映画撮影に参加してるらしい

「――であるからして千六百年に関ヶ原の戦いが起き、であるからして東軍が勝利を収め、であるからして」


 待て待て。であるからして乱用しすぎだろ。

 一文に一つ入れないといけない縛りプレイでもしてんの?

 であるからしての使い方間違ってるってば、であるからして、そんな使い方しちゃ絶対駄目だって。


「であって徳川家康が……えー、であってだな、であるからしてであって、であって石田三成であって」


 おいおい。であってまで混ざってきちゃったよ。

 であるからしてとであってが奇跡のマッチング。

 この両者は同じリングには上がれないと思ってたが、俺も日本語の勉強がまだまだだったな。精進しないと。

 

 やれやれ。映画撮影だからって緊張しすぎじゃないか、壬生みぶ先生。

 一番後ろの席に座ってる俺からでも過度の緊張でカチコチになってしまっているのが手に取るように分かる。動きからしてぎこちない。ビット数が足りてない。というか声がうわずってる。

 我が担任のあんまりな姿に教え子である俺はとても悲しくなってきた。見ててソワソワしちゃう。もう変えてあげようよ。可哀想だよ。羞恥プレイだよこんなの。


 はぁ……どうして先生役という結構な大役を現地調達しようと考えたのか。出来るものなら今すぐに監督さんを呼びつけて、嫌味な小言を言いながらネチネチと問い詰めてやりたい。あなたは壬生先生のあの姿を見て良心は痛まないのかと。

 150にも満たない小柄な壬生先生がただでさえ小さく見え、吹けば飛んで壊れそうなぐらいに頼りない。いつもは元気にそびえているアホ毛もすっかりしなびてしまっている。庇護欲を誘う小動物になっている。


 一話から名前が出ていたのにそこからすっかり音沙汰なし、ここにきてやっと巡ってきた出番だというのにこんなのはあんまりだ。って、一話って何?

 というかこんなハイペースで新キャラ出してたら皆がついてこれなくなるだろ。って、皆って誰?

 あ、ちなみに俺がもう既についてかれてないです。あの四人の名前すらもう覚えてないです。

 えーっと何だっけ?さっき聞いたばかりなのに断片的にしか思い出せない。

 タイムマシンに乗って五千年後のそこの板の上で俺とバスケやろうぜ!みたいな感じだったってのは覚えてるんだが。

 まあ、そんなことはどうでもいい。


 てなわけで、だ。遂に映画の撮影が幕を上げた。

 今俺は絶賛エキストラ中。ボーッとしている真っ最中。あまりに暇で五里霧中。イエー。

 えー手元のノートを見ていたら、エキストラという文字を並び替えるとストライキになるという驚愕の事実に気付きました、平沼浩二です。世紀の大発見です。

 ゴメンなさい嘘です。それだと単にストラエキ。


 ……………………………………


 あーーー暇だ。暇なのは嬉しいが、とっても暇だ。

 何の目的も無く授業を受けるフリをするだけということが、ここまで退屈なものだとは思いもしなかった。

 ラッパーみたいに韻を踏んでみたり、馬鹿みたいなことを考えてしまうぐらいには暇だ。

 

 まず第一に俺の方にカメラを向けられる気配が一切ない。

 それはむしろ嬉しいんだけどさ、……自分自身の存在価値が分からなくなっている。俺いらなくない?

 正直、カメラが櫛宮さんとあの四人以外に向くとも思えない。てか今んとこ櫛宮さんしか映してなくない?

 クラス全員分のエキストラはいらなかったろ。廊下側の席は絶対いらなかったろ。窓際だけで良かったろ。

 もう抜け出そうか、ストライキしようか、本気で俺は迷っている。

 

 それでもどうにかその気持ちを抑え込もうと、暇を潰す目的でバレない程度に横を向き、撮影風景を眺める。大層なカメラの向こう側にいる櫛宮さん。

 京が言っていた全員の席とやらを起点に位置しているそのカメラは何だかゴテゴテとしていて、光学機器というよりも殺戮兵器と呼んだ方が似合う気がした。車上のガトリングガンみたいになってる。

 多分あれだろ?櫛宮さん専用カメラだろ?大体もう傾向が分かってきたんだよ。普通のレンズとかで撮ると光り輝いて真っ白に写ったりするに違いない。100ポンド賭けられる。


「――――――」


 櫛宮さんが何かしらの台詞を言っているみたいだが、離れてるせいで上手く聞き取れない。であるからして、であって、とかいう呪文しか聞こえてこない。

 あれ放っといていいの?撮影の邪魔にならない?

 ま、櫛宮さんさえ映しとけば嫌でも大ヒットになるんだろうから、問題にもならないんだろうけどさ。


 にしても、こうやってじっくり見てみると分かるが……櫛宮さんってマジで……


「綺麗だなぁ……って思ってんだろぉー?」


 気づかぬ内に振り返っていた京がニヤニヤとした顔で俺を見ていた。不覚にも(以下略)

 人の心を勝手に代弁しやがって……お前まさかエスパーか?ならこいつはどうだ?俺の心読み取ってみやがれ。


「なあ、何その気持ち悪い顔?」


 なーんだ、やっぱりエスパーじゃなかったのか。

 

「お前って可愛いよなぁって思ってさ」

「クソ気持ち悪いこと言ってんじゃねぇーよブッ殺すぞ」


 そんな害虫を見るような目で俺を見るなよ。人に向けていい目じゃないぞ。

 あと拳を固く握んなよ。撮影中だぞ?冗談だってば、半分ぐらい。


「撮影中だ。前向けよ」

「おしゃべりのない授業のが不自然だろ。むしろよりリアルにするための俺なりの演出だぜ」


 確かにそう言われたらそうだな。

 全員が背筋を伸ばしてピシッと真面目に授業を受けてる方が不自然か。


「にしても負けて良かったぜ。ここなかなか良い席じゃねぇーか」


 カメラ目線の櫛宮さん。顔の向きは当然横にいる俺達の方を向くわけで、京が満足そうにそんなことを言っている。

 現在櫛宮さんの膨大なオーラを一身に浴びているカメラのレンズ、その頑張りを俺は讃えてやりたい。ナイスファイト。


「あんま見すぎないようにしろよ。所詮俺達は背景なんだから」


 例え雑談までが許されたとしても、メインキャストの邪魔になることは俺達モブには絶対に許されない。

 特に櫛宮さんの演技に1ミリでも影響を与えた日には目も当てられないね、過激派に殺されかねないよ。


「もちろん分かってるぜ。生の櫛宮さんばっかり見てたら目が肥えて仕方ないし、定期的に中和しとかねぇーと」

「おい、俺で美的感覚のチューニングすんな」


 京が俺の顔をまじまじと意地の悪い顔で見てくる。不(以下略)

 ったくよ。俺の顔はチューナーじゃねぇって、全く失礼しちゃうわ。代わりにチューしちゃうぞ。なんちゃって。…………本当に冗談だってば、九割くらい。


「なぁ櫛宮さん以外映すこととかあんの?映画見たことないから俺分かんない」

「あるに決まってんだろ。こんぐらいあるぜ」


 京が人差し指と親指をほんの少し開き、作った隙間は3センチくらい。


「櫛宮家のホームビデオでも上映しとけよもう」


 櫛宮さんを酷使しすぎだ。昔の甲子園かよ。肩壊すぞ。一人で投げ抜く時代は終わってんだよ。制限してやれ。


「あ、そういやさっき俺はとある大発見をしたんだけどよ」


 稚拙ちせつな落書きが書いてあるページを捲り、白紙のページをトントンとペン先で叩く。

 今の俺はきっと悪い顔をしている。そもそも良い顔をしている時があるかどうかは別にして。

 

「あ、何をだよ?」

「仕方ないな。特別に教えてしんぜよう」


 サラサラとペンを走らせる。まずはエキストラと書いた。


「これをこうするとだな」


 その五文字をアナグラム的に解いていく。エの時だけミスディレクションを用いてさりげなくイに変える。

 そうしたらあら不思議、エキストラがストライキに変わっちゃいましたね。


「うおおおおっマジかこれっ」


 騙されていることにも全く気付かず、京は驚いている。素直に感動してくれている。

 コイツ本当に運も悪いし騙され易いしで、お父さん心配だよ。


「まあ、嘘なんだが」

「嘘かよ!?」

「落ち着け。撮影中だ」


 危ない危ない。中断されないぐらいの声量で良かった。

 櫛宮さんのシーンで撮影を中断させるなんて大罪に問われかねない。極刑まで普通にありえそう。


「また騙したなこの野郎……っ」

「人聞きが悪いな。俺がいつお前を騙した?」

「スイカの種を飲み込むと胃の中で成長するとかっ、カツオは成長するとマグロになるとかっ、日本の駐車場市場は全部月極つきぎめってグループが独占してるとかっ」


 見事にすぐ分かる嘘ばっかで逆に俺が驚くわ。五歳児でももっと疑うぞ。


「他にもカバが実は泳げねぇーとかっ」

「それは本当だ」

「え、マジなのか?」

「ああ、それに限ってはな」

「へー……マジか……カバって泳げねぇーのか……」


 これに関しちゃ本当なんだけど、嘘だったとしても簡単に丸め込めそう。大丈夫かよ。心配だよ。


「京、何かあったら言えよ。絶対に助けてやるから」

「な、何だよ急に……?」


 ガシッと肩を掴んで俺が真面目な顔でそう言うと、京は困惑気味に首を傾げた。(以下略)

 俺が守護まもってやらねぇと。


「――――――」


 その後も、櫛宮さんの方をチラチラとたまに見たりしながら、京とヒソヒソと会話をしてエキストラの時間を過ごした。

 何だか、違うルートをひた走っているような気がした。一番進んじゃいけないルートな気がした。致命的なバグが起きてる。修正パッチください。リリース直後のバグはキツいって。


「今日の撮影はこれで終了です!お疲れさまでしたぁー!」


 そんなこんなで一時間弱の撮影が終わりを告げて、最初で最後のエキストラの仕事を俺は全うする。

 隣の教室に戻り、我が校の制服に着替えている間に、ピロンとスマホが音を立てた。

 多分、櫛宮さんからだ。壁際で隠れるように画面を覗く。


『わたしってば気が利かなくて本当にごめんなさい!撮影で平沼くんも疲れてるだろうし、それに予定だってたくさんあるだろうから、この後の話は無かったことにしていいからね!お疲れさま!』


 …………あのー、俺なんかしたっけ?

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