3 ズィー村



ふとアリシアは目が覚めた。

薄暗い家の中で天井の梁が見えた。


「……どこ。」


アリシアは呟く。


「気が付いたか。」


聞き覚えがある男の声だ。


「セス?」

「姫さんに憶えられたなんてありがたいな。」


アリシアが横たわったまま近くを見ると

椅子に座ったセスがこちらを見ていた。

兵士の服は来ておらず普通の服を着ていた。


「……どうなったの?」


それを聞いたセスが難しい顔になった。


「とりあえずここは城から離れた所だ。

馬で三十分ぐらい走った森の中らしい。」

「どうしてここに……。」


アリシアは記憶をたどった。


広間で人形のように立っている姉と人々、

異形の容貌になったゾルシ、

そして、


「お父様……、」


アリシアははっと起きた。

だがめまいがして思わず額を押さえて俯いた。


「大丈夫か。」


セスが近寄り彼女の肩に触れようとした。

その時彼女がはっとする。

アリシアは下着しか身に付けていなかった。


「あっ!」


アリシアが思わずセスを跳ねのけようとした。


「おっと。」


彼は難なくアリシアの手を避けたが、

なぜそんな事をされるのか分からない顔をしていた。

アリシアは自分の体を守るように上掛けをかけて彼を睨んだ。


するとその声を聞いたのか扉が開く。

その向こうの空はまるで濁った黄昏のような色をしていた。


「気が付いた?」


アリシアより年下の少女だ。彼女は籠を持っている。


「おじいさんから言われたの。食事を持っていけって。」


と彼女は言うとテーブルに籠を置き、

中からパンや小さな鍋を出した。

そこにはスープが入っている。


「悪いな。」

「ううん、良いの。じいちゃんに言われたし。」


と彼女は笑う。

アリシアは少女を見た。


「あたしはルメよ。」

「あの、私はアリシアと言うの。」


アリシアは一瞬ためらう。

自分の身分は隠した方が良いのではと感じた。


「アリシア、よろしくね。」


だが上掛けにくるまり身を縮めてアリシアはルメをじっと見た。


「その、ルメ、

服を脱がせたのは俺じゃないと説明してくれよ。」


セスが困った顔でルメを見た。

彼女は思わず笑った。


「そうよ、濡れた服を脱がせたのは私よ。

安心してね。」


ルメはにっこりと笑うと部屋を出て行った。

その後ろ姿を見送りセスがアリシアを見た。


「あー、助かった。」


アリシアが難しい顔でセスを上目遣いで見た。


「ご、ごめんなさい……。」


セスがにやりと笑った。


「名前だけで身分を言わないのは、

ただの姫さんかと思ったら機転が利くな。」


セスの言葉は褒めたのかどうか分からない。

今は状況を知るのが先だとアリシアは思ったのだ。

彼女は小さな窓の外を見た。


「どうなっているの?今は夕方なの?」

「いや、昼過ぎだよ。これは昼食だ。」


と彼はテーブルを見た。


「えっ、曇りにしても空の色がおかしいわ。」

「ああ、城を中心に空が歪んでいるんだ。」

「ゾルシのせいなの?」

「多分な。」


そして再びドアがノックされて扉が開いた。

そこにいたのは一人の老人がいた。


「俺達を助けてくれた人だ。ダーダイさんだ。」


ダーダイと呼ばれた年寄りは小柄な男で白いひげを生やしていた。


「ダーダイ師!」


アリシアは声を上げた。

それを聞いてダーダイは嬉しそうに笑った。


「覚えておられるかの、姫様。」

「もちろんよ、いきなりいなくなってしまって心配してたのよ。」


その二人をきょとんとした顔でセスが見た。


「この方はね、私の母が嫁いだ時に一緒に城に来た魔術師の方なの。

ずっとお世話していただいたのよ。」

「奥様が亡くなるまでじゃがの。」

「その後すぐに姿を消してしまって……。七年ぶりかしら。」


ダーダイは優しい目でアリシアを見た。


「すっかり大人になられて。」


と彼は近くにあった上着を彼女の肩にかけた。


「お食事をして下さるか。

二人ともお腹が減っておられるじゃろ。」


ダーダイは二人に食事を勧めた。


「アリシア様のお母様、グレイシャル様じゃが

ご病気で亡くなられたが、」

「ええ。」

「あれはゾルシが呪いをかけたのじゃ。」

「呪いですか……。」


セスが二人を見る。


「俺は分からないがゾルシは魔術師なのか?」

「そうなのじゃ。

わしとゾルジはズィー村出身、

そしてグレイシャル様もズィー村の出じゃ。」


ダーダイがセスを見た。


「お前さんもその村出身じゃろ。」


セスが不思議そうな顔をする。


「いや、俺は孤児院育ちだ。生まれは分からん。」

「セス殿、手を出しなされ。」


セスはおずおずと手を出す。

その手の上にダーダイが手をかざした。

するとそこには透明な緑の柔らかな光が現れた。


「なんだこれは……。」


セスが驚く。


「これはズィーの光じゃよ。

ズィー村に関係がある者はこの光を身に宿す。

だがお前さんは薄い。他の血も入っている様じゃ。」


セスはため息をついた。


「アリシア様も手をお出しください。」


アリシアも手を出す。

そしてセスの手に近づけた。


「あっ。」


二人は声を上げる。

近寄った二人の手の間に緑色の光が走った。


「これはセスと剣を合わせた時にも……。」

「逃げる時にもこの色が見えたぞ。」

「お二人は血の半分がズィー村の者じゃ。

だから二人が揃えばズィーの血が完璧になる……。」


ダーダイが二人を見た。


「お二人は今まで話などしたことはなかったのかの?」


アリシアとセスはお互いを見る。


「遠くにいるのを見た事はあったけど

剣を合わせた時が初めてだったわ。」

「俺はその、姫さんだし、なかなか気楽に話しかけるのは……。」


セスがため息をつく。


「俺の親なんだが母親は行き倒れだったんだ。

助けてもらったんだが俺を孕んでいて

産んだらすぐ死んだそうだ。

だからどこの出か分からん。

名前だけはリビーと言ったらしいがそれも本当かどうか。」


深刻な話だ。

アリシアは黙って聞いていた。


「すまぬの、何やら言いたくない事を言わせてしまったようじゃ。」

「いいよ、でも俺は確かにズィー村に関係しているんだな。」


アリシアが二人を見る。


「セスのお母さんかお父さんのどちらかが

ズィー村の出身と言う事ですね。

そして私は母がズィー村の出です。

父のレリック王はデヴァイン人なのでセスと一緒と言う事ですか?」

「そうじゃ。

そしてズィー村は昔から魔術師の村じゃ。

生まれながらに魔素を持ち、村でその魔素を貯える。

村には魔素が溢れておる。

そしてズィーの子どもは小さい頃から魔術の訓練をする。

だがお二人は村を離れている。だから使い方が分からぬと思う。」

「それは、まあ……。」


困惑した様子でセスが言った。


「ズィー村は昔から魔術で生計を立てている村じゃった。

戦などあれば雇われる。

そして時には国の繁栄を願って外国とつくにに嫁ぐ者もいる。

グレイシャル様は神の加護を得ている巫女と呼ばれておった。

だからこそレリック王に請われてデヴァイン国に来たのじゃ。

王もとても良い政治を行っていた。

だからこそグレイシャル様は嫁いだのじゃが……、」


ダーダイの顔が暗くなる。


「わしが間違えたのじゃ。

ゾルジを連れて行ったのが失敗の始まりだった。」


アリシアとセスは何も言えなかった。


今は昼だが部屋の中は薄暗い。

まだ蝋燭が無くても生活できるが

夜になるとますます暗くなるだろう。


「失敗ってどういう事なのですか。」


アリシアが聞く。


「ゾルジは村でも一二を争う魔術師で、わしの弟子のようなものじゃった。

わしはグレイシャル様に請われてお付きでこの国に来たのじゃが、

その時にゾルジも連れて行った。

だがアリシア様が生まれて何年かした頃だ。

わしは気が付いたのじゃ。

グレイシャル様に闇がついている事に。」


二人は話を聞いている。


「その闇がどこからついているのかわしには分からなかった。

そしてグレイシャル様がいよいよ危ないとなった時に、

わしはゾルジが呪いをかけていたのに気が付いた。

いつの間にかあやつは強大な力を持っていたのじゃ。

ゾルジは闇の魔法を操った。

わしはゾルジと対決をしたが負けてしまったのじゃ。」


アリシアがため息をつく。


「もしかしてその頃に城からいなくなったの?」

「そうじゃ。ほとんど死にかけたわしはやっとで逃げた。

本気で隠れたのでゾルジも探せなかったのだろう。

その後グレイシャル様は奇跡的に持ち直した。

あれもゾルジの策略じゃ。

それで王に取り入ったのじゃろう。」

「そのズィー村は何年か前に噂で聞いたが……。」


セスが言う。


「そうじゃ。

村は山津波で無くなった。あれもわしのせいじゃ。

わしはこっそり村に戻っていたのじゃが、

それを知ったゾルジが村を襲った。

盆地の村は周りの山の土砂に埋もれて今は跡形もない。

ズィーの村は死んだのじゃ。」


ダーダイが悔しそうな顔で言った。


「ごくわずかに逃げ延びた人々とともにこの森で暮らしていたんじゃが、

少し前から城の様子がおかしくなっているのに気が付いたんじゃ。

ゾルジが何かを起す気だと。」

「私も、」


アリシアが言う。


「一年ほど前からゾルジの様子がおかしい感じがしたんです。

お父様はずっと調子が悪くて。

だから何かあった時のためにせめて剣を習おうと……。」


セスが硬いパンにかぶりついた。


「あの時俺達は城に曲者が出たと言われて広間に行ったんだ。

すると王座にゾルジがいた。

偉いさんも沢山いたがぼんやり立っているだけだった。

部隊長と部下もなぜか急に動かなくなった。」


セスは何かを思い出す。


「その時あいつは村出身者は排除したと言っていたが。」

「城にズィー村に関係している者がいると

ゾルジには都合が悪かったのじゃろう。

ズィー村の人間は同じズィー村の術を見抜くのじゃ。

相手の隙を突いたり術にかからなかったりする。

わしがあやつと対決した時は刺客がいて刺されたのじゃ。」

「なら私はズィー村が関わっているのでゾルジの言葉に

ずっと惑わされなかったのですね。」

「俺はゾルジの近くにも行った事が無かったからな。」


ダーダイが彼女を見た。


「そうじゃ。アリシア様はグレイシャル様のお子様。

ズィー村の血が流れておる。

アリシア様にも加護がついているはずじゃ。

ゾルジがアリシア様だけは退けなかったのには

何か意味があると思う。」

「でもどうして私達はここに?」


アリシアが聞いた。


「皆の力じゃ。

ズィー村の生き残りが念を込めて姫様だけでもお助けしようと、

堀に落ちた瞬間ここへの扉を開いたのじゃ。

アリシア様はズィー村には必要なお方じゃ。」


ダーダイがセスを見た。


「だがもう一人一緒にいるとは分からなんだ。

だがセス殿も村に関係があると知って納得出来たのう。」

「俺はおまけと言う事か。」


ダーダイは少し笑う。

だがアリシアは浮かない顔をしていた。


「お父様がどうなったか、それにお姉様、

大臣の方々も……。」


セスも難しい顔になる。


「そうだ。広間に残った部隊長や部下が、

逃げろと言った部下達がどうなっているか。」


セスの頭にヒーノの顔が浮かぶ。

彼は同僚であり大事な友達だ。


「一体ゾルジが何をしたいのか分からんが、仲間は助けなきゃならん。」


セスは腕組みをして深刻な顔をした。


「一応仲間には城下町の詰め所に集まれと言ってある。

城には入れないからそこに集まっていると思う。」

「ならそこに行きましょう。

何にしても城の様子を調べたいです。」


ダーダイが二人を見た。


「セス殿は剣士ですな。」

「あ、ああ。剣使いの兵士だ。」


アリシアがセスを見る。

彼女は一度対面した事を思い出す。


「セスは副隊長なの。とても強いわ。」


ダーダイは腕組みをして考える。


「セス殿がアリシア様と一緒にいた事も、

何かの計らいなのかも知れぬ。

加護をお持ちのアリシア様と剣士のセス殿に

お願いしたい事があるのじゃが……。」




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