映画の撮影が始まったらしい

 我が校が映画のロケ地に決まってから、あっという間に二ヶ月が経過した。

 

 その間に櫛宮フィーバーが日を経つ毎に尻すぼみに……なんて事は全く無く、むしろ日増しに盛り上がりを強め、この二ヶ月間はひっきりなしにありとあらゆる場面で櫛宮奏が目に入る日々だった。

 もう既に食傷気味だ。胃もたれを起こしそうだ。

 冗談抜きで親の顔より見てる。てか家にいる時が一番目に入るまである。

 父さんも母さんも弟も妹も皆オールデイ櫛宮フィーバー。家族団欒じゃなくて常に櫛宮団欒だった。

 世にも奇妙な物語で放送されそうな日々だった。


 そして今日から……更にその勢いを増させるんだろう。


「うーわ……すんげぇ人……」


 校門の前の人だかり……人だかり……なのかなぁ……?

 そんなレベルに目の前のこれを収めていいのだろうか?


 野次馬は勿論として、テレビクルーまで来ている。

 学校に入ろうとする生徒たちにインタビューしている。

 なんで全員ドヤ顔で受けてんだ。少しは恥ずかしがれよ。


 あと警備員……警察官か?傭兵?SP?FBI?

 サングラスをかけた筋骨隆々としたスーツ姿の大男たちが校門のセキュリティ担っちゃってるよ。

 俺の学校で今日から何が始まるの?たかが映画撮影じゃないだろ。首脳会談でもやるんだろ実は。


「君もここの生徒さん?ちょっとインタビューいいかな?」

「いや遠慮させて貰います」


 向けられるカメラに対して、俺は顔を隠しながら校門を目指す。頼むから平穏な人生を歩ませてくれ。

 俺は興味が無いんだよ。インタビューなんてされてもきょどることしか出来ないんだよ。


「オマエ、スチューデンツ?」

「あ、はい。これ生徒手帳です」


 洋画のアクション映画でしか見れないタイプの大男に俺は生徒手帳を見せる。溶鉱炉に沈んでいきそうな見た目をしていた。


「ボディチェック」


 促されるままに両手を上げた。身体中をまさぐられる。

 念入りな確認が終わると、無言で道を開けてくれた。凄い緊張感だった。

 校門をくぐっただけなのに早くも疲れきった。もう帰りたい。


「昼に昇降口で撮影するってよ」

「生の奏ちゃん見れたら俺もう死んでいいわぁー」

「超楽しみなんだけどーっ!」


 周囲の奴らは全員キャッキャと喜んでいる。

 きっとそれが普通なんだ。俺だけがおかしいんだ。

 そんなのは俺だって分かってる、分かってるよ。


 けどさ。


「………撮影終わるまでずっとこれ……?嘘だと言ってよぉ……」


 がっくりと肩が勝手に落ちた。自分でも分かるぐらい、情けない声だった。

 

 ――――――――――――


「浩二、もう始まるってよ。見に行こうぜ」

 

 昼休み、俺が弁当を開いて米を口の中に入れようとした寸前で、健一が声をかけてきた。

 当然その内容は撮影を覗きに行こうという旨のものだった。

 だが俺にその気は全くない。凄くどうでもいい。


「そうか。いってらっしゃい」

「お前も来るんだよ」


 悪いが心底興味が無いんだ。

 何でこいつらは全員そうまでして見に行きたがるんだろう。


「いいから来いって。見ずに損はあっても見て損は無いはずだ」

「損はある。飯を食べる時間が無くなる」

「飯はいつでも食えるだろ。櫛宮奏は今しか見れないんだぞ?」

「明日も撮影はあるんだろうし、この学校がロケ地な限りはいつでも見れるだろ」

「はぁー、分かってないな。今日は初日なんだぞ?プレミアムなんだぞ?」


 初日だろうが最終日だろうが特に変わんないだろ。

 どうせ明日には毎日がプレミアムって言ってるよお前は。

 

「いいから来い!黙って俺についてこい!」

「ああっちょっ」


 健一に腕を取られて引きずられ、俺は強引に教室からフェードアウト。


「おい、押すなって!」

「邪魔すんな!」

「これじゃ全然見れないよー……」

 

 廊下には凄い人だかり、階段のほうにまで続いている。

 昇降口で撮ってるらしいからもう無理だな。見れないな。

 満席だ。満員御礼だ。仕方ないな。仕方ない。


「健一くんこれは無理だな、残念だ。超残念だ」

「そんな笑顔で言うことかぁ?まあ、安心したまえ浩二くん」


 パチンと健一が指を鳴らした。

 同時にモーセのごとく左右に割れる人の海。


「人助けってのは巡りに巡って自分に返ってくるものなのさ」

「マジかよ……」


 人助け?人脅しじゃなくて?生徒全員の弱みでも君は握ってんの?


「はいごめんねー通るよ通るよーー」

「っす、っす」


 周囲からの視線にとても居心地が悪い。

 ペコペコとひたすら会釈し続ける。

 コミュ障極まれりみたいな対応になっている。


「ほぉーら浩二くんあら不思議。いつの間にか最前列まで来てしまいましたねー」

「そうですね。残念なことにね」


 最前列と言ってもパッと目の前から人が消えた、わけではない。

 ここにも当然人身バリケードが張り巡らされている。ムキムキマッチョマンがずらっと並んでいる。

 櫛宮たん最高ー!!とでも叫びながら撮影に乱入しようとしたものなら、一瞬で肉塊に変えられそうな威圧感がある。


「……うおっ……眩しい……!」


 急に健一が顔の前で手をかざした。

 太陽を直視した時のようなリアクションだ。


 何が眩しいんだ?

 そう思いながら俺も視線をそっちに向ける。


「く、くっ櫛宮さん、じゅじゅ……準備は大丈夫でございますか……?」

「はい。いつでも大丈夫です」


 そこには美少女が立っていた。艶やかな黒い髪が腰まで伸びていて、黄金比を超えてオリハルコン比とも言えるぐらいには超完璧な、整いすぎた顔をしている美少女がいた。全パーツがステータスをカンストしている。

 人を作ってる神様がキャラメイクで本気を出し尽くした渾身の傑作、そう言われても納得は出来る。


 なるほど、櫛宮奏だ。

 

 写真よりも実物の方が断然良いという稀なパターンだった。

 確かに可愛い。凄く可愛い。それは認める。

 でも別に眩しくは無いだろ。同じ人間だよ人間。


「見えない……っ」

「恐れ多くて直視できないよ……」

「うおおおっ……太陽おおっ……!」

「我が生涯に一片の悔いなし!」


 俺以外の周りにいる人間全員が皆一様に顔を手で覆っていた。ひざまずいて涙を流してる奴すらもいる。あと拳王もいない?

 こえーよなんだよ。どこのカルト宗教の儀式だよこれは。


「うう…………俺何かが見るのすらおこがましい……」

「いや見ろよ。俺をこんな場所に連れてきたお前はせめてちゃんと見ろよ」


 生の櫛宮奏を見ると息巻いていた者どもが皮肉にも、そのお目当ての相手によって目を潰されている。

 てか今更だけど何で監督らしき人まで恐れ多そうに話しかけてんだよ。

 俺の見てる世界と皆の見てる世界が一緒なのか不安になってきた。


 とりあえず目のやり場に困る。この状況で俺だけが見ていたら変に悪目立ちしそうだ。

 仕方ない。俺も同じように顔を隠すとしよう。

 平穏を求めるのなら山の中であれば一本の木となれ、海の中であれば水となれ。

 周りと同化するのが必須スキルだ。


 そういうわけで顔を隠そうとしたのだが、不幸なことにそれよりも先に俺は櫛宮奏と目が合ってしまった。

 一秒、二秒、三秒、四秒……十秒ほど互いの瞳が真っ直ぐにぶつかり合う。


「…………!」


 ピコン!と櫛宮奏の頭の上でビックリマークが浮かんだように見えた。

 ヤバい、不躾に見すぎたか。ガン見罪的な謎の法律が適用されないか俺は途端に心配になった。

 この調子だと俺が知らない内に日本国憲法に櫛宮奏にまつわる法が追加されていても何らおかしい話じゃない。


「俺先に戻ってるから」


 隣で涙を流し歓喜に震えている健一に断りを入れてから、回れ右をして逃げるように俺はその場を後にする。

 全員が視覚を封鎖されてるお陰で、簡単にスルスルと隙間から抜け出せた。


 無人の教室に戻ると同時にドッと疲れが溢れ出した。

 とてつもない睡魔に襲われる。朝から蓄積していた疲労が、この二ヶ月で溜まっていた疲労が、一気に爆発した。

 

 だけどまだ昼休みだ。授業は二時間残っている。


 寝ては駄目だ、寝ては…………寝ては…………

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