どうかなってしまったらしい

 普通の人間とは何かと問われたら、これまでの人生において俺は、それは俺だと自信満々に答えてきた。

 勉強はそこそこ、運動もそこそこ。顔は及第点で、身長は173センチ。特別筋肉質でもなければ、ヒョロヒョロというわけでも無い。

 少し逆張り気質な点さえ除けば何もかもが普通、ザ・ノーマル。それが俺、平沼浩二という人間だ。


 じゃあ逆に普通じゃない人間とは何かと問われたら、俺は何て答えるだろうか?

 普通じゃないということは、並外れてるということだ。

 例えばチラッと見ただけで教科書の内容を完全に覚えられるぐらい頭が良いとか、スポーツだけで食べていかれるぐらいに身体能力がズバ抜けてるとか、そういう能力を持った人間はまあ普通じゃないと言えるだろう。


 じゃあ、更に厳密に普通じゃない人間について考えていってみよう。

 

 例えば、そう……例えばの話だぜ?

 そこに未開封の缶があったとする。それはアルミ缶じゃなくて、昨今減少傾向にあるスチール缶だとしておこう。

 未開封のスチール缶だ、それはそれは固い。開けた状態だとしてもアルミ缶に比べて数段頑丈、潰すのは結構難しい。

 そんなスチール缶を未開封の状態で、豆腐みたいにグシャッと簡単に握り潰せる人間は…………ギリギリ普通の範疇はんちゅうだろう。


 もう一つ例えば、そう、例えばの話だ。

 今日も俺はいつも通り学校に向かっているところなんだが、朝なので当然広がっている空が青い。澄み渡っている。

 とりわけ今日は雲一つない惚れ惚れするほどの青い空。この空を遮るものなんて何一つない。

 だから別に人工衛星が見えたって、宇宙ゴミスペースデブリが見えたって、何ら不思議じゃない。当たり前の話だ。だって何も無いんだもん。

 雲があったらそりゃ見えないけどよ。雲が無いんだから、そんぐらい見えるわな。だっはっはっはっは!!


 ……………………ど……どどど、どうなっちゃってんだよ俺の身体ぁ!?

 

 あのー、もしもし?おたくがカスタマーセンターさんですか?あのね、正常に動作しないんですよ。この身体何かおかしいです。まったく、変なものつかまされましたよ。勘弁してください。

 

 普通の人間はね、本気でジャンプしたって屋根の上までは飛べないんですよ。軽く爪先でチョイとジャンプしただけじゃ尚更なんですよ。

 石とかだってね、ヒョイッて投げてキラーンッて空の彼方に消えてかないんですよ。

 耳を澄ましたって1キロ先で落ちる葉っぱの音とか聞こえないんですよ。

 拳を思いっきり全力で振り上げたら龍みたいなのが出て、分厚くて真っ黒い雲が全部吹き飛ぶとかないんですよ。実は今日って一日雨だったんですよ。

 

 …………あのさ、今までの傾向通りでいけばこういうのって全て櫛宮さんに纏わる伝説のはずじゃん……。

 なのに残念なことに、今あげたのは全部が全部俺の実体験。ザ・ノンフィクション。嘘だと言ってよ。

 

 これはアレか?これから送っていく人生のために必要な進化を俺は遂げたということか?

 櫛宮さんの友人でいるには普通のフィジカルでは身が持たなくて何億回死んでも足りないだろうから、櫛宮さんの友人仕様に俺の身体はチューニングされたってか?特務仕様の圧倒的フィジカルモンスターになっちまったのか?

 なら通常の三倍程度にとどめとけバーカ!

 

 ふざけんな。マジでふざけんな。これもうアレだろ?何かモンスターとか急に出始めるんだろ?櫛宮さんの機嫌次第で作られる異空間、そうだな……仮に奏窟そうくつとでもそれを名付けてやろうか?

 そういう感じのダンジョンが街中に出来たりして、俺がそん中にいるモンスターを人知れずシバき倒していくみたいな、そういうのがサブクエスト的な感じで時折展開されてくんだろ?


 クソが、ちくしょう……てか大丈夫なのかよこれ……?

 今はまだ思考回路は俺のまんまだけど、異常な身体に引きずられて異常な性格に変わっていかないだろうな……?

 犬や猫の死骸を見て、これはもうただの肉の塊だとか言って、ゴミ箱に投げ捨て始めたりしないだろうな……?


 ああもう嫌だ……本気で力のコントロールを覚えないと、無自覚に人を殺めかねない。

 今日体育が無いのは不幸中の幸い。もしもサッカーなんてやってみろよ……軽いパスで再起不能にしちまうって。


 大いなる力には大いなる責任が伴うとは聞いたことがあるが、全くもって本当にその通り。世界中の誰よりもその言葉を実感している。

 向かう所敵なしで恐れるものなんて俺にはもう何も無いんだから、胸を張って肩で風を切りながら大股で堂々とガンを飛ばしながら歩けるはずなのに、逆に俺はビクビクと存在感を消すことに尽力中。

 危ない人間にでも絡まれてみろ。今の俺なんて金属バットで殴られたとしても、多分バットの方が折れるもん。ろくな結果にならないのは目に見えている。


 平穏との別れを覚悟したって言っても、自ら不穏に向かっていく気は毛頭ない。棚ぼたで手に入れたこの力を誇示するつもりもない。

 永遠に実力隠し系で俺は生きていくんだ。最後まで隠し通してしまえば普通の人間と何ら変わらないんだ。

 そうだよ。気楽に行こう。重たく考えすぎると逆に泥沼に嵌るってもんだろ?

 

「よっ!おはよーだぜ!」


 バシッと背中を叩かれた、らしい。

 何も感じなかった。声で気付いた。

 後ろから現れた京が、そのまま俺の隣に並んで歩き始める。


「ああ、おはよ。……手、大丈夫か?」

「え、何だよ?別に何も怪我とかしてねぇよ?」

「いや、ならいいんだけどよ」


 とりあえず一安心。

 コイツが鉄柱を気軽に叩いた感じにならなくて良かった。


「なあなあ、もちろん昨日の約束は忘れてねぇーよな?」


 ニヒヒッて悪い感じの笑みを浮かべつつ、京が小首を傾げながら俺の方を覗き見る。(以下略)

 ああ、そうか……俺のこの力って、実はコイツを守るためにもあるのかもしれないな。


「コロッケ八個だろ?」

「大名コロッケな!覚えてんならいいんだぜ!」


 京が凄い機嫌良さそうに歩いてる。というかスキップしてる。

 そんなにコロッケが好きなのか。漫画なら音符とか浮いてそうなぐらいには上機嫌だ。ウヘヘ可愛い……っと、危ない危ない。違う道に進むな俺。


「にしても昨日は櫛宮さんの身に何もなくて良かったぜ。流石にニュースは見たよな?」


 ああ、見てたよ。それも渦中で。俺だけニュース見た理由が包囲の配置とかを確認して打開策を考えるためっていう、完全に犯人サイドの動機だったよ。

 

「どいつもこいつも大袈裟すぎだ。ただ寝てただけだってのに」

「そうは言ってもよ。櫛宮さんの身に何かあったらって考えただけで、俺は心配でいてもたってもいられないぜ……」

「安心しろ。そんなことは起きないから」

「だといいけどよぉー……」


 櫛宮さんに物理的攻撃を与えるのは不可能。大層な加護がついてるのは昨日確認した。危害を加えようとすれば、犯人側が見るも無惨なことになる。

 もしその加護を突破されたとしても、その時は俺が絶対に何もさせない。櫛宮さんに危機があったら世界がサクッと崩壊しそうで怖い。それだけは阻止しないと。きっとそのための力だ。


「……そういや超いい天気だな。今日って一日雨予報だったのに、不思議なこともあるもんだぜ」

「そうだな。不思議なこともあるもんだな」


 ホントに不思議だ。拳を天に突き上げたら雲が全部弾け飛ぶだなんて、不思議が過ぎる。ファンタジー作品でも中々ねぇって。


「実は五時くらいまではちゃんと曇りだったらしいぞ?親父が言ってた」

「へぇ、そうとは思えないな」

「なんか急にブワッって龍みたいなのが出てきて、雲がそのまま飛んでったー!って朝からうるさかったぜ。どうせ寝ぼけてたんだろうけどよー」

「……親父さん、きっと疲れてんだよ」


 自分の力の全貌が分かっていなかったからって、朝のそれは本当にやり過ぎた。でもあんなの誰も想像出来ないだろ。想像しちゃいけないだろ。


「……京……空が、泣きたくなるぐらい……青いな」

「……?だな?」


 この先の人生が、不安だ。


「すいません、インタビュー大丈夫ですか?」


 これから待ち受ける苦難の日々を達観していたら、知らないうちに学校に辿り着いていた。

 もはや朝の恒例行事とも言えるテレビのインタビュー。今回は断らせて貰おう。


「もちろん!大丈夫です!」


 いや大丈夫じゃねぇよ。勝手に俺を巻き込むな。


「ありがとうございます。今日はお聞きしたいことが三つあるんですよ」

「ドンと任せてくださいとも!」


 京が背伸びをしながら胸を張っている。

 その隣で俺は感情ゼロの顔をしている。

 てか三つもあんのかよ。多いな。


「まず一つ目なんですが、昨日の撮影は見学に行きましたか?」

「ふっふーん……見学じゃなくて、俺もコイツも参加したんです!」


 よくぞ聞いてくださいましたと京が得意げな顔で、胸を叩きながら高らかにそう言った。


「な、なんと……!ということは、お二人ともカナディアンの方ですか!?」


 ……いや、日本人ですけども。


「えっへっへ!そうなんです!」

「驚きました!まさかカナディアンの方々にお話が聞けるなんて!」


 おいまさかエキストラのことをカナディアンって呼んでんの?違うからね、それただのカナダ人のことだから。


「撮影時、櫛宮さんの雰囲気はどうでした?」

「神秘的でミステリアスで摩訶不思議でした!」

「へー、そうなんですねー!」


 全部同じ意味だよ。類語だよ。最初の一つだけで事が足りちゃってるよ。


「そちらの男性のカナディアンの方は、櫛宮さんにどんな印象を抱きましたか?」


 あ、ナチュラルに京は女扱いされてんな。一応今のコイツはズボンで、男子の制服なのに。


「……凄かったです」

「…………他には何か、ございますか?」

「……凄かったです」

「……えーと、はい!ありがとうございました!」


 俺は伝家の宝刀、凄かったです、の一点張りで対応。

 別に話すことはない。昨日と同じくやり過ごす。

 俺に存分に呆れてくれ。そして金輪際カメラとマイクを向けないでくれ。

 

「では二つ目の質問になりますが、昨夜のニュースをご覧になった瞬間のあの抑えきれないぐらい込み上げてくる憤怒と殺意の波動をどう耐え抜きましたか?」


 何なんだよその物騒な質問は……普通ニュースを見てどう思いましたか、とかじゃないの?怒りはまだしも殺意も前提かよ。


「そんなの簡単だぜ!耐え抜けなかった!!」


 耐え抜けなかったのかよ。お前も近隣住民へのインタビューの中にいたなそういや。


「すぐにピーラーを持って学校に行ったぜ!!」


 武器のセレクトが物騒すぎる。ピーラーはやめろよ。皮剥ぐ気だったの?勘弁してくれ。


「そうなんですね!私も耐えきれずに壺とかを買ってしまいましたよ!」


 壺?急に何のはな…………待て待て、まさかアンタ蠱毒こどくでもやろうとしてました?呪いとしてはとんでもないけど、準備期間が長いからそれ。立てこもり犯との相性最悪だから。

 そこはせめて五寸釘と藁人形ぐらいにしてくれよ。…………せめてでもねぇけどな。ぐらいでもねぇけどな。呪うのがまず間違ってるから。


「えー、」

「…………」


 また俺にバトンが渡ってきそうだったので、牽制する目的で空を見る。青い空。黒い宇宙。謎の円盤。え、あれってUFO?


「では三つ目の質問になりますが、明朝にこの地域で確認された謎の超常現象についてになります。いわゆる龍に似た存在がここ一帯の雨雲を全て吹き飛ばしたということはご存知ですか?」

「ブフッ……!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「すいません、大丈夫です」


 そうですよね。やっぱ確認されてますよね。現代ですもんね。定点カメラとかありますもんね。

 おい待って、多いなって思った質問の三つとも、俺に関係があったんだが?


「え、やっぱり龍いたんですか!」

「詳しくはまだ分かりませんが、それに似た何かは観測されたみたいですよ」

「うちのお父さん見たって言ってました!」

「本当ですか!?それは是非ともお話をお伺いしたいですね」

「あ、待ってください!電話かけたら出るかも!」


 ……おいおい、何かこれも大事おおごとになってんぞ。出現場所がうちの庭だって、バレてないよな……?

 ただの謎の現象ってことで終わってくれ。雷のレアバージョン的な感じでさ。頼むよ。真相までは突き止めないでくれよ。

 

 その後、京とインタビュアーのお姉さんの話を聞きながら、俺はただ心臓をバクバクとさせていた。

 ……前途多難も、いいとこだった。

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