深夜にようこそ
シンカー・ワン
第1話 コンビニエンスストアの夜
「ありがとうございました~」
おざなりな挨拶を背に去っていく立ち読み客。軽やかなチャイムのジングルとともに自動ドアが閉まる。
地方都市にある大手コンビニエンスチェーンの一店舗。
煌々と明るい店内とは対照的に外は真っ暗、零時を回ったいわゆる深夜帯である。
微妙に住宅地から外れた雑居ビル群の中という立地のためか、昼間はともかくこの時間帯での来客は文字通り数えるほどだ。
「客も捌けたし、今のうち検品やっちまおーか?」
ちらりと店内の壁掛け時計に目をやってから、いかにも深夜バイトといったチャラい風体の若い男――胸の名札には
「あ、はい」
答えたのは深夜帯バイトには珍しい若い女性。ネームプレートには
ふたりはレジカウンターから出ると、チェーンの定期便トラックから降ろされ各商品棚前の通路に置かれた荷物の入ったコンテナトレーにとりつき、手分けして検品を始めた。
仕入伝票を見、品物を数えながらバーコードをスキャニングポッドで読み取っていく。静かな店内に読み取りの電子音がやけに耳へと響く。
「――伊崎さんさぁ」
黙々と作業に没頭している最中、不意に鹿島が声をかける。慣れているのだろう、手は止めないままだ。
「は、はい?」
こちらも快適に手を動かしていた伊崎だったが突然の声掛けに何ごとかと戸惑い、手を止める。
「慣れたぁ?」
が、返って来たのは当たり障りのない言葉。どうやら沈黙に耐えられなかっただけのようだ。
「そう、ですね。バイト始めたときよりはずっと」
作業を再開させながら、何もわからず指導役だった鹿島に何度も迷惑をかけた頃を思い出しながら答える。
「ふ~ん。よかったね~」
帰って来た心ここにあらずな言葉に伊崎は思わず苦笑する。
鹿島は風体こそチャラいが仕事は真面目で、新人だった伊崎が何度失敗しても強くとがめたりすることはなく、何でもないことのように受け流し懇切丁寧に指導してくれた。彼女にとってはある意味恩人と呼んでいい。
その鹿島がどこか呆けている理由を伊崎は知っている。
鹿島が追っかけていた地下アイドルグループのメンバー、最推しだった "
最終的に愛須ことり本人の口からそれが事実だと伝えられ、彼女はグループを脱退、アイドル活動を辞めた。
バイトで得た金の大半を愛須ことりを推すことにつぎ込んでいた鹿島はその衝撃に耐えきれず、心は現世と浮世との狭間をさまよったままなのである。
そんな状況でもけして休まず、バイトに出てきちんと働いている鹿島を伊崎は立派だと思う。
作家として身を立てようとするも公募でいくつも落選し、その度落ち込んで日常生活に支障を出す自分と比べて羨んでもいた。
内容なく話しかけてくる鹿島とどこかすれ違いな言葉のキャッチボールをする伊崎。
客が滅多に来ず退屈だが、それでも緊張を強いられる深夜のバイト。
こんななんでもないやり取りが作る平穏な時間が、彼女にはとてもありがたかった。
――続く――
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