なにもかもが騒々しいらしい
「この列はなんだぁ……?」
あの後約十分は続いたインタビューを終えて、ボディチェックを終えて、校門を潜って、校舎へと入って、階段を上がったら、廊下には長蛇の列が出来ていた。
最後尾は廊下の果てで、その列は俺の教室の方へとズラーっと続いており、先頭は多分教室の中にある。
「あ、いっけね!そうだよ!忘れてたぜ!」
「何を?」
京は一目見ただけで何かを察したようだが、俺には欠片も分からない。本当に何なんだこの列は?
「行けば分かる!行こうぜ!」
「っとと、よく分かんねぇけど並ばなくていいのか?」
「俺たちはいいんだよ!」
おもちゃ売り場に向かう子供みたいなテンションで俺の手を京がグイグイと引っ張ってくるので、その手に引かれるままに俺も歩き始める。握られてる手には力を全く入れないようにしておいた。今の俺が握り返したら、簡単に細く滑らかな京の手を粉砕しそうで怖い。
「おいあの二人は?」
「カナディアンだ」
「あー、なら仕方ないな」
あ、カナディアンって現代の特権階級なんすね。フリーパスでいけるんだ。普通のテーマパークでも「カナディアンだえ?」って言ったら、並ばずにアトラクション乗れそう。
「楽しみだぜー!」
「っす、っす」
列に並んでいる者達の好奇の目にジロジロとさらされ、俺は下を向かずにはいられない。コミュ障極まれりパート3。おい、三日連続で出ちゃったよ。伝統芸能になってるよ。
やがて、列の先頭であり目的地でもある教室へと俺達は辿り着く。その教室の中では、
「はいもうお時間でーす」
「えー、もうちょっとだけ頼むよ!」
「駄目です。またお並びください」
「そんな殺生なぁ……!」
ガヤガヤと握手会的なイベントが行われていた。
イベント特有の異質な雰囲気の流れてる教室内。え、櫛宮さん来てんの?と一瞬驚くも、そんなことはもちろん無かった。
じゃあ何を目当てにこんな大層な数の人間達がズラズラと並んでいたのかと言えば、その答えは簡単。櫛宮さんが昨日撮影時に使っていた机と椅子だ。
窓際最後列の席が、あの良く事件現場とかにある黒と黄色のテープでキッチリと囲まれている。
あそこは確か加藤の席だったのに可哀想に……と思ったが、その本人は歓喜の涙で大号泣してるのが見えたので、すぐにその感情は消え去った。
「500円でいいのよね?」
「まいどありー!見るだけだからねー!触っちゃだめだよー!」
「おお平沼来たか!手伝ってくれ!かきいれどきだ!」
「文化祭の資金ジャンジャン稼ごうね!」
商魂逞しいね。金取ってんの?
まあそうか。名画を鑑賞するために美術館で入場料を支払うのと同じだと考えれば、特段不思議なことでも…………いやホントにそうか?
「なぁ、俺も見ていい?」
「おっとこれはカナディアンの久三山くんじゃないか!もちろんタダでいいよ!」
「やったぜ!サンキュー!」
京が瞳をキラッキラに輝かせながら、櫛宮さんの席を見に飛んで行った。
俺も特権階級のカナディアンなので休ませてください。朝から働きたくないです。まあ昼も夜も働きたくないけどな。こんなことで。
「よう浩二!何か一皮剥けた顔になってんな!置いてかれたみたいで悔しいぜ!」
健一が俺の背中をバシンッ!と強く叩いてきた。らしい。これも何も感じなかった。
「そうか?そうだな。そうかもな」
流石は心の友よ、お前は鋭いな。一皮どころか……億皮くらいは剥けちまったんだ。俺が俺なのかも怪しいよ。
「おいおい否定しないのかよ。これがカナディアンの余裕ってやつ?ちぇっ、羨ましいぞ」
「健一……余裕ってのは、いいよなぁ……」
「急にどうした?そんな遠い目して」
俺はもう一生……余裕にはなれないんだ。圧倒的な力は圧倒的な不自由と同じ。
今の俺と普通の人間とのパワーバランスは象と蟻に等しい。気軽な戯れで木っ端微塵に壊してしまう。無意識が起こらないように意識的に、常に意識的に過ごす必要がある。
今後はそうやって気を張り詰めて生きてかないといけない、余裕とは真反対の熾烈な人生。ツラい泣きたい修羅の道。
「……っ!」
意識的にを意識しすぎていたら、突如として無意識の権化が姿を現す。鼻がムズムズとし始めた。
それは抑えるのが難しい肉体の反射反応。率直に言うと、クシャミが出そう。
まずい、これはまずい。思いっきりブェックシィ!なんてやってみろ。とんでもない衝撃波を放ちかねない。
教室の中が更地になる可能性が大いにある。過分にある。確実にある。てか絶対なる。
どうする?廊下に出るか?いや、廊下にだって人はたくさんいる。教室でした場合と比較しても、被害はてんで変わらないだろう。
じゃあ、何が正解だ?この場面で俺が取るべき選択は?…………んなのこれしかないだろうが!
「…………っ!」
俺は自分の席に素早く向かい、窓をガララッ!と勢い良く開け、そこから顔を出す。このクシャミは外に放出するのが最善だと考えた。
でもそれだけじゃまだ不安だ。クシャミが出てしまうのはもう確定事項なので、あと俺に出来ることは、威力をなるべく抑え込むように根性で踏ん張ることだ。
「……へ、……へ、……へくちっ……っ」
努力の甲斐あって、限りなくクシャミを抑え込むことには成功した。
いつものブェックシィ!みたいな喧しいクシャミじゃなく、ぶりっ子女みたいなあざといクシャミに抑え込めた。
だが、それは逆効果だったらしい。
いや……その言い方は正しくないな。
ただ発射方式を変えたに過ぎなかった、といったところだ。
分かりやすく言えば、ブェックシィ方式はショットガン。広範囲に炸裂させるタイプ。
へっくち形式はスナイパーライフル。狭い範囲に超威力を叩き込む一点突破のタイプ。
俺から放たれた薄っぺらいへっくち砲は範囲を狭めた結果鋭い刃となり、無音の斬撃と変わって真空を駆け抜ける。
ソニックムーブみたいなもんだ。命を刈り奪る形をしていた。
遠くの山の方で、数多の木々がスパスパッと瞬く間に切り倒されていくのが見えた。
あ、危なかったぜ。教室であんなの出してたらスプラッター映画さながらの惨劇が、辺り一面に真っ赤に広がっていたに違いない。咄嗟の判断が実を結んだ。
ホッと一安心している俺の視界の片隅で、コロンと床に転がる何かの部品。それは三日月みたいに丸みがかっていて、材質はステンレスっぽい。
…………あ、鍵かかってたんだね。壊しちゃったんだね。ごめんなさい。一大事だったからそこ気にしてらんなかったよ。
「おいゴラァ!いちいち並んでられっかよゴラァ!どけゴラァ!」
鍵をアッサリ破壊出来たということに対しての驚きが全く無いことに一抹の寂しさを覚えていれば、突然響き渡る荒々しい怒声。
次は何だ?と振り返ってみれば、タンクトップみたいに腕部分の布地がバッサリと無くなってる馬鹿丸出しの改造制服を身に纏ったリーゼントの男が、床をドスドスと踏み荒らしながら教室に入ってきているのが見える。一昔前のヤンキーそのものだ。見た目も言動も何もかも。
「ちょっと困ります!」
「うるせぇゴラァ!どけゴラァ!」
「きゃあ、誰かぁ!!」
リーゼント男はガラの悪い目でメンチを切って手当たり次第に威嚇をしながら、止めに入る者どもを跳ね除けて櫛宮さんの席に近づいていく。
「邪魔だゴラァ!」
「な、何だよ!俺が見てるとこだろ……!」
「知らねぇよゴラァ!女だろうがブッ飛ばすぞゴラァ!」
「ちょ待てよ」
絶賛ウキウキで鑑賞中だった京が、そのゴミカスクズゲス野郎に絡まれ始めたので、俺は二人の間に気付かぬうちに割り込んでいた。
「あんゴラァ?んだテメゴラァ!彼氏かゴラァ!二人まとめてブッ飛ばすぞゴラァ!」
ゴラァ言い過ぎだ。もはやただの語尾になってんだよ。アルとかと同じ括りになってんだよ。
「……お、おい、無理すんなよ……」
俺を心配する声が後ろから控えめに聞こえてくる。スススッと京が俺の背中に隠れてるのも容易に分かった。
「おい、あいつって……?」
「三年の
おいそんなやつウチにいたの?俺この学校二年目なのに全く知らなかったんだけど?
「何でそんなに留年を?」
「どうやら撮影に参加するためらしい。どうしても奏様のクラスメイト役になりたかったらしくてな、そのために高校生のままでいるんだ。一昨日三年ぶりに登校したんだ。知らなくても仕方ない」
人生賭けすぎだろ。この学校が撮影場所として選ばれるかどうかなんて誰にも分からねぇのに、どんだけロックな生き方してんだ。
「よく見たらお前らゴラァ!カナディアンだなゴラァ!俺と
カナディアンなのに喧嘩売られた。特権階級じゃなかったのか。
てか戦争って……大袈裟だな。まだ加減は上手く出来そうにないってのに。人殺しにはなりたくないんだが……やれやれ……って、あっ、典型的なイキリ主人公みたいになっちまった。反省、反省。
実力隠し系でいくんだろ?忘れんな俺。
それにしても何だろう?戦争という単語が出た瞬間に教室内にピリピリとした緊張感が生まれた気がする。
「まさか、本当に仕掛けるとはな」
「ついにこの学校でも始まるのか……」
「あわわわわわわ」
「…………ごくっ……」
凄い深刻そうな顔を全員がしてらっしゃる。冷や汗まで垂らしてるもん。次は何なの?
「戦いを奏様の為にと書いて
おお、そうなんすね。さっきから解説役ありがとうございます。かなり助かってます。
つーか最後だけ物騒すぎるだろ。ただの殴り合いじゃねぇか。
「戦奏自体はごく一般的に行われているものだが、それがカナディアン相手となると大きく意味が変わってくる」
「入れ替わりの戦奏のことだな、
「ああそうだ。カナディアンになる方法は二つのみ。選ばれるか、奪い取るか」
「
「さあな、それは神のみぞ知るだろうよ」
冷血な殺人集団とかでしか聞いたことのない入団方法やめろよ。治安が悪すぎる。そんなんやりたい放題じゃねーか。カナディアン狩りが起きるだろうが。
あと解説やるために生まれてきたような名前してますね甲斐雪雄!
「だが、カナディアン相手に戦奏をふっかけるってことは……獅子瓦は随分と自信があるに違いない。カナディアン相手の戦奏は、負けたらもうその時点で人生の終了を意味する。その代償はとてつもなく大きい」
「カナディアンになる権利の永久剥奪か、考えるだけで恐ろしい……ついでに基本的人権が喪失されて、地下で棒を回す人生になるしよ」
「一体どんな結末を迎えるのか、見ものだぜ」
ついでがエグすぎる。あの謎の棒を回すだけの人生にされちゃうの?可哀想がすぎない?
まあでも、そうか。そんぐらい厳しくしないと狩りが頻発しちまうし、そんぐらいの代償があるのは至って仕方ないこ…………いやホントにそうか?
「俺はどっちでもいいけどよゴラァ!どっちが俺の踏み台になるんだゴラァ!」
「俺が受けるよ俺が」
多分、説明を聞いている限り、戦奏を受ける側は負けてもその座を奪われるだけで終われそうだ。
なら俺は別にこの座に執着してるわけじゃ無いし、さっさと降参でもして終わらせればいい。この場も収められて一石二鳥だ。
「あいつは肝が据わってるな、この状況で平然としてやがる」
「ひゅー、痺れるぜ……!」
「カナディアンの座を奪われるかもしれないってのに、あの落ち着きようは何だ?カナディアンでいればカナディアン推薦でどこにだって進学できるし、就職だって思うがまま。人生イージーゲームなんだぞ?」
「それだけ自信があるってことだろう。フッ、平沼浩二……見せてみろお前の力を……ッ!」
ゴメン負けれねぇわ。想像以上に特権階級すぎる。この座にずっといたい。離れたくない。しがみついていたい。絶対に譲らねぇぞこの野郎ゴラァ!
「内容は俺が決めさせて貰うぞゴラァ!」
頼む、奏學以外でお願いします。それだけは勝てる気がしないです。残りの二つは自信あります。確実に殺れます。間違えた、やれます。
「闘奏で勝負しやがれゴラァ!」
あ、勝ちました。本当にありがとうございます。これなら殺れます。間違えた、殺れます。
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