占い師の探し物
気付けば日が落ちるのが早くなり、深夜営業に出ない日に帰る頃合いには、鈴虫が鳴いているのが聞こえるようになってきていた。
私は賄いのホットサンドをいただいてから、皆に挨拶をして帰る。
「お疲れ様です。それでは私はこのへんで失礼します」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れー、初穂ちゃん。最近日が落ちるの早くなったから、真っ直ぐ帰れよ」
「まだ店閉めたばっかりの時間ですもん。そこまで仰々しく考えなくっても大丈夫ですよー」
まだ時間は夜の七時も回ってないし、この時間帯のトアロードはまだ人通りも多い。私は大袈裟だと手をぶんぶんと振り回すものの、七原さんの一件があってから、ふたりともやや過保護気味だ。
……まあ、七原さんはいい吸血鬼? だったから、なにもなかったけれど、他の人間を食べるような不死者に出会ったら最後、私は食べられてもおかしくないからだろう。他の不死者のひとたちにも、私が人間だと知ってしまったから余計にだ。
そのせいか、私が深夜営業に出るときは大概三村くんを呼んできて、なにがなんでも私をひとりにしないという体勢だし、家にも一さんの車で送られる。
心配してくれるのは嬉しいけれど、私トアロードの住人なんだけどなあと、少しだけ窮屈に思う。
一さんは「ほら、早く帰る」と言われ、ほとんど追い出されるように店を出てしまった。
「はあ……気持ちは本当に嬉しいんだけどなあ……」
シャコシャコと電動自転車を漕ぎながらも、いろいろと考えてしまう。
相変わらず就活は上手くいっていない。履歴書で落とされるのだったら、まだそこまで傷は浅くないけれど。最終面接で落とされるのが一番堪える。
次は神戸が本店の喫茶店チェーンの最終面接なんだけれど。前の面接で、さんざんコーヒー好きと喫茶店の客の無茶振りにいくらでも答えられますとアピールして、受験者の中で最年長だったにも関わらず最終面接まで漕ぎ着けた。
これで正社員になれたら、ようやく不死者カフェともお別れだけれど。鼻の奥がツンとしている。
……これでいいはずだ。いつまでもバイトじゃ駄目だし、おばあちゃんに申し訳がない。不死者のひとたちは皆いいひとたちだけれど、いつまでも甘えられないから。
そうだ。ふと私は走らせる道を替える。
シャコシャコと自転車を走らせた先は、もう夜のせいか人が捌けてきていた。
ここには生田神社がある。あそこは縁結びの神社としても有名だから、最終面接まで無事通りますようにと、お祈りしておこうと思ったのだ。
不死者が周りにいるし知り合いに死神がいるのに神頼みかとは思うものの。土壇場になったら誰だって不安になってしまうものなんだ。
****
大きな鳥居を潜り、せっせと手水舎で手を洗っていると、拝殿から誰かが出てくるのが見えた。私が言うのもなんだけれど珍しい。もしかして私みたいに急に不安になってお参りに来たのかな。
そう思って眺めていて、見覚えがあることに気が付いた。
夜でも外灯でスパンコールが光る、豪奢なドレスを来たひとは、九重さんだった。
「九重さん……ですか?」
「あら? お久し振りですね、八嶋さん」
彼女も気付いたようで、私のほうに歩いてきた。
ひとまず私は拝殿で参拝を済ませ、彼女と一緒にバーに入る。残暑にビールが染みるのか、あちこちでビールが注文されている中、私はさっき食べたばかりだからお腹いっぱいだしなあと、メニューを見ながら考え込む。
「私さっき食べたばっかりですから、カシスソーダとチーズの盛り合わせくらいにしようかと思いますけど。九重さんはどうされますか?」
「そうですねえ……私は今日は店じまいですので、カルーアミルクとナッツの盛り合わせで」
「はい、わかりました」
注文をしたら、早速届いた。どちらも比較的お手軽だからだろうか。チーズをひと口食べると、結構味が濃いブルーチーズで「んー……」となる。これくらいの味のほうが、カシスソーダには合うんだよなあ。
「意外でした。八嶋さんはかなりのコーヒー通の方とお見受けしましたから、お酒も嗜まれるとは」
「私、基本はコーヒー好きですけれど、さすがに夜は飲みませんよ。寝ないと駄目ですから、基本はアルコール、寝る前はスポーツドリンクか水しか飲んでないですよー」
「なるほど、そうでしたか」
「それにしてもなんか不思議ですねえ、九重さんが神社に参拝というのは」
「ええ、占い師ですけれど、神頼みだって時にはしたくなりますもの」
あれ、と私はチーズをまたひと口頬張りながら瞬きをする。
「そういうのって、九重さんが占ったりはできないんですか? 願いが叶うとか、上手くいくとかの結果を」
「ああ……私も占いは得意ですけれど、不思議なことに自分のことは占えないんですよね。八嶋さんのことは、見ていたらなんとなく未来がわかったりしますけど、自分のことは見えないんですよね。鏡も虚像と言いますし、目を合わせないといけないのかもしれませんね」
「はあ……でもそんな神頼みまでして叶えたい願いって……あ、神頼みした内容って、言っちゃ駄目なんでしたっけ……」
神社の作法は、生田神社の近所の住民ながら、未だによく知らない。それに九重さんはくすくすと笑った。
「その辺りはアバウトで大丈夫ですよ。私、探しているものがありますし、ずっと探しているんですけれどちっとも見つからなくって。ときどき不安になったときに、どうか見つかりますようにと手を合わせているんです。神様は知らないとおっしゃるかもしれませんが」
「あれ、探し物……ですか?」
「はい。私にとってはとても大切なものなんです」
そういえば。私はカシスソーダのフルーティーな香りとブルーチーズのしょっぱさを楽しみつつ考える。
九重さんは不死者だとは、知っていても、彼女の正体は全く知らない。
深夜営業にも普通に来ていたんだから、不死者なのは間違いないんだろうけど。そういえば、人間の私に関してはかなり過保護になる四月一日さんも一さんも、九重さんに対しては女性扱いはしても、ここまで過保護には接していない。
こんなところで聞いてもいいのかな。やっぱりこういう会話は不死者カフェの中じゃなかったらまずいかな。私がそう思っていたところで。
いきなり九重さんが私の頭をテーブルに押しつけた。鼻を思いっきりテーブルにぶつけて痛い。
と、後ろでいきなり「ギャー!!」とわかりやすい悲鳴が聞こえた。振り返ると、私の後ろの通路を歩いていた店員さんが、お盆に載せていたビールを引っ繰り返して、後ろの席に座っていたお客さんの頭にかけてしまったみたいだ。
店員さんは「大変申し訳ございません!」と慌ててタオルとモップを持ってきて、ビールをかぶったお客さんにタオルを差し出しながら、後ろの席の掃除をはじめた。
どうもあの店員さんはよれよれした動きから察して、バイトはじめたばかりらしい。あの動きだったら、頭を上げていたらかぶっていたのは私のほうだったのでは。
そう思うと、隣の席の九重さんにお礼を言う。
「ありがとうございます……」
「いえ。本当に人のことはよく見えるんですよ。ただ自分のことがわからないだけで」
「あのう……失礼ですが、九重さんは不死者……ですよね?」
「そのはずですよ」
「そのはずって」
ずいぶんとアバウトだなと思って、その言い方に引っ掛かる。九重さんは少しだけ寂しそうに笑った。
「どうも私は記憶喪失で、探し物を見つけ出さないと記憶を取り戻せないみたいなんです。他の不死者の方々にお世話にならなかったら、こうして生活できないんです」
私は思わず目を丸く見開いてしまった。
探し物を見つけ出さないと、記憶も取り戻せない。不死者は皆、時間感覚が人間よりもずっとアバウトだけれど、その間ずっと自分の正体がわからないっていうのは、きっとつらい。このことって、四月一日さんにも相談したのかな。
「あのう……このことって、四月一日さんや他のひとたちには、相談したことあるんですか?」
「ええ……一応は。皆も心配してくれてはいるんですけれど、肝心のなにを探し出せば記憶を取り戻せるのかがさっぱりで……」
「うーん……」
これは困ったことだ。探し物を見つけ出さないと記憶を取り戻せないのに、肝心の探し物がわからないなんて。
でも、待って。私はひとつおかしなことに気が付いた。
「あのう……そもそも探し物を見つけ出さないと記憶が思い出せないのに、どうして九重さん、探し物しないといけないってわかるんですか?」
「……私、自分のことは占えないんですけれど、それだけはわかりますよ。もうずっと何百年も、見つけ出さないとと思っていますからね」
自分のことは占えない。でも探し物をしないと記憶は取り戻せないし、探し物がわからない。彼女の何百年って言い方からして、かなり長いこと探しているだろうに、どうしてこうも見つからないんだろう。
私は「うーんうーん」と唸り、ひとまず残っていたブルーチーズを全部食べた。
「何回目かもわかんないですが、相談しましょう。今日が無理なら、明日にでも不死者カフェで」
「そうですね……それがいいかもしれません。八嶋さん」
「はい?」
九重さんはにこり、と笑った。
不死者は全員驚くほど端正な顔付きをしているひとばかりだけれど、彼女も例文に漏れず、笑う顔は待宵草が綻んだようだった。
「ありがとうございます」
「わ、私はなにもしてないですよ。ただ、相談を薦めただけで……」
「いえ。私も本当に思い出せないんですが、多分そんな人に昔会ったんだと思います」
そう言って、彼女は形のいい唇でカルーアミルクを飲み干していった。
うーん……この辺りもヒントな気がするんだよなあ、九重さんの正体の。どうにも不死者っていうのはいろいろな種類がいるみたいだから、後でなんとか調べてみようと、家に帰ってから調べる段取りを考えはじめた。
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