今をときめく有名人達らしい

 白熱しているジャンケン大会。

 三十人を超える大人数でやってるせいで決着は中々つきそうにない。グーチョキパーの三通り、一つでも被ればあいこになるんだから無理もない。

 

 てかさ、普通こういうのって幾つかのグループに分けるだろ。アホなのか。そのやり方だと永遠に終わんねーよ。一生ジャンケンだけをやり続ける生き物に成り果てるわ。


「くっそおおお!負けちまったあああ!!」


 と思っていたら、なんと一人脱落者が出たらしい。

 ソイツは京だった。握り拳を押さえて、悔しそうに叫んでいる。

 いや一人負けってお前……どんな確率?お前だけグーで後全員パーだったの?凄いな、逆にツイてんな。

 

「ちっくしょう!やってらんねぇーぜ……!」

「ドンマイ」


 ドスンッと大きな音を立てながら、俺の前の席に京が乱暴に座った。


「くそぉ……!櫛宮さんの近くに座りたかったぁ……!」


 俺の方まで心が痛くなりそうになるぐらいの落ち込みぶり、ずーんという擬音まで聞こえてきそう。


 そんなに櫛宮さんの近くに座りたかったのか。

 ここで俺が、ああ櫛宮さんなら昨日俺の前に座ってたよ、とか自慢げに言ったらどうなるんだろうな。少し気になる。

 まあ……絶対に言わないけどよ。命は惜しいし。


「そう気を落とすなよ。チャンスはまだまだきっとあるさ」

「ぐす、だといいけどよぉー……!!」


 うお、ベソかいちゃってる。京さん半泣きだ。

 その格好で瞳を潤ませられると俺が困るんだが。謎にドギマギしそうだ。

 逃げるように視線を水平に移動、櫛宮さんの方をチラリと覗き見る。

 

 本番前の緊張を落ち着かせているのか、それとも物思いにでも耽っているのか、櫛宮さんは窓の外をずっと眺めていた。俺の勘的には後者っぽい。何か悩みでもあるのかな?

 美しさの中に憂いの混ざっているその後ろ姿からは、深窓の令嬢的な雰囲気が漂っている。

 

 ハブるって行為は集団から個人に対してのみ行われるものだと思ってたが、どうやら違ったらしい。櫛宮さんから全員がハブられている。

 共演者ですらおいそれと話しかけてはならないようだ。昨日の監督さんのあの態度にも納得。


「あの席、誰が座るか見ものだな」


 ジャンケン大会の優勝賞品は絶対に櫛宮さんの真隣の席だ。あの場所に座ることこそが全員の悲願に違いない。疑いようがない。


「いやあそこは全員の席だから誰も座れねぇーだろ」

「え、マジでどういうこと?」


 何だそれ?全く意味が分からない。何かの哲学?


「はぁー……お前ってほんっとうに何も知らないのな」


 京がやれやれと肩を竦めて、呆れた様子で俺を見てくる。本当に一体なんだってんだ?


「じゃあ聞くけど、お前この映画の主人公は誰と誰だと思ってんの?」

「誰と誰って……櫛宮さんと、あの二人の内のどっちかだろ?」


 恋愛ものなのはまず間違いない。タイトルが青春スポ根系のものじゃなかったからな。

 なら櫛宮さんと誰かが結ばれるラブストーリーと考えるのが妥当だ。

 その場合、あの二人のイケメンのどっちか何だろうけど……雑草ってのは腑に落ちないが、王道的に考えると金髪の方か?少女漫画の王子様って感じがするし。


「ブッブー、残念。正解は俺でしたー」

「は?」

 

 京が手をクロスさせてバッテンを作った後に、胸を張りながらドヤ顔でそう宣う。不覚にも可愛い。されど男だ。

 

「まっ正確には俺たち、だな。不本意だけどよ」

 

 いやいや、俺達はただのエキストラだろうが。背景に過ぎねぇよ。演劇でいったら茂み役だよ。中学時代の俺の役だよ。あれは楽だった。途中寝てたもん。


「……あのなー……天下の櫛宮さん何だぞ?その辺の俳優か誰かとラブなシーンを撮ると思うのか?イチャイチャさせると思うのか?」


 まだ要領を得ていない俺に対して京は深い溜め息一つ、そして常識的なマナーを言い聞かせる時のように淡々と言葉を紡ぎ始める。


「世間がそれを許すと思うのか?櫛宮さん相手に対するそんな不埒な行いを許すと思うか?」

 

 その平坦な口振りが段々と熱を帯びたものに変わっていき、


「国が!世界が!銀河が!許さないに決まってるだろ!!許すわけがないぜ!!」


 加速度的にヒートアップして、


「手なんか繋いだ日には万死に値するってもんだ!!ブッ殺してやる!!家畜の餌にしてやる!!この手でズタズタに引き裂いてやる!!」


 最後には怒号に変わっていた。背中には火柱まで上がっている。焼き芋が作れそうなぐらいの火力だ。

 こえーよ。俺もう万死に値してるじゃん。バレたら家畜の餌じゃん。八つ裂きじゃん。国家転覆企てた奴への所業じゃん。


 でもなるほどな。そういうことか。確かにそうだよな。

 海外とかで悪役に選ばれた人がリアルでも過激なファンに嫌がらせを受けたりするって話を耳にしたことがあるし、櫛宮さんとそんなシーンを撮ったら普通に相手役の俳優に命の危機が出てくるか。


「つまりは櫛宮さんの出る映画は全部俺達の目線で進み、主観になってるってわけか?」

「ああ、んなの常識だぜ」


 だから映画のタイトルにも必ず君ってワードを入れてるんだな。どれもこれも一人称っぽいと思った。納得。


「じゃあ、あの四人の役割は?」

「俺たちの友人枠だな」


 え、あの人達ってギャルゲーでいえば好感度教えてくれるお助けキャラなの?

 そう言われたら無駄に容姿が整ってるのもそれっぽい。地味に人気が出て、リメイク版でルートが追加されるタイプだ。


「でもよ、あのお方達も結構人気なんだろ?」

「結構なんてもんじゃねぇーよ。全員トップオブトップだぜ」


 京は呆れ散らかしながらも無知な俺に説明をしてくれるようで、まずは金髪の方を指差した。


桜屋敷さくらやしきあゆむ。ちり紙からタイムマシンまででお馴染みの桜屋敷グループの御曹司様だ。そして人気アイドル。ムカつくぜ」


 典型的な王子様タイプね。趣味は乗馬かな?白馬に乗ってそう。

 ……てか、タイムマシンまで作ってるの?ロケットじゃなくて?流石に盛ってるだろ。

 

 次に背の高い短髪の方を京は指差す。


松倉まつくら義隆よしたか。186の高身長でスポーツ万能。元々は強豪バスケ部のエースで、大会でのインタビューでテレビに出たところ人気爆発。そのまま俳優の道に進んで、芸能界でも大活躍中だ。ムカつくぜ」


 爽やかスポーツマンタイプね。はいはい。大体負ける奴だ。主人公の女の憧れで物語の冒頭は片思いされてたのに、転校してきた王子様タイプに掻っ攫われる奴だ。

 あと、ムカつくってのは結びの言葉じゃないからな。京さん。


 次に茶髪ポニーテールを京は指差す。


安城あんじょう梨穂りほ。人気アイドルグループそこの板49の不動のセンター。総選挙では常に二位とトリプルスコアの絶対的エースだぜ」


 いやどこの板?グループ名もうちょっと何かあるだろ。坂とかのほうがいいんじゃないか?何かそんな気がする。


 次にメガネのショートカットの子を京は指差す。


乙家いつか冬花とうか。櫛宮さんの次に勢いのある若手女優だ。九歳で子役としてデビューして今十五歳。五千年に一人の美少女って言われてるぜ」


 おお、何か凄そうだ。凄そうなんだけど、


「櫛宮さんって何年に一人だっけ?」

「忘れんな、数百億年に一人だ」


 桁が違うんだよな。五千年もそりゃ凄いよ、凄いんだけど、……櫛宮さんのインパクトが強すぎる。

 

 まあ言えることがあるとすればこの四人、他の作品ならメインを張れる。絶対に。

 なのに櫛宮さんがいるとこんな人達すら霞んで見えるんだから、恐ろしい。

 同じ芸能人という枠の中でも圧倒的な開きがある。ネコ科にも猫から虎まで種類がたくさんあるのと似たようなもんだ。それで例えたら櫛宮さんは四神白虎だろうな。


「うおおお勝ったあ!!」

「廊下側だけは嫌だったのにいい!!」

「よっしゃああ!!!!」

「俺逃亡者の列かよおッ!?」


 少しずつジャンケン大会の参加者がふるいにかけられ始めているらしい。肩を落とした敗北者達がトボトボと歩きながら廊下側から順に席に座っていく。

 それと何か俺が敗者の象徴みたいにされてない?やめろよ。逃亡者って言うなよ。普通に傷付いちゃうから。

 失礼な奴らだ……ったく、まあいいけどよ。

 

 にしても、櫛宮さんは本当に何を悩んでるんでしょうか?

 もしかしてあれか?いざ誘ってみたはいいけど冷静になって考えてみたら、やっぱ無かったことに出来ないかなぁ……とかそういう感じ?

 あの時は夕暮れ時だったから俺の顔が上手く見えてなくて、いざ明るい場所で直視してみたら思ってたのと違ってた的な?

 そりゃ普段からああいうイケメンを見慣れてるんだろうし、健一いわばん人の及第点顔とかいう褒められてるのかけなされてるのか分からない評価を下された俺では、それも致し方ないか。


 そんなことを考えながら櫛宮さんを眺めている最中、手でその視界を遮られる。


「…………何だよ?」

 

 何かと思ってその手が出てきた方向、そっちに目を向けると、


「ははん、何ってさっきの仕返しに決まってんだろぉー?」


 京がイタズラっぽく微笑んでいた。不覚にも可愛い。されど男だ。


「櫛宮さんは俺が見んだよーっ」

「ばかやめとけ。目が合ったらどうするつもりだ」


 領域内といえど目と目が合ったらコイツは絶対に倒れる。

 なので俺の目を隠してくる京の目を隠し返す。教室の隅で一進一退の攻防を繰り広げる。

 俺の気分的には、やったなー?こいつー!うふふ、あははー!みたいな、浜辺で水の掛け合いしてる感じ。

 だったはずなのに知らぬ間にその戦いは白熱し、熱中を極め、その途中でジャンケン大会が終わったことにすら気づかなかった。


「えーっと、そろそろ撮影に入りたいんだけどいいかな?」


 ゴホンゴホンという監督さんの咳払い、そして集まっていた視線。

 そこでやっと現状に気付き、途端に耳まで熱くなるのを感じた。味わったことのない羞恥心。穴があったら入りたい。生き埋めでも許すまである。


「あ、すいません!」

「っす、っす」


 京がハキハキと謝罪する一方で、俺はペコペコと頭を下げながらそそくさと姿勢を正した。

 注目の的になるのは一生慣れる気がしない。コミュ障極まれりパート3。黒歴史製造のペースが早すぎるって。納期近いの?


 あーくっそ、櫛宮さんの期待をどんどん裏切ってる。凄く申し訳ない。不甲斐なさすぎる。

 怒ってっかなぁ……と怯えつつ、控えめに櫛宮さんの方を盗み見る。そしたら櫛宮さんもこっちを見ていた。


「………………」

 

 視線が一瞬にも満たないぐらいの短時間だけど、また重なった。

 その瞳に怒りは見えなかった。でも何か他の感情が確実にあった。

 その感情が何なのかまでは俺には分からないが、むしろ怒ってくれていた方が気が楽に思えた。

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