第2話 朝の公園

「それじゃお先に」

「お疲れさま~ゆっくり休んでね~」

 朝六時、深夜番から朝番へと引き継いで伊崎芽衣いさきめいの仕事は終わる。

 挨拶を交わしたもうひとりの深夜番・鹿島愛音かしままなとは八時までの長時間勤務だ。

 まだ人出はまばらだが活気の漲りだした雑居ビル街を抜け、ここいらでの憩いの場である公園に入る伊崎。

 公園内をリズミカルに駆ける早朝ランナーたち、すれ違う彼女彼らに小さな会釈を繰り返しながら、お気に入りのベンチへと赴く。

 腰を下ろし一息ついて、手提げ袋から譲ってもらった廃棄処分の弁当を広げる。今日は三食おにぎり弁当だ。

 ポケットウェットティッシュで手を拭き、五〇〇ミリリットルのお茶――これは買ったもの――で軽く口内と喉を潤し、

「いただきます」

 手を合わせひと言。伊崎芽衣の公園モーニングが始まる――。

「今朝はおにぎり弁当ねぇ……。たまにはステーキ弁当とか、肉喰え肉」

 最後のおにぎりを平らげたとき、突然後ろからかけられる声。

 いきなりで喉につっかえかかったものをお茶で流し込んでいる間に、声の主は回り込んで伊崎の隣りにどっかと腰を下ろす。

 黒いソフト帽を被ったモジャモジャ頭に、黒いスーツに赤いシャツ白いネクタイを決めた黒メガネの大男がそこに居た。

「それに、毎度毎度言ってるけど、若い娘が朝っぱらから公園のベンチで飯なんか食ってんじゃないよ。家帰って食え家で」

 いかにも怪しい風体だが、伊崎はこの男を知っている。コンビニ近くの雑居ビルで探偵事務所を営んでいる "くろー" だ。

「おはようございますくろーさん。お仕事の帰りですか?」

 いささか早口なくろ―の小言をスルーして微笑みながら朝の挨拶をする伊崎。これにはくろーも、

「あ、あああ。おはよ」

 挨拶を返すしかない。

「夜中もお仕事って、探偵さんって大変ですね」

「夜中はお互い様だっちゅーの。俺はいいの俺は、男だし。でも伊崎ちゃん女の子でしょ?」

「夜のお勤めされてる女の人、この街にもたくさんいらっしゃいますよ? 仕事帰りに寄られる人よくいますし」

「いや、そーゆーんじゃなくてだなぁ……」

 朝、公園に立ち寄り朝食をとっているとくろーとよく会う。その度にくろーはこんな風に言ってくる。

 親切で言ってくれているのはよくわかる。この男の面倒見の良さを伊崎はよく知っていた。

 ハッキリ言えばコンビニのバイトを紹介してくれたのはくろーだった。生活のために夜の仕事水商売に就こうとしているのを止めてくれ、代わりにと勧められたのがあのコンビニ。ただ日中シフトを深夜帯に換えたのは伊崎自身。

 水商売にも顔が広いのに女の子がそこへ流れていくことを拒む。そのくせあの界隈で働く女性たちにはとても好かれているくろーはこの街の裏の顔とも言えた。

「いいんですよ。私、今の生活気に入ってますから」

 満足げな顔をしてそう言われては、さすがにくろーも言い返すことはできない。

 ゴミを手提げ袋に収めベンチから立ちくろーに向きなおって、

「それじゃ、くろーさん」

 一礼してから立ち去って行く伊崎。

 そう広くない公園から出ていきかけた時、

「ちゃんと寝ろよーっ」

 どこかふてくされ気味な声音でくろーが声をかけてくる。

 微笑を浮かべ、少し振り返って会釈する伊崎であった。  


   ――続く――

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