第五話 三度目の海
人の気配を感じて目を覚ます。若い女が、顔を覗き込む様にして立っていた。目を
「すみません! 寝てしまっていたようで……」
「いえ、いいんですよ。起こしちゃったみたいで、ごめんなさいね」
その女は、猫の様な顔をしていた。目は
「えーと……もしかして、ここは入ってはいけないところでしたかね……?」
「いえ、そんなことないわ。ここは、私もお気に入りの場所なの。他の人がいるなんて、初めてだけれど」
「それなら良かったです。本当に心地が良い場所で、いつの間にか眠ってしまっていました」
「……それよりも、嫌な夢でも見ていたんですか? あなた、泣いてますよ」
慌てて頬を拭うと、
泣いていたことを
「やっぱり、東京ってすごい街ですね。本当に楽しそう」
「……そんなことないですよ」
「いやいや、羨ましいですよ、本当に──」
「そんなに憧れるのなら、東京に住んでみたりしないんですか?」
相手の言葉を
「……生まれてから、ずっとこの町にいるのよ。外に出たことなんて、一度も無いわ。私は、この町から──いや、この海から、逃げられないんです」
「え?」
「……だって、こんなにも素敵な海じゃないですか! 東京の海は汚いって聞くし、すごく美しいこの海が、大好きなんです!」
「隣、座ってもいいですか?」
女はひとしきり話した後、そう言って私の隣に腰掛けた。そこからは、夏の音が
謎めいた女だった。昔の母の様な包容力を感じさせながらも、時折伏し目がちに視界の隅を見つめていた。その目は、絶望を知っている人のそれに違いなかった。女の負を感じさせる表情は、私の眠っていた情欲を掻き乱してくる。ああ、やはり逃れられないのか。私は、確実に父の子どもなのだ。この
これが、悪魔のくれた刹那の甘い蜜では無いことを、祈るばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます