人生の瀬戸際に今いるらしい

『オギャー!オギャー!』

『おめでとうございます!無事産まれましたよ!』

『……この子が、私の……小さい……』

『はい!とっても元気な男の子ですよ!』

『…………無事に産まれてきてくれてありがとうね……』

 


『いいかぁ浩二?お前もあと少しでお兄ちゃんになるんだぞ。そのへん分かってるか?』

『分かってるよ!あーはやく会いたいなー!』

『それも双子だ。一気に二人も下に出来るんだ。本当に大丈夫か?』

『大丈夫!任せといて!』

『はは、頼もしいな』

 


『探し物か?手伝ってやるよ』

『はぁ?変なやつだな……普通こういうのって放っとくだろ』

『変なやつで悪かったな。生まれつき好きじゃないんだよ。何ていうか、……多数派が』

『何だそりゃ……。お前、名前は……?』

『俺は平沼、平沼浩二。で、無駄にモテるせいで同じ男にまで仲間外れにされてるっていう君の名前は?』

『荻原……荻原健一』

 


『ふぅ……ここまで来ればもう追って来ないだろ』

『…………はぁ、はぁ……』

『あ、大丈夫?水でも買ってこようか?』

『はぁはぁ……いや、大丈夫だぜ。てかありがとな!!超助かったっ……!!』

『気にしなくていいよ。それに絡まれてる女の子を助けられたってだけで、俺のレベルが上がった気がするし』

『……俺……男だぜ……』

『…………えっ』

 


『櫛宮さん、俺と友達になってください』

『……はい、喜んで……っ!』



 ――――うおぅっ!?今のって走馬灯!?

 

 何てこった、脳が生命の危機を感じすぎて人生最期のスライドショーまで勝手に上映しやがった。様々な過去の情景が俺の頭を一気に駆け抜けた。今のでも大分割愛したぐらいだ。本当に色んな思い出達が走っていった。


「繰り返すぅう!!!さっさと奏様を解放しろおぉお!!!今なら市中引き回しの上、打ち首獄門で済ましてやるぞおおぉお!!!」


 おい待て、今ならって何?その言い方だとそれ以上があるってなるんだけど嘘だろ?


「かーっ、これは夢だな」


 この非現実的な見た目しといて本物というタチの悪い現実を受け入れたくなさすぎて、自分の頬を指で強めにつねってみる。普通に痛かった。ダメージを無駄に喰らっただけだった。

 

 おおお、おち、落ち着け、落ち着け。何もしてないだろ。犯罪なんて俺は何も起こしてない。俺は無罪だ。この国は法治国家だろ?法を犯してない限り逮捕なんてされないんだ。これで捕まったとしたら完全な不当逮捕に当てはまる。


 てかあれだ。櫛宮さんさえ起きてくれれば逆転サヨナラ満塁ホームラン。万事解決するんだ。至って簡単な話じゃないか。

 だから大きく揺さぶって、必死に声をかけて、俺は櫛宮さんを起こすことに尽力する。


「櫛宮さん!櫛宮さん!起きて起きて?!」

「むにゃ、……ふぁ、……すぅ……」


 駄目だ。めっちゃ揺らして、耳元でまあまあ叫んでるのに全然起きない。

 外から聞こえる大音量のメガホンボイスを浴びても櫛宮さんは一向に起きてくれはしない。むしろこれも怖い。そんなに疲れてんの?一回仕事休も?


「ここまで言われても性懲りも無く罪を重ねるつもりかぁ!!!この凶悪犯があああ!!!!」


 重ねるどころかまず土台がねぇんだよ。地盤となる罪がねぇんだよ。善良な一般市民なんだよ俺は。

 

 くそ……こうなったら手段を選んではいられないか。力技で解決するしかない。櫛宮さんゴメンな。少し痛いかもしれないけど、俺は君の頬を叩かないといけないみたいだ。


「ゴメンよ櫛宮さん……っ!」

「…………くぅ、すぅ……」


 手首を軽めにしならせて、櫛宮さんの頬に目掛けて振り下ろそうとしたら、


「いづっ……!?」


 机の上に置いてあったはずの空き缶が、俺の後頭部に思いっきり当たった。同時にカコーンと小気味のいい音が鳴り響く。途端に視界が霞んだから、涙が出てるんだと思う。かなり痛い。


「…………??」


 コロコロと遠くへと転がっていく缶。周囲を見渡すが当然誰もいない。

 なら偶然か?たまたまか?奇跡的なタイミングだったのか?いや、違うな。


「……過保護すぎだろ」


 これが世界の因果か。櫛宮さんに危害を加えるのは許されないのかよ。神に愛されすぎだ、ちくしょう。


「物理攻撃は危険、かと言ってこのままだと起こせない。……あー、これは」


 詰みだ。どう動いても王が取られる。

 この絶体絶命を突破するには櫛宮さんという最強の駒を使うしかないのに、肝心の櫛宮さんが眠ったままではどうもならない。駄目だ、絶望的だ。


「……すぅ、すぅ……んん、……」


 だが少なくとも、射殺ってのはされないな。櫛宮さんが物凄く抱きついてきているお陰で、今の俺の防御力は最強と言っても過言じゃない。何故ならこの装備は物理攻撃を無力化出来る。ストーリークリア後に貰える隠し装備にも等しい、環境破壊のブッ壊れ。


「……ふぅ……」


 何か逆に落ち着いてきた。多分、プレッシャーが一周を回ったんだと思う。頭が冴えてきてる。

 とりあえず櫛宮さんを離さずにさえいれば俺の命は確保出来るんだ。何も難しい話じゃない。この状態を維持しつつ打開策を考えよう。


 そうだ、まずは敵側の情報を手に入れるべきだ。今この現場がニュースで中継されているのは確実。

 もしかしたら相手の配置がメディアで垂れ流しにされてるかもしれない。


 思い立ったらすぐ行動。某動画サイトを開いて櫛宮さんと検索してみれば出るわ出るわ、リアルタイムで配信中のアカウントの群れ。

 さぁて、どの局の公式チャンネルで見るとしようか……ちょっ、えっ?日本以外でも中継してるの?知ってる国から知らない国まで、世界各国でこれが堂々のトップニュースとして扱われているようだ。

 しかも普通にスタジオからの一般的な中継とかならまだしも、国家元首らしき人達が総じて深刻そうな顔をして記者会見的なのを開いたりまでしてやがる。いやーまるで宇宙人が地球の侵略を始めた初日みたいですね。


 なあ…………伏線の回収が早すぎるって。確かに世界を敵に回してもとかそういうの言ったよ?認めるよ。でもさ……冗談じゃん。例え話に決まってるだろ。誰が本気で世界を敵に回して戦うってんだよ。


「……くぅ、………んぅ…」

「呑気な顔で寝ちゃってまあ羨ましい」


 冗談抜きに櫛宮さんはバトル漫画の世界でもこの調子で何もせずに勝利を重ねられそう。世界の加護が強すぎる。守護霊とか名だたる偉人が勢揃いしてるんじゃないか?規模がちょっとした軍隊になってるんじゃないか?

 それに比べ俺は何もかもに見放されてるとしか思えない。運が無さすぎる。一昨日まで普通に生きてたのに人生の難易度が急に上がりすぎだ。運営の調整下手すぎかよ。


 けどだからって、諦めてたまるか。活路はきっとまだどこかに残っている。それを見つけ出すんだ。絶対に戻ってやるからな、あの平凡な日々に。


 心構えも新たにして、中継映像に目を通す。

 櫛宮奏、音信不通。世界が混乱。みたいな感じのテロップが出ていた。

 その混乱の元凶は普通に今ぐうすか寝てるだけだから、世界よ存分に安心しろ。少しは落ち着け。


 近隣住民へのインタビューまでしている。見知った顔が何人かそのインタビューを受けていた。というか俺の家族も出ていた。走馬灯の次はここで再会すんのかよ。

 なあ、息子の心配は無しか?お兄ちゃんの心配は無しか?俺もまだ帰ってないんだぞ?


 あとこれが一番大事なんだけど、包囲網がガチガチのガチすぎる。蟻の一匹すらも通れなさそうだ。ここは鳥取城だったのか?

 その上、更なる増援が来るらしい。特殊な部隊が来るらしい。こういう非常事のために存在する専用の特殊部隊が現場に投入されるらしい。


 もう意味が分からないって。俺の知ってる世界はこんなんだったか?二ヶ月前はこんなんだったっけ?並行世界の俺とどっかのタイミングで入れ替わったりしてないか?そういうSF展開じゃあるまいか?


「何か、何か……無いのか、手は」


 櫛宮さんが起きていなくても、起きていることに出来る手があれば…………は、そうだ。一つあるじゃねぇか。この場面を突破する唯一の手が。

 すぐさま俺は櫛宮さんの身体をまさぐっていく。あ、いや健全にだよ?そういう手つきじゃないから。捕まるんならいっそその前に、みたいなゲスの考えでは無いから。

 ポケットなどの物が入っていそうな場所を重点的に確かめるように触れていき、やがて俺の指に伝わる固い感触。あった。見つけたぞ。

 その固い板状の物を抜き取る。ビンゴ、櫛宮さんのスマホだ。連絡先を交換した時のとは違うので、こっちは仕事用のに違いない。

 

 これのロックさえ解除出来れば……頼む、パスワードでは無くて指紋認証であってくれ。そう願いながらスマホを開くと……おお、神は俺を見捨ててはいなかった。これは紛うことなき指紋認証。思わず出てくるガッツポーズ。

 後は鬼電の正体である刀矢とうやなる人物に『ゴメンね!うっかり寝ちゃってた!わたしに免じて許してね!テヘペロ☆』みたいな内容のメッセージを送れば、勝てる!


 盤上を引っくり返す逆転の一手。それを打たんとした瞬間に、外の雰囲気が変わった。空気が変わった。

 ゾワリと全身の肌が粟立あわだち、心臓を鷲掴みにされているような冷たい感覚に襲われる。これは殺気だ。それも滅多には味わえない、本物の。


「覚悟しろ極悪人!!!ここからは楽に死ねるとは思うなよぉおお!!!」


 一体何が起きてるんだ?俺はヘリのライトに気を付けながら、また窓の外にチラリと目を向ける。

 スポットライトにも似ている明るく照らされた場所、良く目立つ位置に五人の集団が立っていた。


 一人は2メートル以上は普通にありそうな筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 一人は棒のように細長く、黒いコートやマントを身に纏い、白い仮面で顔を隠している怪人みたいな奴。

 一人は扇で口元を隠している、和服姿の妖艶な美人さん。

 一人はゴスロリチックなモノクロの服を着ている小学生くらいの女の子。ツギハギだらけのクマのぬいぐるみを抱いている。

 一人は刀を持ってる以外は何の変哲もないセーラー服の女子高生。多分だけどあの子が一番強い。相場で決まってる。


 な、何だよあの……バトル漫画にありがちな謎の集団は……ああいうのってほのぼの日常系ラブコメには出てこないタイプだろ、ふざけんな。

 アレが噂の特殊部隊?特殊が過ぎるだろ。もはや特殊を通り越して特異、異能系になってんじゃねぇか。

 何?俺はここから櫛宮さんを巡って世界の裏で巻き起こる闘争の日々に身を投じていく……的なストーリーに突入していくんですか?ギャグテイストの作品が途中からバトル漫画にシフトしていくという王道の打ち切りパターンに入っていくんですか?

 それだけはやめてくれ。俺がついてかれなくなる。既についてかれてないけど、更についてかれなくなる。


 なあ誰か助けてくれ。この世界は何だかおかしい。まともな人間が一人もいないんだ。全員どうかしてるんだ。

 

 そして一つだけ言えることもある。


「……ふへ……、すぅ……んぅ……」

「…………はぁ、……」


 理不尽にこんな窮地に陥ってるというのに、櫛宮さんとの友人関係を断ち切ろうとする気持ちが微塵も湧かない俺が、きっと一番まともじゃない。

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