エキストラは結構大変らしい

 六時間目の授業が終わり、清掃が終わり、ホームルームも終わると、当たり前の話だが学校とは放課後を迎える。

 普段ならチャイムが鳴った瞬間に教室を即飛び出して、道草なにそれ?状態で帰宅部としての誇りを胸に真っ直ぐに家に帰るものなんだが、今日の俺には出来ない理由がある。

 

 ああ、そうだよ。俺はエキストラとして映画に参加しないといけないんだよ。

 今日のメインイベント二つのうちの一つ。もう一つはその後。怒涛だ。放課後は怒涛の予定の入りっぷりだ。考えただけで疲れる。


 ま、てなわけで今は隣の一組の教室にて、撮影前の準備中。もっと詳しく言えば、渡された衣装に着替えるところだ。

 我が校の黒いブレザーに灰色のスラックスみたいなザ・スタンダードな制服と違い動画映えしそうな赤いブレザーに白のスラックス、現実では余り見ない先進的なデザインをしている制服に目をやる。アニメの世界にありそうだ。


 凡人顔の俺には全く似合わないだろうな。粗末なコスプレみたいな仕上がりになるに決まってる。着こなすには相当な顔面を持っていないとまず無理な代物だ。

 ほぼ映らないエキストラだから別にいいんだけどね。クオリティなんて気にしなくても。


 さっさと手短にやるべきことを済ませるとしよう。

 ボタンに指をかけて早速シャツを脱ごうとしたら、


「げぇーっ!!これ女物じゃねーか!?」


 隣から聞こえてくる素っ頓狂な叫び声。

 何事かとそちらに顔を向ければ、手に持っている衣装にギリギリと深いしわが刻み込まれるくらいに指を食い込ませ、目を丸く見開いて驚き尽くした様相をしている女がいる。

 訂正、男がいる。この教室は今は男子の更衣室となっているのだから、勿論俺の隣でわなわなと震えてるコイツは正真正銘の男でなくてはならない。


「どうした?ハートに豆鉄砲でも喰らったような顔をして」

「おいコラ今の俺がそんな青春してるっぽい顔に見えるか?ブッ飛ばすぞ!」


 険しい目つきで睨まれる。拳を強く握りしめていた。今にも殴りかかってきそうだ。

 ヤバい、怒りの矛先が俺に向いたみたいだ。俺はただ和まそうとしただけなのに。


「てっきり気づいてると思ってたよ。お前だけ女子の列に並ばされてたし」

「気づいてたんなら先に言えよバーカ!!」


 非難するように思いっきり衣装を投げ付けられる。完全な八つ当たりだ。

 頭に被さった布を取ると、その布の正体はスラックスではなく白のスカートだった。うん、確かに女子用のだ。


「ああああー!!ちっくしょおおおお!!あの倍率を乗り越えれたんだから今日の俺は超ツイてる!ラッキー!と思ってたのにーー!!」

「実際はツイてなかったし、ツイてないとも思われたわけだ」

「マジでブッ殺すぞ!! ブッ殺されても文句言えない発言したぞお前!!」


 サラサラとしている黒髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、狂乱状態で叫び散らかしてるこのバーサーカーの名前は久三山くみやまけい。一組所属の俺の友人。

 中性……やや女性…………完璧に女性寄りの風貌をしていて、肩にかからないぐらいの絶妙な長さの髪のせいで尚更女に見えるが、歴とした男だ。

 口調や仕草は粗暴だが、初見で男と見抜ける人間はまずいない。

 具体的な数値で表すと初対面の人が五十人いたとして、その内の三十五人は男と聞かされてとても驚き、残りの十五人は男と聞かされてもそんなバレバレの嘘つくな!と激怒する。そんぐらいの見た目だ。

 今回もご多分に漏れず、スタッフの人に女だと勘違いされてしまったらしい。


 てかマジで気付いてなかったのかよ。

 超倍率のくじ引きを勝ち抜いたコイツがずっとウキウキしてたのは知ってるけど、そこまで思考回路停止させてたのかよ。

 確かに見てる側の俺にすら花畑が見えるぐらい嬉しそうだったけどさ。


「あったまきた!!取り替えさせてくる!!」

 

 自分怒ってますと言わんばかりに大股でドタドタと床を踏み締めながら教室から出ようとする京は気にせずに、俺は自分の着替えを最優先。

 この衣装に袖を通していくたびに分かるが、マジで俺には似合わない。服を着ているというよりも、服に着られている。


「あ、でもさっき担当のスタッフの人が全部配り終わりましたーって、お偉いさんに報告するとこ見たぞ」


 ふと思い出し、サラッとそう伝えた。

 京が真っ青な顔で振り向いた。


「じゃあ……もう他に残ってないってことか?」

「男用のと替えたいんだろ?ならここにいる誰かに頼み込むしかないんじゃないか?」


 エキストラで使う衣装なんて必要最低限の数しかないに違いない。

 一クラス分、メインキャストを除けば三十弱ぐらいしか用意されてないだろう。

 そしてその半分は男子、半分は女子。つまりは十五程度の狭い枠。

 一年生から三年生までの六百近い全校生徒でその座を争うのだからその倍率はとんでもない。つい今しがた実感した。

 俺の場合は特別枠でその数少ない座の一つを奪い取っていたのだから、バレたらどうなるかとずっと怯えてたよ。

 まあ、くじで使う箱に何らかの細工でも仕込まれていたらしく、見かけ上は平等なくじ引きの中で俺も選ばれたお陰で、周りの皆と同じく運の良いエキストラの一人として紛れ込めたんだが。


「浩二さん!!君ってあんまりこういうのに興味なかったよね!?ねっ!?」

「無理。使命がある」


 京が必死な顔で詰め寄ってくるが軽くあしらう。

 俺だって変わってやれるもんなら変わってやりたいが、悪いが今回は櫛宮さん直々のご指名だ。

 約束を破ったら空から槍でも降ってきて殺されかねない。神の怒りに触れそうなんだ。命がかかってる。


「……苦肉の策、か……っ!!」


 どうやら京は諦めたらしい。観念したらしい。

 女子用の衣装を睨み、ギリギリと歯を食い縛っている。


「そうか。先に行ってるからな」


 先に着替えを終えた俺は片手を上げ、教室を出ようと歩く。

 が、途中でその足が動かなくなった。何か強い力で引き止められている。右の手首を強く握られている。


「頼む!壁になってくれ!!」


 京が先ほどよりも必死な形相をしていた。

 多分、貞操の危機でも感じているらしい。


 俺が言った通り、エキストラは全学年からのランダムな選抜。

 一組二組の合同で行う普段の体育と違い、周囲の人間が丸っきり変わってるのを忘れていた。

 ぐるりと辺りを見渡すと確かにチラチラと視線が来ているのを感じる。撮影前だってのに緊張感の無い……俺は今も既に心臓が飛び出そうだってのに。


「さっさと終わらせてくれ」

「恩に着るぜ……!!」


 隅っこで着替え終わるのを待ってる間、扉のガラス越しに廊下の方に目を向ける。

 ワイワイガヤガヤと超混雑。大都会のお祭り以上の人口密度。隣の教室に向かうだけの距離すら数分はかかりそうなぐらいだ。


 すると一人が教室の扉を開け、


「三年四組笹本正文まさふみ!!好きな櫛宮さん主演の映画は112作目のあの角で君が待ってる!!名作です!!百回泣きました!!お父さんお母さん生んでくれてありがとう!!行きまーす!!」


 と高らかに名乗りを上げながら廊下に飛び出したかと思えば、

 

「「「うおおおおおおお!!!!」」」


 それと呼応するようにドッと歓声が上がる。


「おっしゃあ!!頑張れよ!!」

「私もその映画大好きー!!」

「羨ましいぜ!俺の思いを乗せていけ!!」

「グッドラック!!」


 観衆達に背中などをバシバシと叩かれ、とてもとても盛大に送り出されている。

 勇者が出た時の村ってきっとこんな感じなんだろうな。こうやって王様の城に送り出されるんだろうな。そんな気がする。

 続々と同じように名乗りを上げ、外に一人、また一人と勇者()が出ていく。その度に廊下が沸く。


 あのさ、そのフォーマットやめてくんない?別に真似しなくていいよな?静かに出ていいよな?俺何も知らないんだよ。

 うーーーん……………………出たくねぇ。


「うっし、終わった!ありがとな!!」


 まさかの撮影開始前に現れたド級の試練に俺が頭を抱えそうになっている間に、京が着替えを終えたらしい。

 いざ着替えてしまえば覚悟が決まったようで、腕を組んで堂々と立っていた。こうなると女にしか見えない。


「じゃあ次はこっちの頼みを聞いてくれ。盾になってくれ」


 一人で出る勇気はもう無い。

 あのまま先陣を切っておけばこんなことにはならなかったのにと今更ながらの後悔。


「ああ、俺に任せとけ!!」


 ドンと胸を叩く京の堂々たる佇まいがとても心強い。

 すぐ後ろを歩く形で教室から出る。


「二年一組久三山京!!好きな櫛宮さんの映画は253作目の遥か彼方の君、だ!!死ぬほど神作だ!!行くぜ!!」


 櫛宮さん何作出てんの?時間の問題で物理的に難しくない?映画って一作を数日で作れるもんじゃないよな?


「っす、っす」


 俺はといえば名乗りもせずに、京の肩に手を置いて下を向きながら歩く。

 昨日と同じ対応の仕方、コミュ障極まれりパート2。

 身体を縮こめて、出来るだけ存在感をなくすように頑張っている。


「うおおおおー!!頑張れくみちゃん!!」

「誰がくみちゃんだブッ飛ばすぞ!!」

「櫛宮さんの次に可愛いぞー!!」

「恐れ多いわブッ殺すぞ!!」


 頼む、このまま俺に注目が集まらずに現場に入らせてくれ。


「浩二、頑張れよ!!」

「平沼ぁ!二組の魂をお前に託す!!」

「こんな日に早退した高岡の無念を晴らしてやってくれ!!」

「平沼くんお願い!!クラスの代表として頑張って!!」

「分かった分かったから」


 痛い、背中が痛い。

 たかがエキストラに何を託してるんだコイツらは。

 台詞も何も無いだろうし、ボーッとしてるだけだろ。


 現場である我が二組、ほんの真隣にある教室にたどり着くまでの短い道中で、俺は散々もみくちゃにされた。

 エキストラなんて二度とやるもんかと、衣装に着替えただけの段階で俺が固く決心してしまうのは仕方ないことだった。

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