第14話 忍べていない小娘 ~宰相・ルガルゼ視点~
文官が部屋から出て行って陛下との話も終わった後。陛下が自分の仕事に戻ったのを確認してから、私も私の仕事に戻った。
私の仕事は、陛下の仕事の補佐全般。全般というからには、仕事は探せば山のようにある。
文官から上がってきた承認書類を、陛下が目を通す前に目を通し突き返すのもそのうちの一つ。すべては陛下のために。そう思いながら、先程来たばかりの書類の一つを『突き返しBox』の中に入れた。
その時だ、室内の空気の流れが少し変わったのと同時に、小さな物音がした。
耳でキャッチした情報を頼りに出入り口の方を見れば、扉がゆっくりと開いている。そして気が付いた。室内に、ちょっと小さなモノが入り込んだ事に。
チョロチョロとソファーの影を歩いているが、頭がちょっと見えている。
というか何でこんな所にこの娘がいるのか。
こんな小娘が一人くらい入り込んだところで何ができる訳ではない。支障が出れば縊り殺す事など一捻りだが、それはそれとしてこの娘は部屋にいる筈なのに。ちょうどそんなふうに思ったところで、扉がより大きく開き、ヌッとフクロウが姿を現した。
陛下の近衛騎士の一人、ストテンベルグ。この娘の監視役を命じた男。
「しっかり見張れ」と言った筈なのに、何故一緒にここに来たのか……と思ったが、そうかこの男、そういえば鳥頭だった。
陛下への忠誠と護衛の実力は本物だが、比較的思考は単純だ。絶対に『陛下のため』という方向だけはブレないし、他者への偏見もない穏健派だからと娘の監視役につけたが、娘に絆されたか。
いや、しかしどうやって。どう考えても執務室に忍び込む事が陛下のためになるとは思えん。
……この娘、もしかして私が思っている以上に切れ者なのか? 人心掌握術に長けているとか?
そんな事を考えているうちに、娘は俺の目の前を忍び足で通り過ぎて陛下の足元へと着いた。
一体何をする気なのか。そう思いながら見張っていると、娘は辺りをキョロキョロとし、おもむろにすぐそばの引き出しを開けた。
そこには陛下がたまに執務をする時に見る資料たちが収められている。
もしかしてこの娘、資料を盗み見ようとしているのか。はたまた資料を隠しておいて、後で陛下に迷惑でも掛けたいのか。
そんな事を考えたのだが、この娘、あろう事か引き出しの上によじ登った。
何だ、こいつは。一体何をしようとしているのか。
娘の理解不能な動きに、思わずピンと尻尾を伸ばして固まる。
その間にも、娘はよじ登った引き出しの上に立った。
ちょうど娘の頭の高さが、座って机に向かっている陛下の肩より下だ。机の上も、背伸びすれば覗けるくらい。そんな状態では処理中の書類を覗き見る事さえできないだろうに……ん?
何を思ったのか、娘は陛下の黒髪を触り始めた。髪にリボンを結んでから、首をかしげて一度解く。しかし同じ位置にもう一度結び直すので、何がしたいのか全く分からない。
執務に集中していた陛下も、おそらく髪が何かに触っていると気が付いたのだろう。何気なさげに振り返り、娘の姿に気が付いてビクッと体を震わせる。
少しの間固まった後、ちょうど娘が二回目の蝶々結びを終えて首を傾げたところで、陛下がやっと「おい」と声をかけた。
「お前、何をしている」
「王さまにぷれぜんとです」
「プレゼント?」
「昨日助けてくれたから」
どうやら娘は昨日のお礼をしに来たらしい。
「それに、王さまはちょっと怖いから」
「あ?」
「いつも眉間にしわが寄ってて、本当はやさしい王さまなのに、とってももったいないって思う。お母さまが言ってたの。『誰かに愛されるためには、自分のよさを知ってもらう努力をする必要がある』って!」
なるほど。この娘、どうやら昨日の「王さまをモッテモテにする」という件を本気で遂行しようとしているらしい。おそらくこれは『愛され十か条』とやらの一つに沿った行動なのだろう。
「『内面を知ってもらうためには、外見から工夫するのが一番早い』。お母さまはそうも言ってたの。だから王さまがやさしいんだって、怖くないんだって知ってもらうために……まずは見た目をかわいくするところから始めたほうがいいと思うの!」
勢いでそう言い切って、娘はちょっとだけ胸を張った。
娘の母親が言ったらしい『内面を知ってもらうためには、外見から工夫するのが一番早い』というのは、ある意味真理だ。
人間関係において、外見やそれを起点にする第一印象は、固定観念として相手の記憶に強く残る。私もそれが分かっているからこそ、噂で陛下の印象操作をした。
陛下はとても頑張っているが、如何せん優しくていけない。若いだけでも侮られる材料になり得るのだ、その上優しいと分かれば、周りは足元を見てくるに違いない。
それが弱肉強食の魔王国での常識だ。
だから、強くて厳格な王という偶像を作った。
心優しいのは陛下の美徳だし、無理をして厳格である事もできるが、いずれ疲れる時は来るだろう。それが分かっているからこそ、私は偶像で陛下を守ると決めたのだ。
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