4隣国からの風

 花壇が春服から夏服に着替える頃、隣国フェルゼントーア公国からリヒタート王国に使節団が来ることになった。来ることになったとは言っても、友好関係を結んでからは毎年のことだ。彼らはいつも夏にかけてやってくる。


 ルネは学生時代に、首都を案内される使節団の面々を見かけることがあった。あの人が格好良いだの憧れるだの、当時は友人たちと何の気なしに話をしていた。

 そんな会話の中でルネはたった一人だけ覚えている人がいる。自分とは正反対に癖っ毛気味な白銀の髪に、深い海のような瞳をした若い男性だ。なぜ覚えているかというと、彼がリヒタート公国の大公つきの魔導師だと知ったからだ。大公付きというのは、この国でいう宮廷魔導師だ。


 ルネは彼のことを思い出しながら、執務室で共に仕事をしていたクララに話しかける。


「もう、使節団が来る時期なんですね」

「あぁ。彼らをもてなすことは、宮廷魔導師として大きな仕事の一つだよ。せめてフェルゼントーアとは友好的に過ごしたいからね」


 せめてというのは、この国を憂うものだった。南に位置するフェルゼントーアとは反対の北西部に位置するヴェレンメ帝国は、侵略を繰り返して国を大きくしていた。ルネたちが暮らすこの国も、いつどうなってしまうのかわからない。


「使節団の方には、失礼ないようにしないといけませんね」

「ルネは大丈夫だと思うが、血の気の多い国家魔導師もいるからねぇ。ルドヴィグもそうだし」

「先輩は優しい人なんですけどね……」

「それでも喧嘩っ早さは直さないといけないよ。アンタみたいにアイツの良いところを知る人間ばかりじゃないからね。人当たりの良さっていうのは大事なものだよ」


 クララの言葉にルネは自分の代わりに喧嘩をしてくれたルドヴィグを思い出す。大人になった今、それはいけないことだとわかっていたが、彼女にとっては嬉しいことだった。



 **



 使節団は煌びやかなパレードで歓迎された。

 パレード終わり、ルネは宮廷魔導師として王城に来た大公付き魔導師を出迎える。その人は、ルネの記憶に残っていた彼だった。記憶と違わぬ見た目をしている。

 ルネは恭しくお辞儀をすると、彼に自己紹介をした。


「初めまして、リヒタート王国宮廷魔導師のルネ・ヴァイスと申します」

「フェルゼントーア公国、大公付き魔導師のレグルス・リュミエラです。よろしくお願いします」


 レグルスの瞳は深い海の様だと思っていたが、近くで見ると綺麗な浜辺のように透きとおって見えた。とはいっても、海のない国であるルネは実際にみたことがない。絵と知識から想像したものだ。ただ、美しいと思った。

 そんな彼の首には一匹の白蛇がいた。彼の髪に紛れるようにしている。


「そちらの子は……?」

「ああ。この子はヘレナ、私の使い魔です

「ヘレナさんもよろしくお願いします」


 ルネがそう言って微笑むと、ヘレナは舌をちろちろと出して音を発した。何かを話しているようだが、動物言語学が苦手だったルネには聞き取れない。するとレグルスが彼女の言葉を通訳してくれる。


「彼女は『さん付けしなくても、ヘレナで良い』と言っています」

「ではヘレナ、ここにいる間、仲良くしてくださいね」


 友好の証しとして、ルネはフォーグルにするように指先で頭を撫でる。

 するとヘレナは指先からスルスルと腕を上り、ルネの肩まできた。そして、そのまま首もとから服の中に潜り込む。背中を這う彼女は冷たくて、驚いたルネは情けない声を上げてしまう。


「ひゃっ」


 ヘレナは暫く背中を堪能すると、ひょっこり顔を出した。


「こら、ヘレナ! すみません、お転婆で」


 レグルスは手を伸ばしてヘレナを引き取る。


「ふふっ。びっくりしました。ヘレナのお肌はスベスベですね」


 ルネはもう一度ヘレナを撫でて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る