第4話 リコリス、一世一代の交渉



 気がついたらそう口にしていた。

 でも後悔は全然してない。



 力いっぱい出した声は、広いこの部屋中にとてもよく響いていたと思う。なのに王さまは片眉を上げ、見下ろしながら「は?」と言ってくる。


 最初は王さまの反応の意味があまりよく分からなかったんだけど、宰相さまに「紹介する伝手も持たない子どもが、実に大きく出たものですね」と言われてやっと分かった。


 そんなことできる筈がない。そう思われてしまっているんだ。


「まだ子どもだけど、わたしだってレディです。王さまの近くに女の人が一人もいないんなら、『王さまの近くで唯一の』です! 助言できることもあると思います!」

「貴女のようなちんちくりんの助言が、一体何の役に立つのか」

「わたしには、お母さまから教えてもらった『愛され十か条』もあります!」


 宰相さまの一言に、思わずムキになって言い返す。



 まるでお母さまの教えまで、それを通してお母さま自身まで「役に立たない」と言われたような気持ちになった。


 お母さまはすごいのだ。お母さまは最強なのだ。


 そもそもこの王さま、ちょっと目つきは悪いかもしれないけど別にカッコいいと思う。

 それにお母さまだって「お父さまは、この国で一番偉い人だから周りの女性が放っておかないの。その証拠に、お父さまにはたくさんの側妃がいるでしょう? モッテモテよ」って、言っていた。


 実際に、お父さまにはたくさんの側妃さまたちがいたのだ。王さまも、『王さま』であるっていう時点でモッテモテの土台の上にいる筈。

 お母さまの言っていた通りにすれば、王さまにだって側妃の三十人くらいすぐにできるに決まっているのだ。



 お母さまを嗤うことは許さない。そんな気持ちを語気に乗せると、何故か宰相さまの目の色が変わった。

 呟くような「ほう?」という声は、少し面白がっているように聞こえる。


「貴女の亡き母親は、たしかあのリリー・ジャピネーザですよね」

「えっ、お母さまのことを知ってるんですか?!」


 突然お母さまの名前を言われてビックリした。でも、お母さまのことを知っているんなら、お母さまのお話ができるかもしれない。そう期待して、身を乗り出す。

 しかし。


「いえ、まったく」


 違った。

 目線を床に落とし、シュンとする。


「しかし有名でしたので。『怠け者だった国王を改心させた才女』だと」

「えぇっ?!」


 思わず座ったまま飛び跳ねてしまったのは、そんな話初めて聞いたからだ。


 っていうか、お父さま昔は怠け者だったの? 全然想像がつかない。

 その話も、ちょっと聞きたい!


「ダメ王を改心させた人物の『愛され十か条』ともなれば、少しは期待もできそうですが」

「はっ! そうです! 必ず愛されます!!」


 宰相さまの思案声で「そういう話だった!」と思い出し、わたしは強く主張する。と、宰相さまが猫のような目をやんわりと細めた。

 多分笑ったのだと思う。でもそれは、たぶんわたしに向けた笑みではない。


「どうされますか? 陛下」


 彼の視線が流れた先には、「うぅん……」唸る王さまがいた。


 そうだ。すべては王さまの決定があってこそだった。


 お願い、王さま。きっと王さまの役に立つから、ご飯ください! おやつも本当はほしいけど、なくてもいいからお願いです!!

 あとは、屋根つきの寝床があればいいです! 本当はフワフワな毛布に包まれて眠れるのが一番いいけど、我慢するのでお願いします!!


 心の中でそう祈りながら、祈りのポーズをしてギュッと目をつぶる。

 すると、やがて苦渋とため息交じりの低い声が頭の上から降ってきた。


「……まぁ、国内の情勢は芳しくない。王国も、今はこの娘の処遇を気にしていないようだが、いつ手のひらを返してくるか分からない。両方を一度に相手にするのは、現状あまりにも無謀だからな」

「つまり?」


 閉じていた目を片方だけ開けてチラッと王さまを盗み見れば、明確な答えを促している宰相さまの声と同時に、王さまの眉間に更に深い皺が寄った。

 王さま自身もそれを自覚したのか、眉間を摘まみもみほぐす動作をする。


「王城内に留め置く」

「やったー! ……あ」


 とりあえず生きていけそうだ。それはつまり、お母さまのようになるという自分の夢をこれからも追い続けられるということ。そう思うと、気がつけばバンザイをして喜んでいた。

 やらかした後で、レディあるまじき行動だったと気がつく。

 王さまからの視線がとても痛い。ゆっくりと両手を下ろすと、宰相さまから「それ程までにこの娘からの提案が魅力的だったとは」と言われて「違う」と即答した王さまが、わざとらしいため息と共に言う。


「周りには一応『俺の客人だ』と、改めて触れを出しておけ」

「畏まりました」

「あと、お前」

「はい! リコリスです!!」


 呼ばれたら元気よく返事をすること。名前は憶えてくれるまで、それとなくアピールし続けること。お母さまの教えに則って、わたしはハキハキと彼に応じる。


 置いてもらえるとなれば、あとは王さまの気が変わる前に、王さまにどれだけ貢献できるかが勝負だ。


 置き続けてもらうためには、気に入ってもらうためには、王さまの願いを叶えないと。王さまをモッテモテにしないとね。

 弾む心でそう考える。


 お母さまの『愛され十か条』、どれからやっていこうかな。あれにしようか。それともこっちに――。


「お前にはまったく期待してない。お前の仕事は誰にも危害を加えられず、それなりに食べ、それなりに眠り、五体満足で生きる事だ」

「えっ」


 そう言うと、王さまは椅子から立ち上がった。

 こちらにずんずんと歩いてきて、わたしの何倍もの背があると初めて知る。


 その大きさに思わず目を丸くしていると、首の後ろの服を摘ままれた。

 そのまま軽々と持ち上げられる。足がプラーンして、視界が今まで見たこともない程高くなる。王さまの顔と同じ高さだ。


「案内はさせる。部屋にいろ」


 え、それじゃあすぐに十か条を試せない……。


 わたしは思わず眉尻を下げた。

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