第3話 王さまにあげられる『利』は



 たしかにこのトラ耳の人は、人間の国と魔王国との境界までわたしを迎えが来てくれた。


 絵本でしか見たことがないドラゴンに乗ってきた彼に、わたしはとてもビックリした。

 空の上で火を吐きながらグルグル回り、馬車から降りて迎えを待っていたわたしの前に降りてきた時には、ビックリし過ぎて足が動かないどころか、声一つ出なかった。


 そんなわたしを見たこの人は、ちょっとだけ目を丸くした後で、あごに手を当てて「なるほど。この程度ではまったく動揺しませんか。まぁ、いい度胸ではありますね。一応は、この国に送られてくるだけの事はあるのか……?」って呟いてたっけ。


 もしかしたら、あれが魔王国流の『丁重なもてなし』だったのかもしれない。


「お前が自分で立候補して、勝手に出て行ったのだろう。『陛下を篭絡せんとする女狐をけん制する必要があります』などと言って。俺のせいのように言うな」

「そんなことを言いましても、結婚に夢を見ているくせに、見た目の恐ろしさと地位の厳つさのせいで女に免疫もなく、その上近頃は『周りが結婚ラッシュだから』などというよく分からない理由で、結婚を焦ってもいらっしゃる。今の陛下では、すぐに女の綺麗な外面にコロッと騙されてしまうのが目に見えているでしょう」

「うっ……」


 王さまが言葉を詰まらせながら、トラ耳に人から目をそらす。


 そういえば、お母さまが『人は直視したくない事実を言われた時、大体一度押し黙る』って言ってたっけ。


「王さまは、誰でもいいからとりあえず、誰かと結婚したいんですか?」


 答えない。

 でも、時には無言が答えになることもある。たしかお母さまはそうも言っていた。

 なら。


「わたしは、王さまと結婚してもいいですよ?」


 結婚とは、お父さまとお母さまみたいになるということだ。あんまりよくは知らないけど、たぶん王さまと仲よしな関係になるっていうことなんだろう。

 お母さまのようになるために王さまに気に入ってもらいたいわたしにとって、王さまの方から「仲よくしたい」と思ってもらえるのは、とっても助かる。



 しかし王さまは、ハァとまたため息をつきながらこう一言。


「……結婚相手は誰でもいいという訳ではない。お前はあまりに幼すぎる」

「そうですね。精々あと十年は経たねば」

「えっ」


 トラ耳の人も、すぐさま王さまの言葉の後に続いた。


 どうやら王さまは、わたしと仲よくしたいわけではないらしい。じゃあ、どうしよう……。

 シュンとしながら視線を下げると、そこには何の凹凸もない自分の体がある。


 たしかにわたしはお母さまのように、まだ『大人のレディ』ではない。

 お母さまは言っていた。『だいなまいとぼでぃ』は女の武器なのだと。そしてそれは、大人になればわたしにもきっと備わるのだと。


 でも今はまだ、わたしは子どもだ。その武器はもちろん持ってない。


「はぁ……嫁が欲しい」

「そのような事、間違っても外では呟かないでくださいね」

「俺の周りに女が寄り付かないのは、見た目や地位だけではなく、お前が事実を誇張した噂を方々に流したからだろうが」

「王は舐められてはなりません。あれらはすべて陛下を思っての措置であり、宰相としての仕事です」


 シレッとした顔で言う宰相さまに、ムッとしながらも口をつぐむ王さま。目の前でされているやり取りに、わたしはちょっと不思議な気持ちになる。


 わたしにとっての『王さま』は、威厳あるお父さまの姿だ。

 上から指示を出すお父さまと、それにつき従う臣下の人たち。そこに尊敬の気持ちは見えても、こんなふうに軽快なやり取りをしているところは見たことがない。


 お父さまとこの王さまは、まるで正反対にわたしには見える。

 でもわたしは、こういう方が好きかもしれない。仲よしなのはいいことだし、魔王国に行くことが決まってから今日まで、一度もわたしと会ってくれなかったお父さまよりは、わたしの話を聞いてくれそうだ。


「で、いかがします? このちんちくりんは」


 言いながら、トラ耳の人――宰相さまの猫のような目がこちらを見てきた。


 思わずビクッとなってしまったのは、品定めするような目だったから。

 魔王城までの移動中ずっとこちらを観察してきていたその瞳に、移動中はとても居た堪れない思いをした。

 そしてそれ以上に、どうしても人間には絶対についていない頭の上のモフモフな耳の触り心地が気になって仕方がなかったんだけど、ずっと触れなくてソワソワとする道中だった。


 宰相さまの言葉に、王さまが「そうだった……」とまた軽く項垂れる。


「正直、いらない」


 その言葉に、わたしは少しキョトンとした。


 いらないって、どういう意味だろう。そう思って少し考えて、ジワリジワリと嫌な予感が足元から這い上がってくる。


 思わずサァーッと血の気が引いた。


 どんなに心は「お母さまのように強くあろう」と思っていても、温かい場所と食事がなければ生きていけない。

 王さまにお城から捨てられたら、わたしはどうすればいいのだろう。


 ――ねぇお母さま、どうしたら。

 心の中でそう呼びかけた。


 すると一つ、お母さまの言葉を思い出す。


『お願いを叶えてほしいなら、相手と交渉しないとね。交渉を成功させるためには、自分が相手の利になると証明することよ。リコリスが有用だと分かったら、相手も貴女を助けてくれるわ』


 相手の利。つまり、王さまのためにわたしができること……。


 まだ『大人のレディ』ではないわたしには、できることなんて少ない。

 王さまの願いは誰かと結婚すること。でもわたしには、結婚相手としての価値はないと思ってる。それじゃあ交渉材料にはならない。


 そんなわたしにも、渡せる利。武器にできるものがあるとしたら。


「なら、わたしが王さまをモッテモテにします!!」


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