セスはこの二人に本当の事を話して良いのか迷った。

だが取り繕ったような事を言うのはいけない気がした。

シーラとフランはセスを見る。


「俺は城付きの兵士だ。その時に逃げて来たんだ。

それである人からその反乱を止める方法を聞いた。

そしてそれは手に入れたんだが、このお姉さんの具合が悪くなった。」

「城下町はどうなっているの?」


話を聞いて顔色が悪くなったシーラが小さな声で言った。


「城には俺の部隊の兵士もいた。

皆は城下町の詰め所に退避して街の人を助けろと伝えてある。

俺の部隊は絶対街の人を見捨てない。

もし君達のお父さんが街にいたら俺の仲間が助けている。」


それは強い言葉だ。

そしてセスはそれを信じているのだ。


「お兄さん、ありがとう。」


シーラがフランを強く抱いてセスを見て言った。

フランがセスに言う。


「おいらのお父さんは弓を使うんだ。

すごい上手いぞ。それで肉や毛皮をとって来るんだ。」

「そうか、お前の父さんは凄いな。

さあ、お礼に薪でも作るぞ。力仕事があれば言ってくれ。」


とセスが立ち上がるとお腹が大きな音を立てた。


「お兄ちゃん、お腹減ってる。」


フランが笑いながら言った。


「聞こえたか?」

「聞こえたよ!」


シーラが暖炉にかけてある鍋を見た。


「私が作ったスープだけど飲む?美味しくないけど。」

「いただけるのならありがたい。俺は嬉しい。」


シーラが少し笑ってスープを注いで勧めた。


「それでお姉さんは一体どうしちゃったの?」


シーラが横になっているアリシアを覗いた。

指は未だに赤黒く腫れている。

アリシアには既に上掛けがかけてあった。


「もしかして毒鼠に触った?」


シーラが言う。


「昨日の朝、鼠みたいなものが襲って来たんだが。」

「やっぱり。赤黒い所や顔色やこの震えとか毒鼠よ。

この辺りに結構いるの。」


とシーラは棚から小瓶を出した。


「これ毒鼠の毒を消す薬草よ。

この辺りの人はみんな持ってる。

鼠は背中の毛に毒があるの。

そんなに鼠の毒は強くないから何日かすると抜けるんだけど、

時々酷くなる人がいるの。

そんな時にこの薬を飲ませると良くなるわ。」


シーラはコップにその薬を入れてセスに渡した。

セスは彼女を見た。


「なんと礼を言って良いのか……。」


セスは胸が詰まった。

突然現れた知らない人間にこんな親切を

この子ども達はしてくれたのだ。

自分達も親が帰らず不安なのに。


セスは横たわっているアリシアを抱き起し、

少しずつ薬を含ませた。


そしてその昼頃、アリシアが目を覚ました。


「私は、一体……。」


ぼんやりとした顔で呟くとフランが彼女を覗き込んだ。

彼はにやりと笑い外に飛び出した。


「姉ちゃん、気が付いたよ!」


すると外からセスとシーラが飛び込んで来た。


「大丈夫か、アリシア。」

「何だか体が動かないけど、この子達は……。」

「お前の命の恩人だ。」


訳が分からずアリシアは子どもを見る。

シーラもフランもにこにこと笑ってアリシアを見た。


「この子達がいなかったらお前は死んだかもしれんぞ。」

「そうなの?」


子どもは笑いながら頷く。

アリシアは訳が分からなかったが、

嬉しそうにしている子どもを見て心が温かくなった。




その夜、一晩ここに泊まる事となった。


アリシアは早く行きたかったが、

さすがに体のだるさが抜けなかった。


「お姉ちゃんはベッドに寝てね。」


シーラとフランが床に寝床を整える。


「えっ、だってあなた達のベッドでしょ?」

「だってお姉ちゃんまだ調子が良くないんでしょ。

別に私達床で寝ても平気だもん。」


シーラとフランがにこりと笑って上掛けにくるまって横になった。

そしてすぐに寝息が聞こえる。


アリシアとセスはその小さな寝姿を見た。

そして、


「私は本当に何も知らない。」


アリシアがぽつりと言った。


アリシアが気が付いてからシーラはなにくれと世話を焼いてくれた。

自分が母を亡くした時と同じ年頃の女の子だ。

自分はその頃何をしていたのか、

我儘を言い城を抜け出して遊んでばかりいた気がする。


アリシアはしばらく俯いたまま動かなかった。

それをセスが見る。


「……立場が違うからな、それは仕方ない。」


彼は慰めているのだろうか。


「あの剣、お前があれを見つけた時、」


アリシアが顔を上げた。

暖炉のそばに黒い棒が立てかけてある。


「お前は緑の光に包まれて歩いていた。

そして手をあげると地面からあれが出て来たんだ。

憶えていないだろう。」


アリシアが頷く。


「そしてお前が、

いやお前の中にグレイシャルさんが現れて言ったんだ。

アリシアと一緒にゾルジを切れと。

そして自分が出来る事をしなさいって。」


暖炉の火がパチパチと音を立てる。

風がないのか外からは何の気配もしない。


「それは本当にお母様なのかしら。」


セスがふっと笑う。


「それでな、グレイシャルさんが言ったんだよ。

私の友リビーも見守っているって。」

「リビーって……。」

「俺の母さんの名前だ。

この前ダーダイさんとお前には話したが、

他の者には俺は母さんの名前は言っていない。

それをグレイシャルさんは言ったんだ。」


セスとアリシアの目が合う。


「明日には動けるか。」

「動くわ。行く。」

「今日俺は薪を作ったり、動物を狩った。

この子達はしばらく食べるものには困らんだろう。

俺も早く城に戻ってこの子達の父さんを探してここに戻したい。」


二人は頷いた。

大きな責任があるのだ。

早く元の世界に戻さなければいけない。

不幸な人を増やしてはいけないのだ。


自分達を助けてくれたこの子達が

笑って過ごせる世界を取り戻すのだ。


セスが床にごろりと横になる。


「あなたも、その……、」


セスがにやりと笑う。


「俺は兵士だ。こんなの慣れてるよ。お前は寝ろ。明日から野宿だ。」


アリシアも横になった。


「……ありがとう。」


小さな声が聞こえた。






翌朝早く二人は狩小屋を後にした。

セスは手に黒い棒を持っている。


「お姉さんとお兄さん、これを持っていって。」


シーラが包みを差し出した。


「これは……、」


その中には食べ物が入っている。


「受け取れないわ、そんな。大切な食べ物でしょ?」


それを聞いたシーラとフランが真剣な顔で首を振った。


「すごく大事な仕事があるんでしょ?

昨日こっそり聞いた。

だから、」


シーラが二人を見る。


「お父さんをお願い。」


アリシアとセスが無言のまま子どもを見る。

そしてアイリスは急いで自分の耳元に触れた。


その手にはあの緑の耳飾りがあった。


「シーラ、本当にありがとう。

シーラとフランがいなかったら私は死んでいたかも。

あなたは命の恩人よ。」


アリシアはそう言うとシーラの手にその耳飾りを握らせた。


「これはお守り。

あなたとフランとこの世界も守ってくれる。」


セスは驚いた。


「良いのか?」

「良いの。」


そしてアリシアはシーラの手の包みを持った。


「これは貰うわね。すごく助かるわ。

あなたのスープ、とても美味しかった。」


と言うとアリシアは速足で歩き出した。

セスが慌てて彼女の後を追う。


しばらくシーラとフランはあっけに取られて二人を見ていたが、

離れるアリシアとセスの後ろ姿に手を振った。



アリシアとセスは森の中を進む。

狩小屋はもう見えない。


朝方の森だ。

いつもなら木々の間から光が差し込み、

鳥が所々で鳴いているだろう。

だが今は薄暗く何の音も聞こえない。

数日前にここを通ったがその時より闇は強くなっていた。


アリシアは小屋を後にしてから一言も話さなかった。

ただ黙々と歩いている。

セスはその様子を見てどことなく不安になった。

だが黙って後をついて行く。


しばらく歩いた頃か、


「ちょっと休憩しようぜ。」


セスが彼女に声をかけた。

アリシアは病み上がりだ。

セスも心配だったのだろう。

だが彼女は立ち止まらない。


「休めよ。」


彼女は前を見たままだ。

思わずセスは彼女の手を取った。


「……!」


彼女は彼の手を振りほどこうとするが力には敵わない。

アリシアは立ち止った。


「一度休もうぜ。な。」


諭すように彼は言う。

アリシアは俯いたまま少し震えていた。

また調子が悪くなったのかとセスが彼女を覗き込むと、

俯いた顔からぽたりと何かが落ちた。


「泣いてんのか、お前。」


セスが呟く。


「……泣いてない。」

「泣いてるだろ、どこか痛いのか。」

「痛くない。」


セスは訳が分からなくなった。


「アリシア……、」


するとぼそりと彼女が言った。


「耳飾り……。」


セスは思い出す。

シーラに渡した緑の耳飾りだ。


「あれはお母さんの形見だったよな。」


アリシアが少し頷く。


「どうする、返してもらうか?」


彼女が顔を上げた。

その眼には涙が一杯に溜まっていた。


「だめ、それはだめ。」

「だって、大事なものなんだろ?それに……、」


あの耳飾りが光ってアリシアを守ったのを彼は見ていた。

あれがないとどうなるかセスもよく分からなかった。


「お母様もそうしなさいって言う。絶対。

でも……。」


アリシアの目から涙が溢れた。


「淋しいの。」


セスは彼女を見る。

今までに感じたことが無い感情が胸にあふれて来た。


そして彼はそっと彼女を抱き寄せた。


彼の手がアリシアの頭を撫でる。

強く大きな手だ。

それが柔らかく彼女の頭に触れている。


アリシアは一瞬驚いたが彼の胸は広く暖かい。

優しいものに包まれている感じがした。

そして何かを無くした虚しさが消えて、

別の気持ちが少しずつ満ちていく気がした。


それはとてもぎこちない抱擁かもしれない。

だがその時二人の気持ちは一緒になった。

しばらく二人はそのまま立っていた。


「……町に行ったら俺が新しいの買ってやるよ。」


ぼそりとセスが言う。


「買ってくれるの?」


アリシアが彼の胸に顔を付けたまま言った。


「高いわよ。」


セスがはっと思い出す。

彼女は王族なのだ。

彼はすっかり忘れていた。


「あ、いや、その、」


アリシアはぱっと彼の胸から顔を上げて離れた。


「知ってるわよ、薄給なんでしょ?」

「そ、そうだよ、兵士なんてそんなもんだ。

どうせ貧乏人だ。」


彼女は少し腫れた目で彼を見て笑った。

涙はもう消えていた。


「仕方ないわ、それで我慢する。」

「我慢するってお前、」


笑っていた彼女の顔が真剣になった。


「無事終わったら絶対に買ってね。」


セスは手に持った棒を強く握った。


「ああ、買ってやる。」


二人は前を見た。


「行きましょう。」

「ああ。」


二人は一緒に歩き出した。


「でもそんなにお給金が少ないの?

セスは副隊長なんでしょ?」


歩きながらアリシアが聞いた。


「そうだよ。

でも副隊長なんて上からは突かれて、

下からはどうしたらいいんですかと悩み事相談だ。

面倒くさいだけで給料は安い。」


アリシアが少し笑う。


「笑うなよ。」

「ごめんなさい。」


セスも笑った。

だがすぐに真剣な顔になる。


「部隊長は広間で動かなくなった。仲間もだ。

俺達は兵隊だがずっと平和で呆けていたかもしれん。

ちゃんとやっているかな。」


セスが呟くように言う。


「あいつら無事かな……。」


アリシアがセスを見た。


「大丈夫よ。

私もあの人達から色々と教わったけど

とても気を使ってくれたし強かったわ。

戦って絶対に町の人を助けている。」

「だよな。」


彼は仲間の事を心から心配しているのだろう。


「だからセスは私が何か言っても平気な顔をしていたのね……。」


アリシアが呟く。


「何か言ったか?」

「ううん、何も。急ぎましょう。」


彼は色々と苦労をして人としての器が大きいのだ。

だからアリシアが言う事もちゃんと受け止められたのだ。

彼女はちらりと彼を見る。

強い横顔だ。


アリシアは頬が少し熱くなった。




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