第3話 プロフェショナル

「ええー、他の人のほうがもっと派手なのに上司から言われちゃったんですかー。それはいやですね」

 AMUは聞き上手だった。

 私が誰かに話したかっただけかもしれないけれど、職場でネイルをしている同僚が多いこと、自分の仕事の話、上司からちくりと言われたこと。それらを話した。

 その間にも、私の爪は整えられ、ベースのジェルも塗り終わっている。

「さすがに今回のベイビーブーマーは、なにもいわれないと信じたいですけど」

「そうですねー、お客さんの何人かがこれをオフィスネイルでしていってるんですけど、職場でなにか言われたって話、私は聞いたことないです」

 手を止めず口も動かす。

 今までのネイルサロンで、ここまでおしゃべりが弾んだことはなかった。

 まるで、ネイルをしにきたというよりおはしゃべりに来た感じだ。

 落ち着く空間で、爪がきれいになって、おしゃべりでストレスを発散させて。

 なんて贅沢。

「AMUさん、ほんとに仕事楽しそうですね」

 私のつぶやきに、奥からスプレーボトル状のマシンをとってきたAMUはにっこりと笑った。

「よく言われます。ネイルは本当に好きだから、ネイリストは天職だと思ってます」

 だろうな。本当に、うらやましい。

「でも、私もお店を持つ前はよく泣いてましたよ」

「え、そうなんですか?」

 想像できない。

 お店を渡り歩いてきたからわかる。

 彼女はできるネイリストだ。

 施術スピードは速く、それでいて塗っていく技術は高い。手と口を同時に動かせる。

 それなのに、泣いていた?

「自分の技術の至らなさとか、一人反省会とかして。仕事終わりにたくさん練習しました」

 ずきりとする。

 業務時間外に自己研鑽なんてしたことがない。

 だってもともと興味のない分野の仕事だし。扱っているものも、興味のない商材だし。

 ……だけど私は、好きになる努力を、していない。

 好きでないならないなりに、仕事を頑張ろうという努力をしていない。

 AMUは泣いた後、状況を改善させる行動に移した。

 じゃあ私は?

 指先に色がついていく。

 自爪とは違った桃色。

「あと、私は人が好きだから、それに助けられたって部分もあります。この人にはどんなネイルが似合うかなって、考えるのも好きだし」

 愕然とした。

 私は人のことを、契約がとれるかどうかでしか見ていなかった。

 契約してくれる人がいい人。契約してくれない人は場合によっては私のストレス源。

 どんなことで困っていそうか、どんな保険だったら助けになりそうか。

 考えることも少なかった。

 AMUがネイルのプロなら、私は保険のプロにならなければならなかったのに。

「AMUさんは、すごいですね」

「そんなことないですよ。私はこの仕事しかできないから。篠田さんみたいに、誰かを救う仕事、すごいと思います」

 誰かを救う。だなんて大げさな。

「そんな、医者とか看護師とかじゃないし」

「でも、困ったときに保険が下りたら、助かる人もいると思いますよ」

 私は黙って考えた。 

 私の爪は、桃色と白のグラデーションがつややかに塗られていた。

 AMUのように、好きな仕事で結果をだせるのが理想的だ。けれども人間誰もが好きな仕事を見つけられるわけではない。だからといって、好きじゃないと仕事ができないというのもまた違う話だ。

 仕事は好きじゃなくていい。今までの私はネイルで気分を上げていた。これからもそうだと思う。でもこれからは。AMUみたいに、プロになれたらいいなと思う。

 

 私の仕事にも、多少の意味はあるのかもしれない。

 もう少し、頑張ってみてもいいのかもしれない。


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