第二節:愛され十か条②、怖い王さまを可愛くしてみる

第10話 今日こそ王さまをモッテモテにする!



 シャッという心地のいい音が、耳をやさしくなでたような気がした。

 まぶたの向こうが眩しくなった気がする。近くに人の気配がする。


 メイドが起こしに来たのかな。そう思いながらゆっくりと目を開くと、わたしの部屋じゃない場所の窓ぎわに、誰かの立ち姿が見えた。

 まだ少しだけぼんやりとしたその目をコシコシと擦ると、ちょっとだけ目元が濡れている。何でだろうと思ったものの、そんなのすぐにどうでもよくなった。



 カーテンを脇にとめていたのは、ネズミの姿をしたメイドだった。


 手際がいい。すぐにカーテンをとめ終わると、チェストの上の飾り棚を布巾で掃除し、空の花びんに花を挿す。そして今度は、たぶんわたしの着替えの用意。テキパキと動く彼女は、とっても働き者だった。

 「よく見れば、昨日より窓も綺麗な気がするなぁ」と思いながらそれらを眺めていると、ふと「あれ?」と思った。


 あの大きな背、ネズミの姿、ちょっとヒョロッとしたメイドは……。


「あ、あの!」


 この子は昨日、騎士の人に怖い思いをさせられていた子だ。そう思ったから、昨日あの後大丈夫だったか、気になって聞いてみようとした。

 だけど、一体どうしたのだろう。振り返った彼女がわたしを見て、ピシリと固まってしまった。


 少しの間、室内がシンと静まり返った。

 しかし次の瞬間には、突然彼女の体からブワッと強い青色のオーラが噴き出した。

 青い色は、怖がっている。彼女の気持ちは見えたけど、何故そうなったのかは分からない。


 思わずキョトンとしているうちに、部屋から駆け出した。素早かった。ピュッと走ってあっという間にドアの向こうに消えていき、最後に後を追うようにドアがパタンと閉まる。



 一人部屋に取り残されたわたしは、思わずポカンとしてしまった。

 何か急ぎの用事でもあったのかな。そんなふうに思うけど、そうだとしたら怖がった理由が分からない。


 うーん、と少し考える。しかしすぐにハッとした。


「そうだ! 今日こそは、王さまをモッテモテにするんだった!!」


 昨日王さまに助けてもらったお陰で、『王さまのいいところを見つける』という目標は達成できた。だから今日はあの優しい王さまのモテない理由をどうにかするために、お母さまから教えてもらった『愛され十か条』を使う日だ。そう寝る前に決めていたのだ。

 それが、寝て起きてすっかり頭から抜けていた。そう思い出した瞬間に、代わりと言わんばかりにさっきまでの疑問は頭からスポンと抜けていく。


「王さまは、怖いのがよくないから」


 言いながら、わたしはベッドから「よいしょ」と出る。


 思い出すのは昨日の王さま。わたしを助けてくれた王さまの怒りは、とてもやさしい色をしていた。

 弱い気持ちがうまく見えないわたしが、お父さま相手には見えなかった色。あんなにやさしい色を持っているのに王さまが周りに怖がられてるのは、きっと王さまの顔が怖すぎるせいだ。


 きっと、王さまが怖くなくなれば、すぐにだってモッテモテになることができる。


 わたしには、王さまのお顔は取りかえられない。でもその代わり、お母さまに教えてもらった『愛され十か条』がある。



 たぶんさっきのネズミのメイドが持ってきてくれたんだろうお湯たらいで、顔を洗ってタオルで拭く。髪の毛がちょっと濡れちゃったけど、鏡の前でちょっとなでつけたら、うん、これで大丈夫。

 自分で洋服をきるのはまだあまり得意じゃないけど、お母さまに教えてもらってたから、頑張れば……よし。持ってきていた荷物の中から頭の上からかぶるタイプの服をすっぽりときて、身だしなみを整えおわった。


 最後に、これが一番大事。王さまを怖くなくするための特別な一つを荷物の中から手にして、頷く。

 トランクの中に詰めていた荷物がちょっと外に飛び出してゴチャッとなっちゃったけど、あとでどうにかすればいい。



 準備はできた。よしいくぞ!

 張り切って、昨日と同じ場所に戻っていたつえ持ってきて引っかけ、ドアを開ける。

 しかしドアの外にあったのは、昨日とは違う景色だった。


 目の前が茶色でいっぱいだ。何だろう、これ。

 まず首を傾げてみて、次に好奇心で触ってみる。と、モフモフモフモフ気持ちいい。ふんわりとした鳥の羽だ。


 衝動に逆らえず、思わずモフッと抱きついた。

 温かい。気持ちいい。お布団みたい。……でも、あれ? これ何だろう。ここでやっとそう思い、抱きついたまま見上げてみる。


 二つのまん丸な目が、わたしを見下ろしてきていた。

 わたしも目をまん丸くする。すると、彼はくちばしをパカッと開く。


「出てきちゃダメだホ~」


 そこにいたのは、わたしが縦に三人くらい並んでも勝てないくらいの大きさのフクロウだった。


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