第16話 竜の巣穴

 深い深い崖の底に落ちていく。浮遊の魔法がかかったままなので、どうやら転落死させるつもりはなく、本当に竜の餌にする気らしい。


 ゆっくりした速度で落ちていき、やがて崖の底に足が触れると浮遊の魔法は解け、私はどさりと倒れ込んだ。


「これはまずいわ……」


 手足を縄で縛られている上、周りは高い崖に囲まれている。どう足掻いても逃げられそうにない。幸い、近くに竜がいる気配はないが、それも時間の問題だろう。


 ──でも、ここで諦めるわけにはいかない。私がここで死んでしまったら、リュカはきっと悲しむだろう。それに、私もリュカともっと一緒にいたい。こんなところで竜の餌になどなってやるものか。


「……まずは手足の縄をなんとかしよう」


 何か縄を切れそうなものはないかと辺りを見回すと、所々に魔晶石が出来ているのに気がついた。魔晶石とは、魔力の溜まり場に生じる透き通った青色の結晶だ。淡い光を放っていて、そのおかげで崖の底でも周囲の様子が分かる程度には明るくなっていた。


「そうだ。魔晶石に擦り付ければ縄が切れるかも……」


 ごろごろと転がって一番近い魔晶石まで移動し、なんとか体を起こして、後ろ手に縛られた縄を何度も魔晶石に擦り付ける。やがて、ぷつりと縄の切れる音がして、両腕が解放されるのを感じた。今度は自由になった手で、その辺に落ちていた平べったくて綺麗な鉱石を拾い、足の縄も切る。


「足の縄も切れた……! よかった……!」


 鉱石の切れ味がすばらしく、すぐに縄を切ることができた。大きさも手頃だし、いざとなったら武器にもなりそうだし、持っていると役に立つかもしれない。そう思って、ドレスのポケットにしまおうとした、そのとき。


 上空からものすごい勢いの風が吹き下ろしてきて、私は思わずたたらを踏んだ。少しでも力を抜いたら吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまいそうだ。近くの魔晶石につかまってなんとか風圧に耐え、俯いていた顔を上げると、目の前には白銀に輝く巨大な竜が翼を広げて立っていた。


 ギュオォォ……! と竜が大きな咆哮をあげる。

 びりびりと大気が震えて、私は身動きが取れなくなる。

 竜は眼光鋭く私を睨みつけ、首を反らして鋭い牙が光る口を開いた。


 まずい、これはブレスを吐く動作だ。炎か氷か。いずれにせよ、吐かれたら一巻の終わりだ。


「……リュカ、ごめん──」


 死を覚悟して目を閉じ、まぶたの裏にリュカの姿を思い浮かべたそのとき。私の耳元で、甘くて優しい、大好きな声が聞こえてきた。


「ソフィ、遅くなってすみません」


 次の瞬間、竜の吐いた業火のブレスは、リュカが出した光の壁に遮られ、やがて霧散して消滅した。


「リュカ……!」

「ソフィ、無事でよかった……」


 私の無事を確認してほっとした顔になったリュカを見て、私は思わず抱きついた。さすがにもうだめかと思ったのに、こんな土壇場で助けに来てくれるなんて……。リュカがいてくれるだけで、相手が竜だろうが何だろうが、もう大丈夫だと思える。

 リュカを見上げて微笑めば、リュカも私を抱き寄せて、頭の上にキスを落とした。


「ソフィに炎を吐くなんて許せませんね。あいつこそ消し炭にしてやりましょう」

「え、消し炭……? 竜を……?」


 人間が竜を消し炭にするなんて前代未聞だ。けれど、リュカならそんなこともできてしまいそうなのが怖い。

 ホワイトドラゴンさん、逃げるなら今のうちですよ……と、ほんの少しだけ竜に同情して目を遣ると、竜はなぜかこちらを見たまま固まっていた。


「リュカ、なんだか竜の様子がおかしくない……?」

「動かないなら好都合です。今のうちにやってしまいましょう」


 そう言ってリュカが手に魔力を溜め始めると、突然、目の前の竜の体が光り出した。真っ白な光に金色の粒子がきらきらと瞬いている。そして眩い輝きが収まっていくと、目の前には一人の美しい青年が立っていた。


 白銀の長い髪に、金色の瞳。リュカと全く同じ色を持つその青年は、リュカを真っ直ぐに見つめて呟いた。


「……その魔力の輝きに、リュカという名前……。そうか、君があの時の赤ん坊か……」

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