第12話 大切なものだから



 王城の廊下をペチペチと鳥の足の隣で、わたしもテトテトと歩く。


 昨日は誰もわたしに気がつかなかったのに、今日はみんながわたしを見ている。

 何でだろう。スーちゃんが一緒にいるからかな。スーちゃんとっても大きいもんね。モフモフだし、きっとみんな抱きつきたいよね。

 そう思うと、「わたしはもうさっき抱きついてモフモフしたよ」と何だか自慢したくなってくる。


「この時間、陛下は多分執務室におられるホ~」

「しつむしつ?」


 ちょっと難しい言葉にわたしが首をかしげると、スーちゃんはすぐに「机に向かって書類仕事をする部屋ホ~」と言い換えてくれた。

 その場所なら知ってる。お父さまがそういうお仕事をしているところを何回かだけ見たことがある。お父さまは忙し過ぎてその部屋から出られないんだって、お母さまが言っていた。


「陛下はお忙しい方ホ~。仕事の邪魔はしちゃダメだホ~」

「わかった、お仕事のじゃましない!」

「あと、陛下からは『見守れ』と言われているホ~。外出禁止を言い渡されている訳ではないけどホ~、城の中には先祖返りや種族差別だけじゃなく、『人間』という存在や長年の戦争相手国から来たリコリス様に、あまりいい感情を抱いていない人もいるんだホ~。そういう城内の人たちからリコリス様を守るために、僕が存在しているんだホ~。だから絶対に、僕から離れないでホ~」

「わかった、絶対に離れない!!」


 元気よくそう返事をすると、スーちゃんはニッコリと笑ってホ~と頷いた。




 お城は広い。どれだけ歩いたか分からないけど、たくさん歩いてたくさん曲がって、ちょっと疲れてきた頃になって、やっと「ここだホ~」という言葉が聞こえてきた。


 見ると、スーちゃんの指した先にはドアがある。

 ちょうど中から文官の人が出てきて、ドアを最後まで閉めなかった。お陰で中がちょっとのぞける。

 トトトッと走っていって中を覗くと、机に向かっている王さまとその横に立つ宰相さまがいた。


「はぁ、まったく。あの領地は静かにしている事を知らんのか」

「原因は領地そのものではなく、間違いなく領主の方でしょう。領主交代をしてからですから、このような事が頻発するのは」

「あぁ、あいつか……」


 王さまは、今日もため息をついている。

 忙しいのかな、大変そう……。思わず眉毛を下げていると、上から「陛下はお優しいせいで、色々と気を揉む事も多いのだホ~」という声がする。


 見上げれば、わたしと同じようにスーちゃんも、ドアの隙間から中を覗いていた。


「騒動を起こす相手には、極刑を下す事もできるのだホ~。陛下は王様だから、それを咎める人はいないホ~。でもこの方は、そのやり方を嫌うホ~。あえて大変な道のりを歩んでいるんだホ~」

「何で王さまはそれが嫌なの?」

「陛下は『恐怖政治は国を損なう』とお考えなんだホ~。だから暴力で問題を解決したくないんだホ~。これまでの魔王国の統治者にはなかった考えだけど、僕はとてもいい事だと思うホ~」

「ふぅん?」


 難しい言葉がたくさんだから、あまり意味はよく分からなかった。でも、王さまはみんなのために自分は大変な道を進むと決めたんじゃないだろうか。そんなふうに考える。


 だって昨日怒ったのも、わたしのためにだったもの。王さまは、やっぱり誰かのために動けるやさしい人なのだ。

 ならやっぱり、わたしがこれからやろうとしていることも絶対に間違ってないはず。そう思い、手に握りしめているリボンを見る。


「そのリボンは、大切なものなんですホ~?」


 スーちゃんからそう聞かれて、わたしは「うん」と頷いた。


「このリボンは、お母さまからもらった大事なリボンなの。三本しかなくて、もう増えないの」


 お母さまは、もうお空の星になってしまった。これからも手持ちのリボンは増えるかもしれないけど、お母さまからもらったリボンが今後増えることは絶対にない。


「大切な物ではないんですホ~……?」

「うん、大事。だからあげるの。王さまは、昨日わたしを助けてくれたもの」


 王さまをモッテモテにすることも、そのためにこのリボンを選んだのも、王さまへのわたしのお礼なのだ。

 やさしくしてくれたから、やさしくないと勘違いされている本当はやさしい王さまに、「王さまは怖くないんだよ」って周りにわかってもらうために。


「こっそり行こう」

「了解ですホ~」


 そんなやり取りを交わしてから、わたしはドアをゆっくりと押し開け室内に入った。




 部屋の中では、王さまと宰相さまの相談ごとはもう終わっていた。

 二人とも、黙々と目の前の仕事をしている。


 床にはじゅうたんが敷かれているけど、足音はなるべく立てないように抜き足差し足忍び足する。

 王さまのところに行くまでには、ソファーや机が点々としている。その後ろに隠れながら、こっそりちょっとずつ距離を詰める。


 そうやって、椅子に座っている王さまの横までバレずにこれた。ホッと息をついてから、改めて王さまに向き合う。


 王さまは、座ってても大きい。届かない。どうしよう……。そう思って周りを見回し、王さまのすぐ隣に引き出しがあることに気が付いた。

 ゆっくりと開ける。ゆっくりとよじ登る。そうしてやっと目的のところ――王さまの髪に手が届いた。


 王さまの髪をやさしく一掴み。持っていたリボンでシュルシュルと結ぶ。

 蝶々結びはお母さまから教えてもらったおめかしの一つ。まだ自分の髪にはできないけど、人の髪や他のものにはできるようになっている。


 これで完璧……って、あれ? 何か縦になっちゃった。横にできた方がかわいいのに。一度やりなおしてみよう。

 ちょっと王さま、動かないで。かわいくできないから。

 うん、よし、これで……あれ? やっぱり縦になっちゃう。うーん、何で?


「おいお前、何をしている」


 バ、バレた! ちょうどコテンと首をかしげていたわたしと、王さまの目が合ってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る