やはり櫛宮さんは最強らしい

 やはりあのどう見ても正義寄りのルックスをしていない謎の集団は、櫛宮さんの奪還を目的にしているらしい。

 結構距離は離れているはずなのに、先ほどからあの五人の会話の内容がハッキリと聞き取れる。ああ、何てご都合主義。


「お前らはウダウダしゃらくせぇんだよ!!俺様が突っ込んで犯人の野郎を粉々になるまで砕き潰して、それで終わりだ!!簡単な話だろうが!!俺様があのお方を救い出すところを黙って指でも咥えて見てやがれ!!」


 と、筋肉ダルマな見た目通りの血気盛んな性格をした大男が痺れを切らした様子で叫んだかと思えば、ズンズンと一歩ごとに地響きを立てながら近づいてくる。

 誰か助けて怖すぎる。威圧感がヤバい。創作物なら完全に噛ませ犬タイプだけど、リアルだと勝てる気がしないって。力こそパワーの世界なんだぜ?


「おやおや相変わらずの勇敢ぶり。その素直さが羨ましいね。私も君を見習いたいものだよ」


 所作が一々大袈裟で芝居がかっていて胡散臭い雰囲気を全身に纏った仮面男が、その背中に向かって皮肉たっぷりにそう言うと、


「だとゴラァッ!!??」


 大男の怒りのボルテージは更に上がる。


「この仮面野郎ッ!!テメェはあのお方が心配じゃねぇのか!!早く助け出してやらねぇといけねぇだろうが!!可哀想だろうが!!」

「無論、私も同じ気持ちだよ。ビックバン・カナディーナが今この時も恐怖に震え、私に助けを求めているのかと思うと、引き裂かれんばかりの悲しみが襲ってくる。ああ……涙が止まらない……。何という悲劇……」


 一見コイツらは、凄い悪役っぽい見た目をしていて仲が悪いテンプレート的な良くある悪の組織に見えるのに、実際はただ単純に櫛宮さんのことを物凄く心配してるだけの集団に過ぎない。物々しい見た目からは想像のつかない心配性。


 ああいう仮面の男みたいなサイコパスキャラって大体は思ってもいないことを言う奴なのに、本当に泣いちゃってるじゃん。仮面の下から滝みたいに大量の涙が流れてるじゃん。


 てかビックバン・カナディーナって何?あのお方って呼び方も充分インパクトはあんのに、ビックバン・カナディーナが強すぎる。太陽神カナデの進化形か何か?暫くは頭から離れなくなりそうだ。


「だったらすぐ突っ込みゃいいだろうが!!」

「アカンなぁ……さっきから黙って聞いとれば、ホンマに何も分かってへんのな。その頭ん中には何を入れてるん?味噌カツ?」

「エセ女、言いたいことがあんならさっさと言いやがれ!!」


 和服の美人さんが呆れた様子で大男を見遣る。何やら簡単には学校に突入出来ない理由があるらしい。

 で、なんなんですかそれは?俺も全く分からないから教えて下さい。本当に何もかもが分かってないから。赤ちゃんみたいなもんだから。


「……中……異常……」


 ツギハギだらけのぬいぐるみをギュウッと強く抱き締めながら、ゴスロリの女の子がぽそりと呟いた。

 結構小声のはずなのに何で俺にちゃんと聞こえてるんだろうか。まあ、そこは深く考えないことにしよう。この程度の現象はもう不思議にも入らない。


「だね。きっと大量のクシミニウムで凄いことになってるよ」


 俺と同世代だろうセーラー服の女の子が、真面目な顔で頷いている。どうやらそういうことらしい。なるほどな。クシミニウムが原因か。確かに校内がとんでもないことになってたし、これは納得だ。

 いや…………おい待て。待て待て。え、クシミニウム実在すんの?!本当にある物質なの!?俺は適当に言っただけだぜ!?


「ここに計測機器があるよ。測ってみることにしようか」


 仮面男がマントの下から専用の機械らしい何かを取り出し始める。それは片耳に装着するタイプの物でレンズの色は緑色で…………ダメダメ!それダメ!それは絶対に使っちゃダメ!怒られるやつ!戦闘力測るやつだから!


「おっと間違えた。こっちだね」


 全貌が見える前にそれをしまい込んで、代わりに出してくれたのはピストルにも似ている形の機械。ピッと測るタイプの体温計を想像してくれればいい。アレとほぼ同じだ。

 はぁ……危なかったぁ……流石に実物を持ち出したらNGだからな。色々と引っかかるよ。きっと面倒なことになる。


「じゃあ測っ」


 仮面男がピッとボタンを押した瞬間にチュドーン!とその装置は盛大に爆発した。真っ白な爆煙が周囲を包み込む。

 いや測定から爆発するまでが早すぎるだろ。そこはピッチュドーンじゃなくてピピピピピボンッ!だろ。一拍は置いてくれよ。まだ仮面男さんが喋ってる途中でしょうが。


 爆発の影響でパラパラと小石が雨のように降り、三十秒ぐらい経ってから煙が晴れていけば、


「……………」


 クレーター状に窪んだ爆心地の中央で仮面男は倒れていた。や、無茶しやがって……。


「さ、佐藤さん!」


 セーラー服の女の子が仮面男に慌てて駆け寄り、その身体を揺さぶっている。

 あ、仮面男って佐藤さんなんだな。エリックとかそういう外国名じゃないんだね。ガッツリ日本名なんだね。


「こんなのって酷すぎる……!よくも……!」


 よくも、何?その責って俺にくるの?何で刀の切先を学校に向けてるの?

 俺何かした?佐藤さん勝手に自爆しただけだよ。


「……喧嘩ばっかしてたけどよ……嫌いじゃなかったぜ……」

「……RIPや…………」

「……諸行無常……」

 

 え、佐藤さん死んだの?初の死者が出ちゃったの?

 

「……心配すんじゃねぇぞ!お前のかたき討ちもあのお方の救出も……全部この俺様がやってやるからよぉおお!!!」


 怒りで大男がパワー全開になってる。ハゲの筋肉ムキムキがオーラをバリバリさせてる。嫌でも頭の中にとある人物が浮かんでくるわ。

 そんですんげぇー八つ当たり。二つとも無関係なのに、二つとも俺の責任になっちゃってる。


「無茶です細木ほそきさん!一人で行ったら!」


 へえ、あの大男は細木って言うんだな。俺はてっきり那覇とかだと……って、ヤバっ!突入なんてされたらギャグで済ませらんねぇ!あんな筋肉ダルマに殴られたら死んじまうっての!もっと陰に身を隠さないと!


「………んぅ……」


 俺が体勢を変えようとしたらビックバン・カナディーナが腕の中でモゾモゾと揺れ動く。あ、間違えた。櫛宮さんだった。佐藤さんに影響されてた。

 てかそろそろ櫛宮さんは起きようよ。君がこの騒動の中心の固い芯なんだよ。一人犠牲が、


「……ぬわああああぁぁぁ……ぁぁぁ……!!」


 急に一階の昇降口から聞こえてきたのは、悲鳴にも似ている怒号。救急車のサイレンみたいに徐々に遠くなっていく。

 …………二人犠牲が出てるんだから起きてくれよ。


「……クシミニウム……危険……」

「ホンマやな……」

「……そんな……細木さんの奏耐値そうたいちは4000以上……なのに、あんな一瞬で……」


 おい、知らない単語が出てきたぞ。何それ?


「先ほど佐藤さんの使用したカナデターは理論上は5万以上測定出来るはずですから、……つまりは、……」

「ご、5万オーバーやと……」

「………無理難題……」


 …………もう触れない。ツッコミなんて入れない。キリがない。


「……だけど、私は……奏さんを助けたい……!出来ないからってやらない理由にはなりません……っ!!」

「…………一ノ瀬……」

「………………」


 はー、もうかなり寒い。腹も減ってきたし、買ってきたパンでも食べるか。


「でもな、一ノ瀬……分かっとるやろ?あの中はもう魔境や。一度入ったら最後、二度と出てはこれんやろうな」

「……濃度5万……理論上……異常空間、可能性……」


 カレーパンにするか。いただきまーす。お、冷たいけど美味いな。


「……それでも、私は行きます……いかなきゃいけないんです……!それが私の使命だから……!」

「………………一ノ瀬……」

「…………把握…………」


 一緒にお菓子も食べちゃおっと。色の似てるチョコとカレーパンを食い合わせて……おお、斬新な味だ……!


「でもお二人を付き合わせるわけには……」

「今さら何言うとんねん。生まれた時は違くても死ぬ時は一緒や」

「……桃園……誓い……」


 …………はぁ、何か勝手に決死隊を組んでらっしゃる。話を聞いてる限り放置しても大丈夫そうなんだけど、寝覚めは悪いよなぁ……これは。

 というかやっぱアレ空間に異常出てたんですね。俺の奏耐値ってのが5万を優に超えてるのは分かった。それが分かっても何に使えるかってのは知らないけどよ。


「……く、力強っ……」


 あの三人が無理に突撃をする前に、俺は抱きついている櫛宮さんをどうにかこうにか引き剥がす。

 そうしたら次は櫛宮さんを椅子に座らせていく。それを影から支えながら、櫛宮さんのスマホの指紋認証を解除。


「えーっ、……二階の窓を照らしてください……と」


 そんな内容のメッセージを刀矢さんにまずは送る。

 即座に既読がついたと思えば、


「二階を照らせえぇええ!!!」


 と大音量。

 あー、あのメガホンの女の人が刀矢さんだったんですね。

 今日だけで俺は何人の人の名前を聞いたんだろうか?

 俺は殆ど覚えていないけど、…………キャラが多すぎたってのは覚えてる。


「うお、……凄い光……」


 ヘリのライトが教室の中を明るく照らした。

 俺は櫛宮さんの背後で身体を小さくし、隠れるのに徹する。気分は名探偵。


「か、奏様……っ……!」

「……奏さん…………!」

「……アカン……涙が……」

「…………美麗……」


 当然ながら外の様子は俺からは見れないが、涙を流しながら皆が平伏してそうなのは良く分かった。


 んー、『寝てました。わたしに免じて許してください。後まだ一人でいたい気分なんです。わたしがまた次のメッセージを送るまでは放っておいてください。お願いします』と、これを送ればいいだろ。

 櫛宮さんに免じさせて、お願いまでさせたら、勝てないわけが無いんだ。


「さっさと全員離れんかああああ!!!奏様からのお願いだあああああ!!!!」


 おおー……想像以上の効果を発揮してる。櫛宮さんが指揮を取れば寡兵でも余裕で大軍に勝てそうだな。スパルタ軍以上に命知らずの集団になりそうだな。

 

 五秒もしない内に付近一帯から人の気配も何もかもが消えて、明かりも消えて、田舎の高校の真っ暗な教室に元通り。


「…………クシミニウムの除去作業って、俺に出来るかな……?」


 このまま校内の異常を放置しては死屍累々ししるいるいになるのは明白。さっきの細木さんの二の舞を全員に演じさせてしまうのは気が引ける。


 櫛宮さんを椅子に放置……はせずに背負ったら、校舎内の巡回に入る。夜の学校は俺一人なら絶対に歩けない。

 でも櫛宮さんがいればオバケにも勝てると思うので、それはそれは安心感が違った。


 後はクシミニウムを除去する方法を俺は歩きながら考える。大気に漂っているのなら触って取り除いたりは出来ない。触れられないものは物理的には解決し辛い。

 でも科学的な方法を探るには頭が足りない。物理的な方法を頑張って探すしか俺には残されていない。


 そして、一つの作戦を思いついた。

 

 それはですね、えーとですね…………吸引です。

 俺の身体に取り込むしか方法は無いと思った。幸運なことに俺の身体は櫛宮さんへの耐性がある。なら俺の臓器で濾過ろかしていくしかないだろ?


「すー、はー…………すー、はー……」


 櫛宮さんを背負いながら、クシミニウムを積極的に摂取していく。凄い……変態的な絵面だった。やってる最中は、まあまあ死にたくなった。


 約一時間後、全ての作業を俺は完遂した。

 二階は本当に激戦区だったよ。空間が歪むほどのクシミニウムを俺は摂取し続けたんだ。マジ頑張った。褒めて欲しい。誰も見てないんだけどよ。


 で、眠り姫の櫛宮さん何だが、その作業後にやっと起きてくれた。

 俺が背負っている時に起きたので、状況を全然理解出来ていないようだった。すぐに顔を真っ赤にして、何度も何度も謝られた。そりゃ恥ずかしいよな。

 何も覚えていないらしいので、適当にそれっぽいことを言って、はぐらかしておいた。

 

 俺が学校をこっそりと抜け出した後に刀矢さんにメッセージを送って貰って、今はようやく帰宅中ですよ。

 はぁ、疲れた。無事に切り抜けられて良かったぜ。

 

 …………そしてさ、何だかさ…………身体が、強くなった気がするんだよね……。

 櫛宮さんを背負ってるのに、途中からは重さを何も感じなくなってたんだ。疲れもしなくなっていた。


 昇降口に転げ落ちていた細木さん。2メートル以上の身体にとんでもない筋肉量、100キロ以上は余裕であるだろうその巨体を……俺は、櫛宮さんを背負いながら……簡単に、片手で持ち上げられたんだ。何でだろう?何でだと思う?

 俺はね、クシミニウムの過剰な摂取で……何か異変が起きたんじゃないかと……不安になってる。


 なあ、今の俺って…………人間なのかな。

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