バレたら多分俺は死ぬらしい
櫛宮さんと友達になったのを機に改めて彼女を調べてみた。とは言ってもネットで軽く検索したりするだけだ。
Wikipediaを見たり動画サイトを見たり、SNSで名前を検索してみたりとか、その程度の誰でも出来る範囲内のやり方に過ぎない。
で、その結果分かったことを発表します。
ヤバいって。バレたら死ぬ、死ぬよこれは。
俺こんな人と友達になったの?
まずね、幾つかあるSNSの公式アカウントを見てみた。
フォロワー数は軒並み四十億を超えていた。
待って、地球の人口って今八十億くらいだろ?規模がおかしかないですか?
いやでも逆に考えろ。半数の四十億人がフォローしてないんだ。そっちに着目しよう。
某動画サイトでも櫛宮さんを調べてみた。
チャンネル登録者はたったの三十五億。
うん、まあ普通だな。むしろちょっと少ないか?ゴメン感覚麻痺してる。
Wikipediaもとんでもなかった。
経歴とか受賞歴とかエピソードとかとんでもなかった。二時間かけても全く読み切れなかった。
青山さんって結構ギュッと情報を詰め込んでくれてたんだな。惜しい人を亡くした。
合掌。南無阿弥陀仏。地獄で安らかに眠ってください。
アングラな闇のサイトとかにも目を通す。
櫛宮さんのプライベートの連絡先が仮に出品されたら、最低でも一兆円はくだらないらしい。
俺のスマホの価値がいきなりとんでもないことになってる。落としたら終わりだよ。世界大戦の火種になりかねない。
なぁ、俺はどうやってこの人のことを今まで全く知らずに生きてこれたんだろう?急に自分がおかしく感じてきた。
二ヶ月前までの俺ってどうやって生きてた?何してた?草とか花だったっけ?
「平穏な人生って……遠いなぁ…」
決別する覚悟はしたはずだけど、こんなにも遥か遠くなるとも思ってはなかった。
友達だってバレたら死ぬ。それはもう理解した。
超機密情報を、アカシックレコードを保有してるようなもんだ。そりゃ命の一つぐらい狙われる。
机の上に置いてある何の変哲もない俺のスマホが、今は超危険な兵器のスイッチにすら見えてきた。
突如ピロン、と軽快な音が鳴った。睨んでいたスマホからだ。SNSの通知が来た。
それは俺をこんなにも悩ませている張本人、櫛宮さんからのものだった。
『初めてのメッセージをお送りさせて頂きます。櫛宮奏です。どうぞ宜しくお願い致します』
櫛宮さん、硬い。硬いよ。硬くなりすぎだよ。
目の裏に浮かぶよ。勇気を振り絞って頑張って書いてくれたのが。
さて、ここは……合わせるか。
『メッセージをお送り頂き恐悦至極に存じます。平沼浩二と申します。どうぞよしなに』
伝書鳩に託す気持ちでメッセージを送った。すぐに既読がついた。
初めての友達が出来たことでかなりウキウキしてるんだろうな。微笑ましい。
『此方こそお褒めに預かり恐悦至極に……って硬いよ!平沼くん、これからよろしくね!』
お、作戦成功。硬い人間には更に硬く、そしたら向こうは逆に柔らかくなる。柔よく剛を制すってな。
『うん、よろしくね。明日も撮影ってあるの?』
出演者、しかもメインの櫛宮さんに直接情報を聞ければ、俺はかなりのアドバンテージを取れる。
目に見える危険から離れられる。撮影場所から一番遠い場所に前もって身を置いていられれば御の字だ。
『明日は教室での撮影があるよ!二年二組!』
おいそれ俺のクラスだよ。一番離れにくい場所だよ。常に身を置いてる場所だよ。マジかよ。
『平沼くんも出てみる?学校の人達にエキストラとか頼む予定らしいよ!』
絶対に無理です。断固として無理です。二度と無理です。一度もやったことないけど。
『ごめん。そういうの興味無いんだ』
ここはキッパリと断りましょう。変に隙を見せたらいけない。
いいかい?断る時はハッキリとキッパリと微塵の隙も無く、それが鉄則なんだ。覚えておきたまえ。
『わたしこそごめんなさい!平沼くんがいてくれたら安心出来ると思ったんだけど……自分勝手だったよね。本当にごめんなさい!』
あー、心が……痛い、痛いよ。
確かにあんな魑魅魍魎達が泣き喚いている惨劇の中心に常にいるのは落ち着けなさそうですもんね。
だが落ち着け、変な気を起こすな平沼浩二。
お前はそういうのに参加しようとする人間じゃないだろう?
一時の血の迷いで生涯に渡る黒歴史を残そうとするな。良心は心の奥に眠らせておけ。
「………エキストラ……って、どんな役割だっけ?」
違うよ。調べるだけだ。ちょっと知っておきたいだけだ。
何するのかなぁとか、そういう映画のエキストラってのは画面にどんくらい映るのかとか……顔はくっきり映るのかとか……そういうのがただ、気になっただけだ。
はぁ……俺は何を一人でブツクサ言い訳してるんだろうな。男のツンデレなんてどこにも需要がないのに。
マウスを操作、エキストラの役割をサラッと検索。
映画とかのワンシーンを動画サイトで調べて、主役とかメインキャスト以外の端役の映り方を見てみる。
……ピントすらも合わないか。それに何十人もいる。教室での撮影なんて座ってるだけだろうし、特段目立つことも……ない。
『前言撤回させてください。是非とも参加させて貰いたいです』
その文章を送ってから、溢れ出していく後悔。
取り消すか?メッセージ取り消すか?
あ、でももう既読がついてる……終わった。
『ホントに!?ありがとう!平沼くんと出れるのとっても楽しみだよ!』
まあ……いっか、友達の頼みだ。
健一の頼みを殆ど聞いた覚えがないから、バランスを取るために櫛宮さんの頼みを聞いてるだけだ。善悪の総量を均一に吊り合わせてるだけだ。
『足だけは引っ張らないように頑張るよ。今日はそろそろ寝ます。おやすみなさい』
そう返信をした後にパソコンの電源を切って、ベッドに背中からダイブ。
そこで気づいたが天井に櫛宮さんのポスターが貼られていた。
部屋に鍵を取り付けようか。ふざけやがって。
剥がすのが面倒なんだよ、そんなとこ貼ったら。
「……櫛宮さん、か……俺はこの人と友達になったんだなぁ……」
ポスターをじっと見つめながら、数時間前の出来事を頭の中でサラッと振り返る。
記憶の中の櫛宮さんとポスターに写る櫛宮さん、比べてみると分かるが本当に実物はレベルというか……次元が違った。凄く可愛かった。とんでもないとも思った。
俺ですらそう思ったのだから、周りの皆にはもっと生の櫛宮さんが凄く見えてるんだろう。神々しいぐらいに。
あそこまで熱狂的になるってのは俺にはやっぱり理解は出来ないが、納得自体は出来るのかもしれない。
「……明日が不安すぎる」
ついつい純度100%の本音が口から溢れる。
あんな阿鼻叫喚の渦中に身を置くことになる、それを想像しただけでゾワゾワとする悪寒が俺の身体中を走り抜けた。恐ろしすぎる。
急に休みたくなってきた。風邪とか引けないかな?クーラーガンガン回して全裸で寝ればワンチャンあるか?
先程までの決意は何処へやら、うんうんと唸りながら休む方向に浅知恵を働かせようとしてしまっていたら、またスマホが鳴った。
『おやすみなさい!また明日!』
…………暖かくして寝よっか。
学校でかなりの爆睡をかましたせいで眠気は全然無いけども、早寝早起きというのはコンディションを整えるのに大事だ。ポスターを剥がすのも明日にしよう。
どうせ最初で最後の経験なんだし、一度ぐらいはやってみるのも悪くないよな、エキストラっていうのを、さ。
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