2 デヴァイン国




デヴァイン城は交通の要所であり大きな城だった。

城の周りは堀に囲まれている。

城下町もかなり大きくにぎわっている。

今そこを統治しているのはアリシアの父レリック王だ。


彼は情け深く賢い王だった。

民衆第一に考える男で彼らから称えられていた。

王は最初の妻を娶った後二人の娘を得た。


だがその先妻は残念な事に夭折する。

その後に王はアリシアの母であるグレイシャルと結婚をした。

そして生まれたのはアリシアだ。

グレイシャルは神の加護を得ている巫女と呼ばれていた。


そんな妻を得たレリック王の統治するデヴァイン国は

安泰であった。


だがグレイシャルが病に倒れる。

それを城付きの魔術師が治した。


その魔術師は今宰相をしているゾルシだ。


グレイシャルは一度は事無きを得たが、一年もせずに亡くなった。

それはアリシアが十歳の時だ。

そしてすぐにレリック王も病気がちになる。


皆は訝しむ。

いつの間にかゾルシが王の代わりに全てを取り仕切っているのだ。

だが彼に反対する者はいつの間にか消えている。

病気をしたり不祥事を起こしたり。


いつの間にかレリック王は城の片隅に追いやられていた。

アリシアの二人の姉はゾルシの言うがままだ。


そして七年が経つ。


城の中にゾルシに反対する者は一人もいなかった。

長い間平和も続いていたので軍隊も緩みきっている。

そんな兵達にアリシアが教えを乞うのは簡単だった。

彼らも暇だったのだ。


だが今日初めて剣を合わせたセスには違うものを

彼女は感じた。


まっすぐで重い剣。

他の兵士の手加減するものとは全く違う。

全く太刀打ち出来なかった。

とても力強い。

そしてあの緑の光……。


「セス……、」


アリシアは呟くと城の広間に向かった。




広間に入ると十人ほどの男が立っていた。

皆この城で大臣など重要な役を担っている者だ。

王の椅子にはゾルシが座っている。

そしてその両脇には自分の姉が立っていた。


広間に立っている男達はアリシアを見なかった。

普段なら兵士の格好をしている彼女を見て何かしら言うだろう。

だが今はただぼんやりと立っているだけだ。


「ゾルシ、これはどう言う事?」


アリシアは静かに言った。

ゾルシはにこりと笑う。


「アリシア姫、どうぞこちらに。」


穏やかな声だ。

だがアリシアは剣に手を掛けてその場から動かなかった。


「行かないわ。」

「おやおや、お姉様方はとても素直ですよ。」


彼は少しばかり小馬鹿にしたように言った。


「やはりどうやってもアリシア様は私の言う事を聞かない。

おいたはいけませんね。」

「どうしてお前がその椅子に座っているの?」


ゾルシの口がゆっくりと裂けて耳元まで薄く開いた。


「王は先ほどお亡くなりになりました。」

「まさか……。」


アリシアは朝見た自分の父親を思い出す。


「朝は生きていたわ、嘘よ。」

「いえ、亡くなりました。そして後は私に託すと。」


彼女はそんな話は信じられなかった。

王の死は見ていないからだ。


周りの人間はただ人形のように立っているだけだ。

そして自分の腹違いの姉二人も王の椅子の横にただ立っている。

その時広間に走って来る沢山の足音が聞こえた。


アリシアが振り向くとそこには剣を構えた兵隊達がいた。


「セス……、」


広間に部隊長を先頭にして兵士が入って来た。

その中には先程剣を交えたセスもおり、

アリシアを見て彼は驚いた顔になった。

だがその瞬間、入って来た兵士の顔つきが変わる。

そこに立ってる人と同じ人形のように。


はっとしてセスが周りの兵士を見た。


「おい、お前らどうした!」


だが誰も反応しない。


アリシアとセスの目が合う。


「……驚きましたねぇ。」


ゾルシがセスを見る。

セスは耳元まで口が裂けているゾルシを見た。


「お前、人じゃないな。」


くくとゾルシが笑う。


「あなたこそどうやってここに入り込んだのですか。」

「……俺は兵士だ。」

「姿を見れば分りますよ。」


ゾルシは馬鹿にしたように言った。


「ズィー村の人間は徹底的に排除したつもりですが。」


セスが剣をゾルシに向けた。


「ズィー村?どう言う事だ。」

「お前は南の人間のように見えますね。」


セスは剣を振りかざしゾルシに向かった。


「何を言っているか分からん!」


といきなり手にした剣をゾルシに投げた。

ゾルシは思わずそれを避ける。

セスはアリシアに近寄りその手を取って広間から走り出た。


その時一瞬緑の光が見えた。


「セス、待って!」


アリシアは引きずられるように走る。


「待てない、姫さん、あいつはやばい。

あの顔はどう見ても悪い奴だ。」


セスは兵舎に走る。

そこには武装をした兵士が沢山いた。


「どうしたんだ、セス!」


慌てた様子でヒーノが駆け寄って来た。

セスが別の剣を持ち腰に携えた。


「ゾルシの反逆だ。上の姫さん達と偉いさんが人質に取られてる。」

「えっ、広間に侵入者と聞いたが、」

「行っちゃいけない。

部隊長と仲間も人質に取られた。

あいつは魔術師だ。術で皆をとりこにしている。

お前らも行くと術にかかるぞ。」


ヒーノが兵士姿のアリシアに気が付いた。


「アリシア姫、どうしてここに。」

「私も逃げて来たの。

皆はおかしなことになっているわ。それに……、」


彼女は俯いた。

皆がざわざわと騒ぎ出す。

アリシアが顔を上げた。


「父が、レリック王が亡くなったとゾルシが言いました。

ゾルシに後を頼むと。」


赤い目のアリシアが言うと周りの者が息を飲んだ。


「ですがそれは多分嘘です。

父の生死は分かりませんが、ゾルシは人ではありません。

間違いなく魔の者です。」


その時城の方から大きな音が近づいて来る。

皆は慌てて外に出た。

すると巨大な闇が音とともに膨れるように大きくなっていた。


それは既に城を飲み込んでいた。

皆は慌てて逃げだした。

兵舎から出ると逃げ惑う城の人々で大混乱していた。


「皆、逃げるぞ、だが逃げ遅れた人がいたら助けろ。

城付きの兵としてのプライドを持て。

後で城下町の詰め所に集まれ。死ぬなよ!」


セスが叫ぶと皆が頷いた。


「姫さん、こちらへ。」


セスが手を伸ばす。

アリシアがその手を握った時だ。


強い突風が彼女に向かって吹いた。


それは悪意のある風だ。


「ゾルシ!!」


セスが叫ぶ。

そしてアリシアの体をぐっと引き寄せて強く抱いた。

二人の体が高く上がる。

この高さから落ちたらひとたまりもないだろう。


そしてまた緑の光が広がる。

それは二人を包んだ。


だが彼らはあっという間に堀の水の中に落ちた。





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