3宮廷魔導師
宮廷魔導師となったルネは、必死に仕事に励んだ。そして、王城に勤めるメイドや執事、庭師たちであっても、分け隔てなく接した。それは早く皆から認めて貰いたいという気持ちの表われだった。
努力の甲斐あって、ルネはひと月足らずで周囲に認められるようになってきた。特にメイドからの受けが良い。
「流石はヴァイス様です」
「様などと言わなくて結構ですよ。私はまだまだ若輩者ですから」
「しかし……」
「ヴァイスさんとお呼びいただけると嬉しいです」
彼女たちを助ける度に、ルネはそう言った。自分は様づけされるほどの人間ではないと思っていたし、歳の近いメイドたちからは親しみを持って欲しかった。今は宮廷魔導師としての仕事の他に、メイドたちの相談役として一日を過ごしている。
今日も相談だ。
「ヴァイスさん、実は――」
高い場所に引っかかった洗濯物を取る。
怖いメイド長に呼び出されたから勇気づける。
気になる執事との仲を占星術で占う。
「……ふぅ」
存外に疲れる日常であったが、ルネにとっては嫌な疲労感ではなかった。そうやって彼女は若い世代と上手くやっていた。
そしていつしか、年齢など関係なく認められるようになった。
「ヴァイス様、西部の国境で帝国が衛兵を増やしたという報告が」
「わかりました。広範囲殲滅に長けた魔導師を送りましょう。西部の村には二人派遣しましょう。首都から応援到着までの時間を稼げるような方が良いですね。あと、できるだけ派手な魔法を使える方」
「派手な魔法?」
「相手の士気を弱める為です。帝国は魔導師が少ないと言われていますし、強大な魔法を見たことのない若い兵士もいるはずです。そんな人達にとって、派手な魔法というのは脅威でしかないでしょう」
「では、適任を探して報告します」
「よろしくお願いします」
ルネは宮廷魔導師として、自分の意見が尊重されるようになってきたと実感していた。
**
充実した生活を送っていたある日、王城の廊下でルドヴィグとばったり出くわした。街の巡回にあたることの多い彼とは滅多に会えない。
「ルドヴィグ先輩! 巡回終わりですか?」
「はい。仰る通りです」
ルドヴィグの少し気取った様な敬語に、ルネは顔をしかめる。すると彼はクシャッと笑って、学生時代のように砕けた口調に戻る。
「調子、良さそうだな。メイドたちにモテてるそうじゃないか。俺達の間でも話題になっているぞ。宵闇様ってな」
宵闇様――ルネは聞き慣れない単語に首を傾げる。するとルドヴィグが説明し始める。
「そのローブと髪だろ。月の目様も聞いたことがあるな。宵闇様は、お前の髪とローブが真っ黒だからだろ。月の目様は、目が満月みたいな黄金だからじゃないか? こっちはそこまで聞かないけど」
説明を受けたルネは胸の奥がむず痒くなる。
「なんだか、気恥ずかしいですね」
「そういう所が良いんだと。立場が上なのに気取らないし嫌味じゃないって」
やはり恥ずかしい。
「お前は認められつつあるよ。だから、これからも頑張れよ。俺のことも好きに使って良いから」
優しいルドヴィグを前に、ルネは相談事を思い出す。周囲の人には相談しづらい内容だったが、気心しれた彼になら話しても良い気がした。
「では、先輩、その……相談があります」
「何でしょうか、宵闇様?」
「もうっ、からかわないでください! あの、先輩……その……」
「うん」
ここまで来たら言わない訳にはいかない。ルネは意を決して口に出す。
「異性とお付き合いするのって、どうすればよろしいのでしょうか?」
「い、せ……? ぐっ……ごほっ……ごほ」
ルネの相談を聞いた瞬間、ルドヴィグはルネから顔を逸らして大きく咳き込んだ。ルネはそんな彼の背中をさすって、不安げに顔を見上げた。
「先輩、大丈夫ですか⁉」
少しして落ち着いたルドヴィグは、ルネに向き合う。
「お前、好きな男でもできたのか?」
「そういう訳ではないのですが、先日、その、告白されて――」
「そいつと、付き合いたいのか?」
「……迷っています。そういうこと、今まで経験なくて、考えていなくて」
告白してきたのは普段相談に乗っている執事だった。立場の違いはわかっていると彼は言って、ルネに情熱的な言葉をぶつけた。彼のことは好意的に見ている。しかしそれが、異性のそれに発展するのかはルネ自身わかっていなかった。
「あー……ルネ、そいつはやめとけ。自分から好きにならないと長続きしないぞ」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。はぁ……お前に告白してきたヤツって誰だよ? 俺から断ってやるからさ」
「それは彼に申し訳ないです。私からちゃんとお断りする旨を伝えます」
「そうか。何かあったら俺に言えよ」
「はい。相談に乗ってくださってありがとうございました」
「このくらい気にしなくて良い」
ルドヴィグは大きく息を吐く。ルネはというと、交際を断る文言を考えては、ぶつぶつと呟いて予行演習をしていた。
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