第12話 あの日の出来事

 それからリュカは、私たちに起こった出来事を話してくれた。


 私は魔物──リュカが言うには、石化の能力を持つコカトリスと目が合ったことで石化し、リュカは泉の水のおかげで魔力封じの呪いが解け、それから10年間ずっと石化した私のことを守ってくれていたのだ。


「私、ただ意識を失っただけなんじゃなかったんだね」

「……見る見るうちにソフィさんの体が石化していって、本当に恐ろしかったです……」


 当時の恐怖が蘇ったのか、リュカの顔がこわばる。


「怖い思いをさせてごめんね。あの場所が危険かもしれないのは分かってたんだけど、言えば行くのを反対されると思って内緒にしてしまったの……。リュカはコカトリスには襲われなかった?」

「はい、俺は幸い、石化にはかからずコカトリスも何とか倒せたので平気でした……」

「そう、リュカが無事でよかった……」

「運がよかったです。魔力封じの呪いも解けましたし。本当にありがとうございました」

「私もリュカの呪いが解けて本当に嬉しい。頑張ったかいがあったわ。……あ、でも、泉の水では私の石化は治せなかった?」


 私のふいの問いかけに、リュカは少しのあいだ口をつぐむと、少し目を伏せて話し始めた。


「すみません……。俺がたくさん飲み過ぎてしまったのかもしれません。ソフィさんの石化を治す前に効果を確かめたくて飲んでみたんです。そうしたら魔力が体中に広がっていく感覚があって、つい……。残った水では足りなかったのか、ソフィさんの石化を治すことはできませんでした」

「そうだったの……」

「泉も探そうとしたんですが、俺では辿り着くことができなくて……。ソフィさんを守ることができず、泉の女神に嫌われたのかもしれませんね」


 申し訳なさそうに俯くリュカを前にして、実は女神云々の話は嘘だったのだとは、今さら言えない。


「そ、そんなことないと思うわよ。でも、それじゃあ昨日、私の石化が治ったのはどうしてなの?」

「あれは、俺が石化から戻す魔法を編み出したんです。──もっと早く戻してあげられなくて、すみません……」

「そんな、リュカが謝ることじゃないわ。私を石化から戻してくれてありがとう」

「いえ、それは……俺のせいです。でも、またこうしてソフィさんと話して、温もりを感じることができて本当に嬉しいです。10年間ずっと、話しかけても触れてみても何の反応もなくて……。何度も心が折れそうになりました」


 そう言うリュカの表情は苦しげで、彼の胸の痛みが私にも伝わってくる。

 私が石化して急に一人ぼっちになり、動かず物も言わない私を10年間も見守っていただなんて。

 私は石化していた間の記憶は一切なく、しばらく気を失っていたのかとしか思わないくらいだったのに。

 10年間のリュカの孤独を思うと、ますます胸が苦しくなった。


 大人になったリュカがやたらと私に触れようとしたのは、石化していた間に温もりに飢えていた反動だったのかもしれない。


 こんなに綺麗な大人の男性に成長したリュカに手を握られたり、抱きしめられたりするのは恥ずかしくて仕方ないけれど、今まで寂しい思いをさせてしまった分、少しは甘やかしてあげるべきかもしれない。


「ねえ、リュカ」

「なんですか?」

「リュカはすごく立派になったね」


 私がよしよしと頭を撫でると、リュカは顔を真っ赤にしてうろたえた。


「ソ、ソフィさん、子ども扱いはやめてください」

「撫でたらだめだった?」

「駄目ではないですけど……俺はもう、ソフィさんより5歳も年上の大人なんですよ」


 と、なぜかリュカがおもむろに席を立って、私の横へと立つ。そして私の手を引いて立ち上がらせると……。


「──こんなことだってできるんです」


 そう言ってリュカが私をふわりと持ち上げて抱きかかえる。思いのほか引き締まったリュカの体と密着して、なぜか急に心臓の鼓動が速くなる。


「リュカ、は、離して……」

「どうしてですか?」

「それは……恥ずかしいから……」

「本当ですか? 嬉しいです」


 私が恥ずかしがることがどうして嬉しいのか、よく分からない。


「ねえ、ソフィさん。ソフィさんは年上が好みだって言ってましたよね。俺はどうですか?」

「どうって言われても……。すごく大人っぽくなったし、魔法も使いこなしてて格好いいし、素敵だと……思う……」


 思ったままのことを伝えたものの、だんだん恥ずかしくなって最後は小声になってしまった。

 それでもリュカは満足そうに微笑んだ。


「では、もう弟みたいだとは思いませんか?」

「う、うん、ちょっと難しいかな……」


 いくらリュカとはいえ、急に自分より頭ひとつぶんも背が高くて、色気があって、魔法の実力が桁外れな大人の男性になって現れたら、もう弟のように見るのは無理だった。


「ソフィさん、今日はずっとこうしていていいですか?」

「へっ、ずっと……?」

「今度は俺がソフィさんを甘やかしてあげたくて。だめですか?」

「だ、だめじゃないけど……」


 いや、ずっとはだめだ。だめというか無理だ。でも、リュカからだめかと聞かれると、どうしても断りづらい。つくづく私はリュカに甘いようだ。



 それから私は、さっきの自分のうっかり発言のせいでずっとソファの上でリュカに抱きかかえられたまま、リュカが過ごした10年間の話を聞いた。


 また魔法が使えるようになったリュカは、石化した私が傷ついたりしないように防御の魔法を掛けてこの家で守り、毎日、勉強や魔法や剣術に勤しんで、知識と実力を身につけたのち、実家に戻って父親から家督を譲られたのだそうだ。


 リュカの苦労を思うと、何と言葉を掛けたらいいのか分からない。一言、「頑張ったんだね」と声をかけると、リュカはただ「……はい」と答えて、私の頭にコツンと優しくリュカの額を当てた。


「ソフィさん、大好きです」

「私もリュカのことが好きよ」

「……俺のほうがもっと好きです」


 どこか切実な響きを帯びたリュカの言葉に、なぜかまた胸がどきどきと高鳴るのだった。

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