やはり櫛宮さんは別格らしい
熱狂的な観衆達による全方位からの手荒い歓待をどうにかこうにか
ゾンビに貪り食われる人間の気持ちってのはこんな感じなんだなって…………もう二度と味わいたくない。今日をもって金輪際オサラバとさせて頂こう。絶対に。
……さて、今の俺にとっては安寧の地とも言える我が教室。その内情を確認する目的で右に左に首を動かす。
どうやら櫛宮さんや他のキャストの人達はまだ現場にやって来ていないようだ。スタッフの皆さんが忙しなく動き回り、撮影の準備をあちこちで念入りに行っている。
その一方、俺と同じく紅白カラーの制服を身に纏ったエキストラの皆は、教室後方でワクワクとした様子で待機していた。
「うげ、マジの撮影だ……朝のテレビといい、ああ、人生ってのはわかんねぇーな……」
「おおおおお!!なんか凄いな!!燃えるぜ!!」
目の前に広がるザ・撮影現場、独特な緊張感。平穏から離れた非日常の具現化ともいえる光景に対し、俺の顔は嫌でも引き攣る。
これと似た状況を考えた際、俺の人生で当てはまるのは中学時代に文化祭でやった演劇ぐらいだが、それとはわけが違う。あんなのは文字通り、子供のお遊びだ。月とスッポン以上の差がある。
俺とは対照的に京のテンションは最高潮に達しているようでその瞳はキラキラを通り越し、メラメラと熱い炎が灯っていた。
「自分の格好のことか?」
「せっかく忘れてたのに思い出させんな!!」
「あだっ?!」
思いっきり肘で脇腹を突かれて、ドスッと鈍い音が鳴った。超痛い。
忘れてたのかよ。良く忘れられんな。
その短めなスカートだと脚とかスースーしない?
「ったく!」
「悪かったって」
「ふんっ!お前なんて知らねーよ!!バーカ!!」
腕を組んで頬を膨らませてそっぽを向く仕草は、往年のツンデレヒロインを思い起こさせる。暴力も含め。
京は針金みたいにグニャグニャにヘソを曲げてしまった。
「ここだと邪魔になるしさ。俺達もあっちに合流しようぜ」
いつまでも入り口の前を陣取っているわけにはいかない。邪魔にもなるし、無駄に目立つ。
同じ服を着て同じ役割を持たされた群れがせっかくあるというのに、そこに合流しないなんてことが果たして許されるのだろうか?いやない。
「言われなくてもそのつもりだ!」
京の機嫌は中々治りそうにない。
言葉だけで融和路線を目指すには骨が折れそうだ。
であれば取るべき方法は一つ、
「悪かったよ。本当にゴメンって。大名コロッケ奢るから」
誠意は言葉ではなく金額という至言があるが、学生である俺は物で宥めることにしよう。
大名コロッケとは商店街の前島精肉店にて、150円で売られてる名物商品だ。コロッケにしては値段が少しばかり割高に見えるが、それ相応のサイズと味をしている。
この地域の学生なら小学生も含め、一度は下校中に買い食いをした経験があるに違いない。
「…………」
京がスッと指を立てた。それも両手。
八個ってそんな食えんの?ちなみに俺は三個で限界だった。吐くかと思った。
計1200円。俺が悪かったから、これは仕方ないな。必要経費と考えよう。
「分かった。明日の帰りな」
「は、今日じゃねぇーの?」
「俺にも予定はあるんだよ」
「……ふーん珍しいな」
作戦は完璧に成功。あっという間に京の機嫌が治る。現金な奴だ。
あと何で俺に予定があるってだけで、そんな驚いたような顔をするんだ?というか
でも別にいいだろ。てか未定の方が予定を入れられるだろ。
頭空っぽの方が夢詰め込めるって言葉を知らないのか?
予定を入れたらその時点で未来は確定してしまう。だが俺は違う。未定だからこそむしろ予定が、無限大の未来があるんだ。
シュレディンガーの猫と一緒だよ。蓋を開けないと分からない。そう考えれば俺の人生のカレンダーは常に予定で満杯とも言える。
言えるよな?言えませんか?言えませんね、はい。
とりとめのない馬鹿みたいなことを考えていたら、いつの間にか群れに合流していた。
空いていた隅っこの方を住処と決める。そこは廊下側だったので野次馬の声が少しうるさい。が、まあ許容範囲内だ。
エキストラは三十人弱、端っこから端っこに一列に並ぶのは難しい数。なので二列に並ぶ形になっている。
合唱コンクール前の練習の時と同じ陣形だ。俺の前には京がいる。
エキストラに選ばれた生徒達は皆一様に瞳を輝かせていて、はやる気持ちが内側に押さえ込めないようで、それを発散するように周囲の人間と会話を繰り広げていた。
俺の知らない言葉が時々聞こえてくる。何だろう?とても気になる。
「なぁ、ざつたかって何?」
「は?正気か?」
コソコソと京に尋ねてみては、何言ってんだコイツって視線で返ってくる。
1+1の答えって何?って聞いたのかと錯覚する。
「この映画のタイトルだろ。雑草の俺と、高嶺の花の君と。略してざつたか」
へー、この映画ってそんなタイトルだったの?知らなかった。知識が一つ増えた。
「不平等だよな。それすら知らないお前が選ばれんだから」
そこに関しては同感だ。興味のない俺よりも狂ってるぐらい熱中できる人間が選ばれるべきだ。本来は。
興味が無かったからこそ選ばれるなんてのは例外にも程がある。どんな確率だよ。それこそ地球が出来る確率と同じくらいなんじゃないか?
「すいません!お静かにお願いしまーす!キャストの皆さん入られまーす!!」
その言葉を聞くと、全員がすぐに雑談を止める。
少し遅れてキャーキャーとかうおーといった感じの叫び声が、廊下の方から聞こえてきた。
やがて前の扉から姿を表したのは、イケメン二人に美少女二人。
キザっぽい金髪のイケメンと、背の高い短髪のイケメン。明るい茶髪でポニーテールの美少女と、少し影のあるメガネをかけた文学少女的な美少女。
多分全員人気なんだと思う。俺は知らないが、今をときめく若手の俳優と女優なんだろう。
クラス、学校、地域、県、などなど色んなグループ内で常に一番を取ってきてそうな顔をしている。
けど、今回は相手が悪い。主役じゃない。脇役だ。
廊下から悲鳴を通り越し泣き叫ぶような声や、人が倒れるような音が聞こえてきた。
カツン、カツン、と響く足音がそれらの騒音に掻き消されもせずに、離れているのに鮮明に聞こえる。
存在感が違った。支配者が、櫛宮さんが、姿を現した。
櫛宮さんが教室に一歩足を踏み入れた途端、そこから水面に広がる波紋のように、領域か何かが展開されたように感じた。
やっぱ少年漫画のキャラなのかな?ジャンプ出てた?
とりあえず目の前で発狂されたり倒れられたりしたくないので、京の目を後ろから隠す。だーれだ?なんつって。
「おい、何すんだよ!?櫛宮さんが入ってきたんだろ!?」
「だからだよ。お前に急に目の前で泣き喚かれたりしたくないんだよ」
けど、それは取り越し苦労だったみたいだ。
教室の外にいる野次馬達は別にして、教室の内側にいる人達は顔を手で覆って泣いたり、跪いたりなんてしていない。
どうやら撮影に参加する人間、櫛宮さんの領域内に入った人間は、恐れ多さの方が勝るらしい。
映画の撮影がちゃんと行えている理由が分かった。
「離せ!見えないだろ!」
てか昨日と雰囲気が全く違う。人を寄せ付けないようにしてきたって言うけど、ここまでかよ。
気持ち目付きとかも違う気がする。なんか鋭くないか?
オンとオフの切り替えって奴かな。女優モードの櫛宮さんは、凛としている。日本刀のようだ。
いや別に昨日の櫛宮さんが凛としてなかったかって話では無いけど。
「……っ……」
櫛宮さんと一瞬目が合い、微かに瞳が揺らいだかと思ったら、すぐに逸らされた。何か動揺していたようにも見えた気がしたが、俺の勘違いだろう。
それに今の俺はただのモブDであって、友人としては来ていない。その役割はこれが終わった後だ。
「おいコラ!離せってば!!」
「あ、悪い悪い」
こりゃ失敬、ずっと京の目を隠していたのを忘れていた。
そうと分かればこんなことをする必要は無いので、パッと手を離す。
「うおお、……櫛宮さんお美しい……っ!」
「そうだな」
よし、倒れないな。感動に打ち震えてはいるがごく普通の反応だ。
「なあなあ!一番近い席になりたいよなぁっ!」
席ねぇ……エキストラって自分で決めんの?
だとしたら争奪戦が起こりそう。勿論俺は遠慮させて貰いますけどね。戦略的辞退だ。
「で、では!席の配置等をこれから伝えていきたいと思います!!」
スタッフさんのその発言を皮切りに、争奪戦は始まった。
エキストラの皆さんが気合いのこもったジャンケンを繰り広げている。俺以外で。
櫛宮さんの座る席は窓際の一番後ろだった。まさに主人公の席だ。他の四人はその席の少し前辺り。
俺は当然、廊下側の遠い席を手に入れた。すぐ目の前にあった席だ。
櫛宮さんの席とちょうど真反対の位置にある、廊下側の一番後ろ。
ジャンケン大会をボーッと眺め、退屈を噛み締める。
撮影ってどんくらいで終わるのかな、十五分ぐらいで終わんないかな。あんま長くなると困る。
俺緊張するとトイレ近くなるんだよね。小心者だもんで。本当にサクッと終わってくれ。おしっこ我慢中の顔が映画に入るなんて御免だ。
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