第三節:愛され十か条③、怖い王さまをいい匂いにしてみる

第17話 リコリスの悩みごと



 魔王国にきて数日も経てば、持ってきたものも大体お部屋に置き終わった。

 知らない部屋だったはずの場所は、元々あったものとお母さまからもらったものやお母さまと一緒に選んだもの。両方がある場所になった。


 フカフカのベッドと温かい室内。部屋には食事も運ばれてくる。

 食事は相変わらずおいしい。たまに紫色のスープとか真っ赤なパンが出てくるけど、お母さまと過ごしたあのお城では見た事もなかったそれらを見るだけでも、楽しい気持ちになれている。


「環境が変わって不便はないかホ~」


 今日も美味しく朝食を食べている私の横で、スーちゃんが眉尻を下げて言ってくる。


「ないよ? あ、スーちゃんもご飯食べる?」


 そんなこと、一度も気にした事がなかった。そう思いながら、スープを掬ったスプーンを彼の方へと向けてみる。


 お母さまとお部屋でご飯を食べる時、たまにお母さまの元気がなくてご飯はいらないっていう時もあったけど、わたしが「あーん」ってしたらちょっとだけ食べてくれていたな……。

 楽しかった記憶を思い出していると、目の前の彼は何故か一瞬キョトンとして、しかしすぐに「ホ~」と笑った。


「もう来る前に食べてきたホ~、気持ちだけ受け取っとくホ~。ありがとうだホ~」


 そうなのか。ちゃんとご飯が食べられているなら何よりだ。

 わたしは一人納得して、掬っていたスープを自分で飲む。


「……リコリス様、大丈夫かホ~?」


 今度はわたしがキョトンとする番だった。


「なにが?」


 まったく心あたりがない。首どころか体ごと傾けながら聞き返せば、彼は申し訳なさそうに言う。


「ずっとこの部屋の中で過ごして、つまらないホ~? 陛下から『出るな』とのお達しだからどうしようもない事だとはいえ、僕じゃあ遊び相手にもなれないし、フレンはまだリコリス様の話し相手すらできない状態ホ~……」


 どうやら彼は、自分のせいでわたしがつまらない思いをしてると思ってるらしい。


 でもそんなことは、ぜんぜんない。そもそもわたしは体の弱いお母さまと一緒に、ずっと部屋の中で過ごしていた。部屋の外に出ることの方が少なかったから、外に出られないことを「つまらない」と感じたことはない。

 それに、一人で部屋で遊ぶのもいつものことだ。そういう意味では、人間の国でもこの魔王国でも、過ごし方に変わりはほとんどない。


 でも、フレンに関してはたしかにちょっと残念だ。そしてそれ以上に、フレンが可哀想でもある。


 フレンは、相変わらずわたしが怖いみたいだ。わたしを見ると、すぐにピューッと走っていっちゃう。

 ちょっと寂しいし、何よりもいつもわたしに不自由がないように身の回りのことをやってくれているのに、お礼の一つも言えてない。

 だからといってあそこまで青いオーラがブワッと出ているフレンを追いかけるのも、フレンが可哀想だと思う。


「ねぇスーちゃん、フレンはわたしのことが嫌いかな」

「それはないホ~。前にも言ったと思うけど、フレンは誰に対してもあんな感じだホ~。でも本当はもっと周りと仲良くやりたいんだって、前に言っていたんだホ~」


 フレンと僕は同じ『王城内の先祖返り』だから、リコリス様付きになる前から少し話をしていたんだホ~。そう、スーちゃんは言う。


 わたしは少しホッとした。

 フレンから「嫌い」のオーラは出てなかったけど、わたしに見えるのは大きな気持ちだけだもの。もしかしたらちょっとは嫌いかもしれない。そんなふうに思っていたから。


 でもフレンも仲よくしたいんなら、尚更フレンが可哀想……。何かないかな。そう思い、室内をキョロキョロと見回してみる。

 そして見つけた。使っていない部屋の端の机を。


 この机はたぶん、手紙を書いたりするための机。前にお母さまがそうやって使っていた机にとてもよく似ていた。


「ねぇスーちゃん、書くものあるかな」

「あると思うホ~。何か書くホ~?」

「うん、ご飯を食べ終わったらね」


 ご飯を食べながら何か他の事をするのはよくないって、お母さまが言っていた。きちんと約束を守ってお行儀よくモグモグとご飯を食べながら、心の中で「お手紙ならフレンとお話しできるかな」と考える。


「じゃあ今は本当に困っている事や悩みはないホ~?」

「うん……あ」


 何もないと答えようとして一つだけ、悩んでいることを見つけた。

 スーちゃんが「何かあるホ~?」と聞いてくる。


「僕にできる事なら最大限協力したい気持ちだホ~、何でも言ってみていいホ~」


 スーちゃんは本当にいい人だ。彼からはいつもクリーム色のオーラが見えている。

 オレンジは「うれしい」、黄色は「たのしい」。いつもそういう気持ちに近い彼の色は、たぶんとてもやさしいな気持ちだと思う。

 


 彼になら、悩みを相談してもいい気がした。


「あのね、スーちゃん」

「何だホ~?」

「魔族の人にとって、いい匂いってどんな匂い?」

「いい匂いホ~?」


 何で突然そんなことを聞くの? そう言いたそうな顔をしていた。だからわたしは更に続ける。


「みんなが王さまをやさしいと分かるように、いい匂いをさせたいの。いい匂いはみんなを安らがせるって。あと、人の記憶にも残るって」


 お母さまから聞いた言葉を、わたしは思い出しながら言う。



『あのね、リコリス。匂いというのは相手に色々な印象を抱かせるわ。嫌な臭いなら「近寄りたくない」、いい匂いなら「もっと近づきたい」。相手にどういう気持ちになってほしいか、どんなふうに思われたいか。それによって、身に着ける匂いを変えるといいわ。匂いは記憶に残るから、ふと同じ匂いを感じた時に自分を思い出してくれるきっかけにもなるしね』


 これが愛され十か条の三つ目、”匂いを操ること”である。


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