2叙任式
辿り着いた王城は、城門から見ても美しい白い煉瓦造りをしていた。
馬車を止めた御者は扉を開いてルネに手を差し伸べる。その手を取って馬車を降りたルネは、ぐるりと周囲を見渡した。庭の植木は綺麗に切りそろえられており、花壇には季節の花々が咲いている。
「では魔導師様、私はここで」
「ありがとうございました」
御者と別れると、次は衛兵がやってくる。大柄な彼の後ろには、見知った顔がいた。
「ルネ、よく来たね」
「
ルネが
クララは若くして急逝した六代目宮廷魔導師の妻で、次期宮廷魔導師に一番近い存在だと言われていた。彼女は後進の育成に熱心な国家魔導師で、当時は学園の講師を務めていた。入学したてのルネを優しく見守って様々な魔法を教えたのはクララだ。
一昨年、学園を辞めた彼女は、今は宮廷魔導師の補佐をする任務に当たっている。ルネが宮廷魔導師になると決まって一番楽しみにしていたことは、もう一度彼女と共に過ごせるということだ。
「
「まだまだアンタの力なんていらないよ」
「それでも、何かあれば誠心誠意、この国の為に尽くします」
「……私はお前にまで無茶させたくないよ」
「そういう訳にはいきません。私には宮廷魔導師として、この国を守る責務があります」
「そうかい」
学生の頃より大人びたことを言うようになったルネに、クララは少しだけ寂しそうにした。六代目である夫のことを思っているのだろう。ルネはクララの夫に会ったことはなかったが、彼女がどれだけ彼を愛していたかを度々耳にしていた。クララはとても愛情深い人だ。そんな彼女に残された家族と言えば、あの子だけだ。
ルネたちから少し離れた塀の上、こちらを伺っていた一羽の鷹がやってくる。そして、鷹はクララの肩に乗るとルネの頭をつついた。
「いたっ。やめてください、ヒューゲル」
ヒューゲルというのが鷹の名前だった。彼はクララの相棒で、たった一人残された家族だ。
一般的に使い魔と呼ばれるヒューゲルは、魔法を感知する能力に長けている。この国では使い魔を使役する魔導師は多くないが、ルネの家にも母が使役する烏のユーリがいた。
そのため、ルネは使い魔に憧れを抱いている。彼女はヒューゲルの頭を指先で撫でて言う。
「私もいつかヒューゲルのような子を見つけたいです」
「アンタは動物語、他の科目に比べて得意じゃなかっただろう?」
「でもヒューゲルは私の言うことわかってくれています。ね、ヒューゲル?」
ぷいっとそっぽを向くヒューゲル。ルネは少しだけ傷付くが、タイミングよくそうしたのは言葉が通じ合っているからに他ならない。ルネはヒューゲルの喉を掻いて「こっち向いて」と笑う。
その時、ゴーンゴーンゴーンと三回鐘の音が鳴った。
「ルネ、もう行かないといけない時間だよ。行っておいで」
「はい。
ルネはクララとヒューゲルに頭を下げると、案内役の衛兵に続いて王座へと向かう。
大きな入り口をくぐり抜けると落ち着かない高い天井。ホールを通り抜け、朝の陽光が差し込む廊下を進む。王座まで続く赤く長い絨毯が見えると、身が引き締まる思いだった。
王座に座るは、リヒタート王国を治めるカール・ヴィルヘルム三世。穏やかな人柄で、国民からの支持も厚い。
ルネは彼の目の前に立つと、恭しく頭を下げた。
「ルネ・ヴァイス、参りました」
「よくぞ来た」
いかにも好々爺といった風貌のヴィルヘルム三世は、青い双眸を細めてルネを見る。しかし、口を開いて出てきた言葉は、王として威厳のあるものだ。
「ヴァイス、この国に血肉を捧げる用意はできておるか?」
「はい。勿論です」
「ここに宮廷魔導士として、ルネ・ヴァイスを任命する」
その瞬間、部屋に入ってきた日差しが玉座を照らし、ルネの方に影を落とした。ルネには自分の黒髪がローブと一つになった気がした。自分の体と一体化してしまったローブは二度と脱げない。彼女の中に、覚悟と共にほんの少しの不安が芽生えた。
**
少しして叙任式を終えたルネは、宮廷魔導師に割り当てられた執務室へと向かった。そこでは補佐官であるクララ、そしてヒューゲルが待っていた。
「
「滞りなく終わったようだね」
「はい。これから、先代たちのように偉大な魔導師になりたいと思います」
決意を口にするルネに、クララは言いづらそうにする。
「私は宮廷魔導師だからといって、この国のために命を懸けるような大それた魔導士になんてならなくていいと思ってる。アンタは自分のために生きな」
「そのような考えではいけません。私は宮廷魔導師となることが決まったあの日、誓いを立てました」
「……はぁ。これ以上は私からは何も言えないよ。もう先生と生徒の立場ではないね」
「そんなことありません! 私にとって
ルネは昔と変わらぬ笑顔を見せる。そして、「お茶を淹れますね」と昔はしなかったもてなしをしようと執務室の戸棚を物色し始めた。
茶葉さえあれば、水と炎は魔法で補えるのが魔導師の便利なところだ。戸棚の奥にティーセットと紅茶が入った缶を見つけた彼女は、さっそくティーポット、そしてカップを三つ取り出す。そして一つに水を注いでヒューゲルの前に置く。
「ヒューゲルの分だよ」
ティーポットには茶葉を入れ、魔法で作りだしたお湯を注ぐ。そして少し待って、二つのカップに分けて入れた。
「
クララが紅茶に口を付けたのを見て、ルネもふーっと冷ましながら飲む。紅茶の良い香りと温かさに、叙任式で感じていた緊張が解れてくる。そんなルネとは対照的に、クララは考え事をしているのか難しい表情をしていた。
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