第3話

 俺は曜日感覚が次第になくなって行き、日本に帰るのがおっくうになって行った。日本に戻ったらもうCが吸えない。それほど強く依存しているわけではないが、酒が好きな人がもう二度と酒が飲めないとしたら、禁酒の国に帰りたくなくなるのと同じだと思う。俺はAさんに「帰りたくないな」と、冗談めかして言うようになった。


「僕は仕事してないし…もうちょっといようかな。観光ビザが切れるまで」

 

 なるほど。働いてなくても金持ちだから好きなようにできるのか。俺は憎たらしくなった。俺には仕事を辞めて残ると言う選択肢はない。もし、仕事を辞めたとしても、アメリカに残れるのは、観光ビザが切れるまでの数か月しかない。


 それなら、毎週末タイに飛んでCをやった方がいい。


 俺はとにかく毎日沢山Cを吸っていた。失恋を癒す効果は十分にあった。〇ぬほど苦しかった毎日がどうでもよくなっていた。ただ、ぼんやりした時間を過ごすことで、俺の人生は空しく消えて行った。俺の隣には常にウサギがいた。アメリカに来る前は、本職のお姉さんを呼んでキメセクをやろうかとぼんやり考えていたのだが、そんな気持ちは一度も起きなかった。


 俺は幻覚の中でいつも横たわったウサギを撫でていた。あちらは全然触って来ないし、俺からの接触に対して何の反応もなかった。しかし、空しくはない。俺の感情は一方通行だった。まるで、ウサギに体内の毒を移しているようだった気がする。俺の心は次第にニュートラルになって行ったが、それと同時にすべてに投げやりになっていた。


***


 帰国まであと三日という朝だった。Aさんがバスツアーに出発する時間になっても部屋から出て来なかった。


 嫌な予感がしたから、ホテルのフロントの人に頼んで、Aさんの部屋の鍵を開けてもらった。中で倒れているのを想像していたが、ベッドは空っぽだった。


 Aさんのスマホは枕もとのテーブルに置かれていて、小型のスーツケースも部屋にそのまま残されていた。ちょっと散歩にでも行っているんだろう。俺はそう思って、バスツアーの金だけ払って不参加にすることにした。


 無責任かもしれないが、俺はAさんを探そうとはせずに、部屋でCを吸うことにした。あと三日しかいられないのだから、今のうちにもっともっと、極限までCをやってから帰るつもりだった。


 俺がCを吸って目を閉じると、やっぱり隣にウサギが現れた。その時はちょっと毛皮が汚れていて、俺に背中を向けて寝ていた。中身は人間だったんだ。俺は改めて思った。俺はウサギの毛皮を撫でた。体の輪郭が今までになくはっきりしていた。


 ごつごつとした骨格から、男だと言うことがわかった。俺は肩から腕を撫でた。そして、腰を触った。尻と太ももを触る。股間は触れなかった。中にどんな人が入っているんだろうと思う。まるでホームレスみたいだ。見すぼらしく、疲れ果てている。


 一応言っておくが性的な興味は起きなかった。


 しかし、気が付くと、背中にファスナーがあるじゃないか!

 俺は驚いた。それは、本当に着ぐるみなのだ。今更だけど、俺は人間に直に毛が生えていると思っていた。


 俺はファスナーの引手を長い間触りながら、下まで下ろすかどうかを迷っていた。どうやら中身は全裸の人間のようだった。俺がファスナーを下ろしたらどうなるだろう。相手は激高するだろうか。


 中身は若い男ではなく、俺と同年代の中年のような気がした。もしかしたら、黒人男性が出てくるかもしれない。だからどうしたと言うだろう。決して差別ではない。ただ、白いウサギの中身がそうだったら、ギャップがあまりにも大きいと思う。若くて金髪の天使みたいにきれいな男だったらいいのだが…。あくまで俺のウサギのイメージだ。


 こんなホテルにそんな美しい人がいる筈がない。

 客が底辺なら、ホテルの従業員もそれなりだ。


 いつの間にか、そのウサギはホテルが用意したサービスだと言うことになっていた。


 俺は決意した。

 ウサギというのは都合のいいファンタジーだ。完全な誤魔化しでしかない。

 すべてが覆い隠されていて、元の片りんもないじゃないか。


 俺は現実と向き合う決心をした。


 俺は恐る恐るファスナーを下ろした。

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