第8話 馬に乗って
あれからリュカの魔力封じの呪いを解くために、効果のありそうな薬を色々と作っては、リュカの同意のもとで飲んでもらったりしたのだが、結果は思わしいものではなかった。
リュカはあまり表情には出さないようにしているが、やはりどこか落胆している風で、そんな様子を見ていると私も心が苦しくなった。
このままリュカの期待を裏切り続けていいのだろうか。でも、諦めようだなんて言葉も掛けたくない。
私は僅かでもいいから何か手掛かりをと、古今東西の薬草の本や、呪術の本、民話や伝承の本をかき集めて読み耽った。
そんな日々を過ごすうち、私とリュカはまた誕生日を迎え、それぞれ19歳と14歳になっていた。
「リュカ、この伝承の本に載ってたんだけどね……」
「ソフィさん」
私がリュカにこの地域の伝承の本を見せようと声をかけた時、リュカが私の言葉を遮った。
「もうやめましょう。俺、魔力のことは諦めます。命に関わる訳ではないし……」
まさかの言葉に、私は持っていた本を取り落としそうになった。私が不甲斐ないばかりに、リュカにそんな言葉を言わせてしまうなんて。
「……ごめんね、期待させておいて裏切ってばかりで……」
「違います! ソフィさんは俺なんかのために一生懸命がんばってくれて、感謝してるんです。……でも、疲れているのに無理をして体調を崩したり、上手くいかなくてがっかりしているソフィさんを見るのが辛いんです。だからもう、やめましょう」
リュカはいつも私を心配してくれる。心配されるべきはリュカのほうなのに。
私はリュカの頼みにうなずくことはなく、手に持っていた本を見せた。
「気づかってくれてありがとう。でも、私のために諦めるつもりなら、そのお願いは聞けないわ」
「ソフィさん……」
「本当は諦めたくないのなら、もう少し、付き合ってくれない?」
「付き合わせているのは俺のほうですよ。……それで、次はどんな薬ですか?」
リュカが強張っていた表情を緩めて言う。私もそれに笑顔を返し、本の内容を説明した。
「このあたりの伝承にある話でね、ちょっとお伽話っぽくはあるんだけど、今は禁足地となっている荒地から湧き出ている泉には不思議な力が宿っていて、飲めばどんな病気や怪我、呪いからも回復する万能薬なんだって」
「万能薬……」
「うん、でもその荒地は……」
と、そこまで言いかけて私は口をつぐんだ。こんなことを言ってもリュカを心配させるだけだ。
でも、さすがに不自然だったのか、リュカがおうむ返しで尋ねてきた。
「……荒地は?」
「えっと、徒歩だと遠いから馬を借りないといけないかなぁと思って……」
「そうですね。ソフィさんは馬に乗れますか?」
「父が生きてた頃に乗ったことがあるから、たぶん乗れるはず」
「それなら少し練習したほうがいいですね。俺も多少だったら教えられると思います」
「ありがとう、助かるわ!」
……なんとか誤魔化せたようで安心した。なぜなら、伝承の本に記されていたのはいいことばかりではなかったから。
──『最初に神秘の泉を見つけた旅人以外、荒地へと出かけて帰還した者はいなかった』
道に迷ったのか、獣に襲われたのか。帰ってきた人がいないために詳しいことは不明だが、こんなことが書かれていると知ったら、優しいリュカは私を心配して行くなと言うに決まっている。
とりあえず、念のためリュカには留守番をしてもらって一人で行くことにしよう。万が一、獣なんかがいたとしても、ある程度は獣避けの鈴で避けることができるだろう。
一応、護身用にナイフと、怪我をしたときのために薬草も持っていけば、きっと大丈夫なはずだ。最悪、万能薬の泉がある。
……そもそも万能薬の泉が本当に存在するのかが怪しいところではあるが。
でも、少しでも可能性があるなら確かめてみなければ。
「よし、じゃあさっそく明日、町に行って馬を借りてくるね」
私は伝承の本を棚にしまい、リュカに微笑んだ。
◇◇◇
町の人から一週間の約束で馬を借り、練習に励むこと三日。昔の感覚が残っていたおかげで、なんとか乗れるようになった。リュカの教え方が上手だったおかげもある。
リュカは少なくとも二年は馬に乗っていなかったはずだが、元々乗馬は得意だったようで、華麗な手綱捌きで馬を操っていた。さすが貴族の生まれなだけある。
そうして三日間の特訓を経て、一応馬を操れるようになった私は、さっそく翌日に荒地へと向かうことにした。
「今回は私一人で行ってくるから、リュカは家で留守番をしててもらえる?」
さりげなく何でもない風にそう告げて、一人で荒地へと出かけるつもりだったのだが……。
「ソフィさんを一人で荒地になんて行かせるわけないじゃないですか。もちろん俺も行きますよ」
「いや、でも馬は一頭しか借りてないし……」
「二人乗りすれば問題ありません」
「それだと馬が大変なんじゃ……」
「荷馬車用の馬だから、俺とソフィさんを乗せるくらい平気ですよ」
「えええ……」
どうやらリュカは初めから私についてくるつもりだったらしい。なんとか理由をつけて一人で出掛けようとする私をことごとく言いくるめ、結局二人で荒地へと向かうことになってしまった。いつのまにかこんなに口が達者になっていたことに喜ぶべきか悔しがるべきか……。
そして翌日の早朝、私とリュカは二人で馬に乗って出発した。
「ソフィさん、しっかり掴まっててくださいね」
「わ、分かった」
私はリュカの後ろ側にまたがり、振り落とされないように両腕をリュカの腰に回す。
「本当はソフィさんを前に抱きかかえたかったんですけど、今は体格的に無理そうなので……」
「だっ、抱きかかえ?」
それはちょっと恥ずかしい。というか、今の体勢もなかなか抵抗がある。普段リュカに抱きつくなんてことをしないので、変に意識してしまう。
リュカもまだまだ子供だと思っていたのに、こうして後ろから腕を回してみると、意外と体つきがしっかりしているのがまた妙な照れを誘う。背だってもう私とほとんど変わらないし、最近は声変わりも始まってきたようだ。もうそろそろ私の弟だなんて勘違いされることもなくなってくるのかもしれない。
そんなことを考えていると、馬が障害物でも避けようとしたのか急に大きく跳ねて、私は思わず目の前のリュカにぎゅっとしがみついてしまった。
「……っ、リュカ、ごめん。落ちるかと思ってビックリしちゃって……」
「……いえ、俺は大丈夫です……ソフィさんは、怪我はないですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと胸のあたりがぶつかっただけで……」
と言ったところで、私はまた自分の失言に気づいた。胸がぎゅっとぶつかったのはリュカの背中である。そんなことを思春期の少年に言ってどうするのだ。恥ずかしすぎる。案の定、リュカは耳を真っ赤にして無言になっていた。
……ああ、一人で馬に乗っていたらこんなことにはならなかったのに──って、あれ……?
私は重大なことに気がついた。
「あのさ、リュカ」
「はい?」
「もしかして、二人で馬に乗らなくても、荷台を借りればよかったんじゃ……?」
「…………はぁ、気づかれましたか」
「えっ、まさかわざと……?」
「……わざとだなんて。でも、こっちの方が早く着くし、楽しいでしょう?」
リュカがいたずらっぽく笑って言う。私もなんだかつられてしまって、笑いながら返事をした。
「そうね、楽しいわ!」
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