4 旅
二人はすぐに兵服に着替え、ダーダイ達がいた場所を離れた。
彼に言われた願いを叶えるため旅に出たのだ。
「ズィー村は歩いて三日か。」
旅と言っても短いものだ。
セスはダーダイから渡された地図を見た。
「ほとんど一本道だから迷わないと思うけど。」
ズィー村へは高い山はなく深い森をいくつか通らねばならなかった。
森には獣がいる。
そして今の世界の様子を見れば
魔物もぞろぞろと現れているだろう。
二人は空を見る。
ここからは城は見えないがそちらの方向の空を見ると、
雲が渦巻き禍々しい様子になっていた。
多分城下町も無事ではないだろう。
「あいつら、生きてるかな……。」
セスが呟く。
部隊の兵士を心配しているのだろう。
「ならば早くダーダイ師が言った剣を探しましょう。」
「あ、ああ、土砂に埋まってしまったズィー村の
神殿にあった『
「あれは魔力を封ずる剣じゃ。あれで切られると魔力を失う。」
ダーダイが言う。
「切られても死なぬが剣が魔力を吸うのじゃ。
だから魔術師を輩出するズィー村では忌まわしい剣でな、
だからこそ神殿に封印されておった。」
「幻の庭って……、」
アリシアが聞く。
「この世ではない庭じゃ。
そこに吸われた魔力を貯めるのじゃ。
そこには魔力で咲く花が満ち溢れて美しい世界だと言われておる。」
「ならその剣でゾルシを切れば良いのか。」
「そうじゃ。それはゾルシも知っておる事なのじゃ。
それもズィー村を消した一つの理由なのだろう。
剣は今は山津波で流されてどこにあるか分からん。」
アリシアとセスがため息をついた。
「それをどうやって探せば……、」
「方法はなくはない。」
ダーダイが二人を見た。
「加護を得し者、剣を求めよ。さすれば剣、顕現せし……。」
ダーダイが呟く。
「昔から村に伝わる言葉じゃ。
今ここには加護を得しアリシア様がいる。
そして剣士のセス殿だ。
わしにはこれは何かしらの符丁に思えてならん。」
「符丁と言ってもなあ。」
セスがため息をついた。
「俺には広間の事から全部が夢のように思える。
化け物のゾルシ、動かなくなった部下、
この空、そして剣だ。」
速足で歩きながらアリシアがセスを見た。
「でも私はやっぱりと言う気しかしないわ。」
セスが訝し気にアリシアを見る。
「あなた、私の事馬鹿にしていたでしょ。」
セスが苦笑いをする。
「知ってるわよ、私が剣を教わっているのも
遠くから嫌な顔をして見ていたもの。
でも私も必死だったのよ。悪い予感しかなかったから。」
「わ、悪かったよ。姫さんの暇つぶしと思っていたから。」
「姫さんは止めて。アリシアで良いわ。」
「良いのか?」
少しばかりセスは気後れする。
目の前のアリシアは兵士の格好だ。
だが顔立ちは可愛らしい。
やはりどことなく高貴な所があるのだ。
「誰に会うか分からないし、
怪しまれるとまずいでしょ。一平民に徹するわ。」
「ん、まあ、じゃあ、アリシア。」
アリシアがにやりと笑う。
「よろしい。」
「言い返してなんだがその言い方もまずいんじゃないか?」
アリシアがはっとした顔をして赤くなった。
「……そうね。」
「ついでに言っちゃうが、」
セスが耳を指す。
「その緑の宝石、すごく目立つな。平民らしくない。」
二人は立ち止まる。
アリシアが困惑した表情になった。
「その、これは、」
この国ではどの人々も耳飾りを付けており、
ある意味身分を表している。
平民は地味な物を付けている事が多い。
「姫さんと言われたくなくても、その綺麗な石は目立つぞ。」
それを聞いてアリシアは少し怒った顔になり、
耳飾りを取り石が耳の後ろに来るようにして
それを髪で隠した。
「これなら良いでしょ。」
「いや、その……。」
アリシアが怒ったように歩き出した。
「これはお母様の形見なの。
絶対に外さないようにって言われてる。
あなたを守るからって。」
「あ、あ、そうなのか。」
セスはそれ以上何も言えず彼女の後を歩き出した。
その夜、森の中で野宿になった。
「でもセスってなんでも出来るのね。」
焚火を前に木の枝に刺した小動物の肉を見てアリシアが言った。
「兵隊なら基礎知識だ。」
何事もないようにセスが言う。
肉はセスが調達して来たのだ。
アリシアは彼に言われて小枝を集めた。
火をつけたのはセスだ。
器用に数分で火を起こした。
アリシアがため息をついた。
「やっぱり私は何も知らないのね。」
ちろりとセスが彼女を見る。
「喰えよ。ちょうどいいぞ。」
焼けた肉を刺した枝を彼はアリシアに差し出した。
彼女は受け取るが少しばかり躊躇する。
それを見てセスが自分の肉にかぶりつく。
アリシアは恐る恐る肉にかじりついた。
「美味しい……。」
それを見てセスが少し笑った。
「何だかお前はほんと姫さんらしくないな。」
「だって私は味噌っかすだもの。」
よほど美味しかったのか彼女はぱくぱくと肉を食べ始めた。
「味噌っかす?」
「お姉様からはからかわれるし。
だからしょっちゅう城を抜け出していたの。」
「へぇ。」
「お姉様達は綺麗にしているのが好きだけど
私は嫌だったわ。
ドレスを着る時にお腹の所をぎゅうってほんとイヤ。」
「あれなあ、見た目は良いけど苦しいだろう。」
「苦しいわよ。
だけど昔から言う事を聞かないから剣の練習を始めても
何も言われなかったの。」
セスは彼女の剣筋を思い出す。
「練習して一年ぐらいか。」
「そうよ。」
セスは肉を食べてしまうと手を服にこすりつけ
綺麗にして立ち上がった。
「ちょっと見てやるよ。」
セスが剣を出し近場の木から適当な枝を二つ切り落とした。
彼は枝などを打ち払い棒状にして、その一つをアリシアに差し出した。
アリシアは驚いて彼を見た。
「お前と打ち合ったのはたった一回だが剣筋は悪くない。」
彼女は慌てて食べると立ち上がった。
「どうして……。」
「ゾルシとか思うところがあったんだろう?
馬鹿にして悪かったな。」
アリシアはにっこりと笑って棒を構えた。
顔はもう真剣だ。
二人はじりじりと近寄る。
「好きに打て。全部受けてやる。」
アリシアが彼に近寄る。
そしてすぐに木の枝が打たれる音がした。
翌朝早くから二人は歩き出した。
その日も森の中に野宿だ。
だがその深夜、怪しげな気配が近寄って来た。
焚火は消えかけている。
セスが慌てて枯れ枝をくべた。
「おい、起きろ。」
「起きてます。」
二人が腰を上げて立とうとした時だ。
鼠のような獣が足元を何匹か駆け抜けた。
「あっ!」
アリシアがぞっとして声を上げた。
「怯むな。」
セスが言う。
アリシアは口元を結び気持ちを整えた。
木々の間から光るものがいくつも見える。
魔物だ。
セスは横にいるアリシアを見た。
魔物と遭遇したのは彼女は初めてだろう。
だが白い顔で真っすぐ前を見ている。
「俺から離れるな。無理はしなくていい。
自分の身だけ守れ。」
「はい。」
魔物はさわさわと近寄って来る。
それほど大きくないものだ。
だが数が多い。周りを囲まれて魔物が一斉にとびかかって来た時だ。
いきなり緑の光が二人を包んだ。
「なに……、」
セスが振り向くとアリシアから光が溢れている。
魔物たちは光に驚いてあっという間に逃げて行った。
その光は彼女の耳の後ろから発されていた。
「耳飾りが光っている。これが加護か。」
「お母様……。」
やがて魔物の気配が消えると緑の光も消えた。
「助かったな。守るってこういう意味か。
今までこんな事はあったのか。」
「いえ、初めて。
それにこんな危ない目に遭った事はないし。」
その時彼女は指先にちくりとしたものを感じた。
先程の鼠が通った時に触れたのだろうか。
出血もしていない。
「夜明けが近い。早いが出発しよう。」
セスが準備を始める。
「ええ、朝ごはんの準備をするわ。」
彼女は慌ててパンを取り出した。
その日の夕方、山間の谷のような所に彼らは着いた。
だがそこは周りの山の斜面の土砂が
かつての谷だっただろう場所に流れ込み、
巨大な石や倒れた木などが大量に埋まっていた。
「ここがズィー村か……。」
少し高い場所から二人はそこを見た。
そこに村があったとしても跡形もない。
「ここから剣を探すのか。」
セスはアリシアを見た。
彼女はどことなく生気がない。
「どうした。」
「……あ、いえ、」
アリシアの様子がおかしい。
彼女はどことなくぼんやりとしている。
セスは彼女の手に触れるとそれは火のように熱かった。
「お前!」
手は赤黒く腫れあがっていた。
「どうしたんだ!」
「朝、鼠が出た時に触ってしまったみたいで……。」
そう言うと彼女の体がぐらりと傾く。
セスがそれを支えるとアリシアの体から力が抜けた。
夜は近づいていた。
天気は下り坂だ。
セスは急いで雨風がしのげそうな場所を探した。
樹が茂っている所を見つけて慌てて雨が防げるよう、
近くから枝を切り落とし重ねた。
彼女の意識はなくガタガタと震えている。
常に身に付けている兵士の緊急袋には
熱さましの丸薬が入っている。
それをどうにか彼女に飲ませて
流れてくる水に体が触れないように
高くなったところにアリシアを寝かせた。
アリシアは鼠が、と言った。
あの動物が毒でも持っていたのかもしれない。
もしかするとあの獣も魔物だったのだろうか。
やっと目的地に着いたのに
彼女は倒れて剣もどうやって探して良いのか分からない。
セスはどうしたらいいのか途方に暮れた。
やがて雨が降り出した。
霧雨のような静かな雨だ。
どうにか雨はしのげて焚火も細々とついている。
その時だ。
横たわっていた彼女の目が開いた。
「アリシア。」
セスが声をかける。
だが彼女の体は薄い緑の光に包まれている。
その光はセスが朝見たものだ。
彼女は立ち上がるとゆっくりと歩き出した。
セスは慌てて荷物を身に付けて彼女の後をついて行く。
彼女は今何かに導かれている。
だからあの緑の光が彼女を包んでいるのだ。
アリシアが言った母親の形見、
彼女を守ると言ったあの光だ。
音もなく降る霧雨の中を
彼女は岩や木々の破片を悠々と避けながら歩いて行く。
セスでもついて行くのがやっとだ。
そして彼女は立ち止った。
アリシアの体に雨の雫がついている。
その一つ一つが柔らかな緑の光を放ち美しく輝いていた。
そして彼女が手をゆっくりと上げる。
すると足元から細長いものが浮き出て来た。
彼女はそれを掴み引き上げた。
その手にあったのは細い棒のようなものだった。
その不可思議な景色にセスは気が付く。
「
立ったままのアリシアにセスが近づく。
アリシアの目がセスを見た。
『セスですね。』
聞いた事が無い声だ。
思わずセスの体がこわばる。
その声には不思議な響きがある。
『あなたにこの剣を授けます。
アリシアと一緒にこの剣でゾルジを封じなさい。』
「あなたは……、」
やっとの事でセスが絞りだすように声を出した。
『私はグレイシャル。アリシアの母。』
それは死者の声だ。
だから体が動かないのだ。
だが忌まわしいものは感じない。
むしろ聖なるものの気配だ。
『そしてあなたの母、リビーもそれを望んでいます。』
「母さん……?」
『リビーは私の友です。
私達はそれが成し遂げられるよう見守っていますよ。
自分が出来る事をしなさい。』
そこまでアリシアが言うと彼女の体はくたくたと崩れた。
そしてセスもグレイシャルと言う者の圧力に気が遠くなった。
薄くなる意識の中で彼は倒れたアリシアに手を伸ばすが、
それが届く前に気を失った。
明け方近くセスは目を覚ました。
一晩雨にうたれたからか体がすっかり冷え切っている。
ガタガタと震えながら周りを見ると、
すぐそばに黒っぽい色をした棒を抱いてアリシアが倒れていた。
「おい、しっかりしろ。」
彼は彼女を抱き起す。
アリシアは息をしていたが顔色は真っ白だった。
体は燃えるように熱い。
彼は彼女を抱き上げると慌てて歩き出した。
どこか暖かい場所に彼女を連れて行かなくてはいけない。
助けなければ。
彼の頭の中はそれだけだった。
そして渦巻く雲の向こうに朝日が昇って来た。
薄ぼんやりと空が明るくなる。
そして彼は森に続く細い道を見つけた。
彼はとりあえずそちらに向かった。
濡れていない木々を集めて焚火を起す。
今はそれしか考えていなかった。
森に入ってしばらく歩くと小さな狩小屋があった。
行きには見なかったものだ。
今まで辿って来た道と違う所に来たのだろう。
それでも小屋の中なら休めるはずだ。
彼は近寄る。
するとその小屋の煙突から煙が出ているのが見えた。
誰かがいるのだ。
「すまん、病人だ、助けて欲しい。」
彼は扉を叩いた。
中でばたばたと軽い足音がする。
そして小さな窓から子どもがのぞいているのが見えた。
「何もしない。どうか……。」
とセスが言うと扉が開く。
そこにいたのは十歳ぐらいの女の子と
もっと年下の男の子がいた。
「急で申し訳ない。この人の具合が悪い。
お父さんかお母さんはいないのか?」
子ども二人は顔を合わせる。
そして女の子が言った。
「お父さんもお母さんもいない。私たち二人しかいないの。」
セスは驚いた。
だが今はそれどころではない。
「俺は外で良いからこのお姉さんだけでも
暖炉のそばに寝かせてくれないか。」
二人はセスが入れるように道を開けた。
セスは頭を下げて中に入る。
「暖炉はこっちよ。」
女の子が指を差す。
小さな火が暖炉にあった。
「申し訳ない。」
セスはその前にアリシアを寝かせた。
「俺は外にいるから何かあったら呼んでくれ。」
とセスは外に出ようとした。
すると女の子が言う。
「お兄さんもびっしょり濡れてる。
そのままじゃ病気になるよ。」
女の子はにっこりと笑って言った。
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