第15話 いじけた娘、そして陛下は ~宰相・ルガルゼ視点~


 この短い時間で陛下のよさであり弱さでもある為人の部分に気付いたこの娘には、もしかしたら人を見抜く才があるのかもしれない。

 だが、やはりまだ子どもだ。陛下が恐れられている事の利点に気付かず、知らぬうちに私が積み上げてきたものを無自覚に壊そうとしている。


 陛下にリボンなどと、周りに「舐めてくれ」と言っているようなものである。そうでなくても城内に敵対者がいる今、たとえほんの少しでも付け入る隙は与えたくない。


 ……というか、優しさを周りに示したいという気持ちは分かったが、何故可愛くする必要がある。別に可愛くなくてもいいだろ。

 もしかして『愛され十か条』というのは、母親であるリリー・ジャピネーザが娘に宛てた処世術の伝授なのではないだろうか。だとしたら、はたして女性用に教えられたものが陛下にも適用できるのか。

 つらつらと、そんな疑問がわき上がる。


 その横で、陛下が手櫛で髪についていたリボンを外し、机に置いた。陛下から「その辺に座ってろ、動くな」と言われ、娘はトボトボとソファーまで歩いて行って、そのままボスンと身を投げる。

 いじけているように見えるが、そんな幼子のよく分からない癇癪に構っている暇はない。陛下が再び仕事に戻るところを確認してから、私も自身の仕事を再開した。




 それからどれだけ経っただろうか。仕事をすると時間が飛ぶことは結構あるから、今回がどの程度の時間の経過だったかは分からない。

 私たちの集中を遮ったのは、「あのホ~」という申し訳なさそうな声だ。


 顔を上げれば、陛下の机の前にストテンベルグが立っていた。

 ソファーには、依然としてあの娘がうつ伏せになっている。全く動かない。眠りでもしたか。


「陛下にお話しておきたい事があるんですホ~」

「何だ」


 陛下が、机にペンを置き聞く姿勢になる。

 するとストテンベルグは言った。


「そのリボン、どうやらリコリス様の亡くなったお母君に貰ったものであるらしく、リコリス様は『もう増えない大事な物。だから、王さまにあげるのだ』と……ホ~」


 なるほど。そうまで思ってあげたものをすぐに外された挙句興味なさげに横に置かれれば、いじける……というか、ショックを受けるのも道理か。

 が、そんなものはただの自己満足だ。別に陛下が欲しいと言った訳ではないし、むしろ有難迷惑だった。そう思ったから、陛下もリボンを外したに違いない。


 ――などと割り切れたら、どんなに楽だろう。

 私は割り切れる。簡単に。が、陛下はどうだろう。

 あの娘の母親が亡くなったのがつい最近だという事も知っている陛下が、そもそもお優しい心根の持ち主である陛下が、更にそんな情報を耳に入れられて何も思わない訳がない。


「陛下」

「分かってる」


 私の「ダメだ」という言葉は、言葉になる前に陛下に拾われた。

 あんな風に髪にリボンなどつけていては、国王としての威厳を損なう。そんな私の言葉は間違いなく伝わったものと確信する。

 が、だからこそ私は顔をしかめた。


 あまりに早すぎる同調だ。こういう時、大体陛下は優しさを発揮する。


「髪にリボンなどという直接的に俺の威厳に関わるような事、もちろん許容できる筈もない。『俺を可愛くする』などという世迷言に従うなど、もっての外だ」


 そう言いながらも、陛下はリボンを手に取った。蝶々結びをスッとほどき一つため息をついてから、胸元に付けた古い黒石の金ブローチにそのリボンを結びつける。


「へ、陛下! 黒と金以外の色は!!」

「別にどうという事はない。俺がそれ以外の色を身に着けなかったのは、どうせ辞め時を失っていたというだけの話だ。それに」


 素っ気なく結ばれたそれは、金の台座とも黒石とも、そして何より呆れ交じりにうつ伏せのまま動かない娘を見る切れ長の灼眼にもよく似合う赤。

 それを見降ろしながら陛下は言う。


「元々は『俺の赤』だ、周りはそれで納得する」

「そ、それは……」


 たしかにそうだ。こちらの言い訳としては、成り立つ。

 だが、周りがそう思ってくれるかはまた、話が別だろう。



「んー……」


 ソファーから、娘がムクッと体を起こした。ぼんやりとした様子で目をゴシゴシと擦っている事から、おそらく眠っていたのだろう。

 子どもはすぐに、どこででも寝る。神聖な陛下の執務室だというのに、まったく……。そんなふうに思っていると、陛下を見た娘が固まった。


 目は陛下の胸元に釘付けだ。ジーッと一点を見つめている。


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