地元が盛り上がってるらしい
「いや、本当に行動が迅速すぎるだろ……」
学校終わりに家路を辿っている道中、ふと気になって商店街へと向かった俺の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
右を向けば櫛宮奏、左を向いても櫛宮奏、下を向いても櫛宮奏、上は流石に…………櫛宮奏。
かなり熱心に推しを推しているお方の部屋みたいになっている。商店街全体が、だ。
ポスターとかならまだしも等身大パネルまで良くあったな。てか良く作ったな。
「おおっ、浩ちゃんこれ見てくれよ。おっちゃんの自信作だぜ?上手く出来てるだろ?」
声がした方を見れば、大工と手芸屋の二刀流で活躍中の佐々木の源さんがあみぐるみを持って立っていた。
当然、櫛宮奏を模したものである。
「源さん、アンタしゅげぇな」
手芸だけに……て、まぁそれはいい。
どうなってんだこれは。ミーハーのレベルを超えてる。国家主導の町おこしぐらいの熱量がある。
良く分からないけど、所属事務所とかと問題にならないことを俺は祈るよ。
「良かったなぁ浩ちゃん。この娘が浩ちゃんの学校に来るんだろ?」
「らしいね」
「その時が来たらおっちゃんあてのサイン貰ってきてくれよ」
「無理無理、どうせ常に厳戒態勢だよ。それに一般人の接触なんて御法度だろうし」
それ以前に少しでも何かやらかしたら殺害予告が山のようにドッサリ届きそう。
エキストラとしての参加で軽い会話を交わしただけでもヘイト対象になるだろう。
加えてゴシップ雑誌のパパラッチとかも
「なるほど。そういうもんなのか」
「ま、でも商店街にも来るんじゃない?そん時に貰いなよ。源さんとこで撮影が行われたらそのぐらいはしてくれると思うし」
「そしたら店内の改装でもしようかね。全面ガラス張りとかどうよ?東京はそういうお洒落な店が多いんだろ?」
「この町に求められてるのは風情のある田舎の情景だろうから、そのままでいいと思うよ」
あと確実に似合わない。このオンボ……昔ながらの気風を残した商店街にお洒落という言葉は。
「あら浩ちゃんこれ見てみ?おばさんのフルーツアート凄いでしょ?」
「凄いを通り越してもはや怖い」
八百屋の女帝の咲子おばさんが見せてくれたスイカには写真と見紛うぐらい精巧に、櫛宮奏の顔が彫られている。
ネットオークションに出したら結構な高値がつきそうな出来だった。こういうのってその後食べてんのかな?後味悪そう。
「おお浩二くん。これどうだい?我ながら惚れ惚れする仕上がりだと思ってるんだ」
「青山さんって本当にただのニートじゃなかったんですね」
「僕ただのニートだと思われてたんだね……」
自称旅人(旅に出たところを見たことがない)の青山さんが、バルーンアートの枠に収まらなそうなクオリティの櫛宮奏人形を見せてくれた。
ああ、フワフワと上で浮いてる奴はこの人が作ったんだなって。
この商店街一芸に特化した人間多すぎないか?
皆こんな片田舎に収まる器じゃないよ。世界に羽ばたくべき人材だよ。
「それにしてもこんな田舎町にあの櫛宮さんが来てくれるなんてね。僕はもうドキドキが止まらないよ」
「まだ二ヶ月も先のことなのにそんなんで心臓持ちます?」
「何を言ってるんだい、たった二ヶ月じゃないか。浩二くんがそんな冷静でいられる方がおかしいよ」
そこまでの人気なのか。
いつも我が道を突き進んでいる青山さんまで櫛宮奏に随分とご執心らしい。
「櫛宮奏、十七歳。身長は166.4センチ。五歳で子役としてデビューしてから常に最前線を走り続けている売れっ子若手女優だよ。八歳の頃に海外の超有名監督の目に留まりハリウッドデビューして、その年のアカデミー賞で主演女優賞に見事輝いた。日本語英語スペイン語中国語の四ヶ国語に堪能で――」
待って属性盛りすぎ。天に何物与えられてんの?
てか詳しすぎるだろ青山さん。ちょっと引く。
ずっとツラツラと澱みなく言ってるし、そんなに何分間も詠唱してられるほどの逸話があんの?
Wikipedia何ページあるんだろう、幾らスクロールしても下まで辿り着かなそう。
「――それが、櫛宮さんだね。万年冷え性の浩二くんも少しは凄さが分かったかな?」
ゴメンなさい後半殆ど聞いてなかったです。
というよりも聞き取れてなかったです。早すぎて。
「凄い分かりました凄い。凄い本当に凄いですね凄い」
「本当に思ってる?」
凄すぎて良く分からない。多分生物としてのランクからして違う。前提として人間かも怪しい。
「因みにファンクラブの加入人数は日本だけでも一億二千四百万人を超えているらしいね」
国民皆保険か何かなの?
それもう国民の義務になってない?
教育、納税、勤労、櫛宮奏?
「なんでも櫛宮さんが訪れた病院の入院患者のおよそ九割がその日の内に退院出来たとか何とか」
それ実話だったらもう神話の領域だよ。現人神だよ。
「でもそんなに凄い人ならきっと彼氏とかいるんでしょうね」
口に出した後に気付いた。これが日本で、いや世界で一番の禁句なのだと。
青山さんだけじゃない、通りすがる周りの通行人からも表情が消えていた。ゾンビの群れに放り込まれた気分だ。生きた心地がしない。
「無い、絶対に無いね」
えーこわぁー…………そんなに人気なの?
俺が知らないだけで世界の支配者だったりする?
思ってた想像の数億倍は人気らしい。人気というか……信仰されてるの方が正しいかもしれない。
会話でもしようもんなら問答無用で刺されそうだ。
まあそんな機会来るわけが無いだろうし、気にしても無駄なんだけどね。
ただ穏やかに撮影が終わってくれればいい。
物騒な事件なんてこの町で起こされたら敵わないぜ。
「盛り上がってんなぁ……」
にしても本当に櫛宮フィーバーなるものがこの町では起きているみたいだ。
商店街を抜けても町の至る所でそれらしきものを見かける。
過疎地域のはずなのに人の数も不思議と多い。カメラを持ってる人までいる。
聖地巡礼というものなのだろうか?まだ始まってもないのに。
「おお、ここが櫛宮町でござるか!」
いや、ちげぇーよ。
撮影が決まっただけなのに初日からこの町がもう支配されかかってる。櫛宮奏、末恐ろしいな。
帰宅して分かったが、我が家も絶賛フィーバー中だった。
玄関や廊下、家中のあちこちにポスターが貼られている。
とても落ち着かない。全方位から監視されてる気分。
俺には想像もつかないが、こんなに人気だと心を落ち着かせる時間もきっと無いんだろうな。
人気がありすぎるっていうのも考えものだ。
一般市民が何を偉そうにって思うけど、少し同情してしまう。
心を許せる友達が一人でもいることを何故だか俺は願ってしまった。
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