第8話 あなたが味方になってくれるなら



 『王さま』だったお父さまは、そんなことはしてくれなかった。

 お母さまが誰かから嫌なことをされた時、わたしはとっても怒って何度かお母さまに「お父さまに助けてもらおう」と言ったことがある。でもお母さまは、その度にいつも優しく笑っていた。


『お父様は王様だから、心のままに動けないこともたくさんあるの。それでもいつも最大限、私たちを守ってくれている。私たちが必要以上に敵を作らないように、陰で心を痛めながらね』


 わたしには、あまりよく分からない話だった。でもお母さまがそう言うんだから、きっとそうなんだろうと思った。


 だからお母さまがお星さまになってすぐにわたしをこの国に送ることが決まった時、見送りにも来てくれなかったお父さまにも、「きっとわたしにはまだよく分からない優しさがあったんだろう。お母さまが信じたのだ。わたしも信じよう」と思うことにしたのである。


 でも、だからといって「味方になってほしい」という気持ちがゼロになったわけじゃない。なかったんだと、今初めて気がついた。



 目の前の王さまの横顔を見上げると、ちょうど彼はまた口を開く。


「この娘に関するすべての決定権は、俺だ。何か文句があるのなら、直接俺に言ってこい」


 有無を言わせないその物言いに、心の中がホンワリとなっった。

 何でもいいからギュッとしたいような気持ちになった。近くにギュッとできるものがないから、代わりに自分の胸の前で両手を重ねてギュッとする。


 この人がわたしに味方になってくれるなら、わたしもこの人の味方になりたい。そんな気持ちが心の底からにじみ出てくる。

 生きていくための方法としてじゃなくて、ちゃんとこの人のために何かしたい。そんな気持ちにさせられた。



 一方王さまの言葉を聞いて、周りのみんなはザワリとする。


 みんな近くの人たちと顔を見合わせて、口々に何かを囁いている。

 ほんの少しだけ聞こえたのは、「嫁じゃない」「すべての決定権は陛下」「娘」「保護者」「養子」「人間風情」なんていう言葉たち。意味はあまりよく分からない。


 わたしのことを話しているような気がするし、みんなに聞きに行ってこようかな。そう思って一歩二歩と足を踏み出した。けど、三歩目が床を踏むことはない。


 首の後ろがツンと引っ張られる。体がフワッと浮いてしまって、足が宙ぶらりんになった。

 珍しい高さまで一気に視線がグンと上がった。でもそれは、どこかで見たような高さでもあって。


「お前、どこに行く」


 声がした横に顔を向ければ、白くて整った王さまの顔がジットリとした目でわたしを見ていた。


「みんなのお話に交じろうかと思って」

「交じるな。人間のお前なんぞ、簡単に首をへし折られるぞ」


 ダメなのか。ちょっとだけ残念でシュンとする。


「そもそも何故ここにいる。部屋にいろと言った筈だが」

「あっ、王さまのところにきたくって! 王さまのことを知らないと、王さまをモッテモテにできないので!」


 私の言葉に王さまは、深い深いため息をついた。


「まだそんな事を言っているのか……。もういい、お前は早く飯食って寝ろ」


 彼が指した方を見れば、ちょうど廊下の窓の外に見える空はもう朱色になっていた。

 いつの間にか、もうすぐ夜らしい。そんなことが分かった途端に、お腹がグゥと大きく鳴った。



 ◆ ◆ ◆



 食事はとてもいっぱい出た。どれもものすごく美味しくて、国から持ってきた『銀色のお箸』でお腹いっぱいになるまで食べた。

 布団に入るとすぐに体がポカポカとしてきて、瞼が少し重くなる。


 今日は色んなことがあった。

 馬車で魔王国に来て、宰相さまのトラ耳に触りたい気持ちを堪えながら、火を噴くドラゴンに乗って。お城に着いて、魔王さまに会って、どうにかお城に置いてもらえることになって……えっと、それから……。


「お母さま、わたし、お母さまがいなくても頑張ってる、よ……」


 口に出したのか、心の中で思っただけだったのか、自分でも分からないくらいの眠気だった。

 応えてくれる声はなく、それがほんのちょっとだけ寂しい。目が少しだけじんわりと熱いけど、もう限界でその目を拭う余裕もなくて……。


 ゆっくりと沈むように、わたしの意識は落ちていった。


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